お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei

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第1話 すれ違う二人

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「婚約者である私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、どうぞお好きになさって下さい」

 私の誕生日会に行かなかった事を詫びたいと婚約者が訪ねて来た。
 そんな彼に私は、満面の笑みを浮かべてそう言った。

「―――――――― え?」

 婚約者であるクレマンド様が、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をされている。

  「あら、もっと喜ばれると思ったのに。もしかして、これだけじゃ足りないって事でしょうか? ではついでに、結婚した後の事もお話しておきますね」

「えっ?」

「将来ライラ様を愛妾として迎え入れられたらよろしいかと思います」
 
「あ、あ、愛妾?!?! な、な、何を言っているんだアドリナ! 僕と彼女はそんな…っ」

 彼は笑顔もなく、少し声を荒げ始めた。
 
「なぜ声を荒げられるのでしょうか? 私はあなたが喜ぶと思い、申し上げているんです。それにクレマンド様がいつも仰っていたではないですか。 “ごめん、今日はライラと約束があるから”と」

「そ、それは…っ」

「婚約者がいるにも関わらず、他の女性の屋敷を頻繁に訪ね、事もあろうか私の誕生日会をすっぽかす。世間はライラ様こそがクレマンド様の恋人で、私は便宜上の婚約者と見るでしょう。それを承知で今までライラ様とお出かけされていたんですよね? 私の事よりライラ様を優先されていたんですよね!?」

「ち、ちが…っ」

「よろしいのです、それで。実際この婚約は政略であり、そこに個人の感情は関係ありませんもの」

「アドリナ…」

 クレマンド様は、悲し気な瞳をしながら私の名を呟く。
 なぜそのような表情をされるの?
 そもそもあなたが私との約束をことごとく破った事が発端なのに。

「この提案をあなたは快諾して下さると思ったのですが…ああ! 愛妾ではなく正妻として迎えたいという事ですね? まあ、普通は愛する人をめかけ扱いにはしたくはありませんものね。ただ先程も申し上げました通り、貴族の婚約・婚姻は個人の感情で決める事は難しいですから。そこで私良い事を思いつきましたの!」

「よ、良い事?…」
 
 彼はなぜか不安そうな顔で聞いて来た。

 散々私との約束を反故し、ライラ様の屋敷に出入りし、あげくに私の誕生日には来なかった婚約者。

 そこで私は決めたの。
 彼とは『夫婦』になるものか!と

 「私たちは『白い結婚』とするのです! その間にあなたはライラ嬢とお子をもうけて下さい!」

「はぁ?!」

「もちろん私たちが『白い結婚』という事は周りには内緒です。けれど私が婚姻後3年間妊娠せず、ライラ嬢があなたの子を身籠れば、私は石女うまずめとして証明されます。子供が産めない女は離縁事由になりますからね」

「そ、そんな事…っ」

 私の言葉にどんどん顔色が悪くなっていくクレマンド様。
 
「どうされました? ご気分でも悪いのでしょうか? ああ! はたから見たらあなたの不貞と思われますものね。離縁をするとしても有責になる事をご心配されていらっしゃるのですね。そこは~…石女うまずめを嫁がせたと言う事で我が家に責任を問わない代わりに、責任相殺していただければ助かるのですが…いかがでしょうか?」

「い、いかがでしょうって…そ、そうではなくて!」

「あ、もしかして私の今後を多少は気にされていらっしゃいます? まぁ、そぐわない相手でも一応縁あって結婚する訳ですからね。 けどその事に関しましては、全く問題ありませんわっ 私離縁後は、この国を出てしばらく旅行に行こうと思いますの。気に入った国があったら、そこに住むかもしれません。そしたら二度とクレマンド様とお会いする事はございませんわ。ですので私の事はお気にならさず、では失礼いたします。お見送りはいたしませんが、ご了承下さい」

 私は話し終えると席を立ち、ドアに向かって歩き出した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

「はい?」

 クレマンド様が大量に汗をかきながら、私の手をつかむ。
 なぜでしょう?

「……っ」

 何か言いたそうにされているけれど、言葉が出ない。
 そんな表情のクレマンド様。

 ああ、お礼を仰ろうとしているのかしら?

「お礼など必要ございませんわ。私、クレマンド様とライラ様の事は一切気にしておりませんから」

 クレマンド様は顔面蒼白になりながら、力なく私の手を離した。

 なぜあなたが傷ついた顔をするの?
 いつでもライラ様を優先し、私を傷つけてきたのはあなたじゃない!

 私はクレマンド様を残し、部屋を後にした。
 

 ◇


 
「はぁ、また約束をすっぽかされたの?! どうせと一緒なんでしょ!? 何考えてんのよっ あなたの婚約者は!」

 ダン!と、私の部屋のテーブルを叩くモニカ。

「そのようね。このフィナンシェ、おいしい~♡ さすが予約なしでは買えない人気店だわ~」

 私はモニカ言葉にはさほど気にも留めず、目の前にあるスイーツセットを堪能していた。

 私はアドリナ。ランベール伯爵家の長女。
 向かいに座っているのは親友であるセレスタン伯爵令嬢のモニカ。

 私の婚約者であるクレマンド様に約束を反古ほごにされた事を話したところ、モニカは当事者の私よりもぷりぷりし始めた。

 モニカが『あの女』と言っているのは私との約束を反故ほごにした原因。

 ライラ・コルト子爵令嬢。
 クレマンド様の従妹いとこだ。

 婚約してからしばらくして、紹介された女性ひと
 それから彼は私の誘いを断ったり、約束を反故ほごしたりするようになっていった。

「なに呑気のんきな事言ってんのよっ 噂になっているわよっ クレマンド様はあなたを捨てて、ライラ・コルトと婚約するのではないかって!」

「もう一層、その方がいいと思うのよね」

「アドリナ!」

「けど、貴族の婚約は家門同士の言わば契約でしょ? 個人の感情で取り決められる事ではないわ。ましてや好きだ嫌いだで決められる事でもないし。そんな事、貴族であれば常識でしょ? まぁ、両想いになって結ばれる方もいらっしゃるみたいだけど、『僕は真実の愛を知ってしまったんだ! 僕の運命の人はライラなんだ! だから僕とは婚約破棄してくれ~っ』なんて、今更言うかしら? どうせなら婚約前に言わない? ねぇねぇ、このマカロン、食べてみてっ おいしいから!」

「んがっ!」

 私は大きな口を開けて捲し立てているモニカの口にマカロンを入れた。

「ごぼっ ごほっ もうっ いきなり何するのよっ」

 むせながら、胸を叩くモニカ。

「こんなにおいしいスイーツを前に、モニカってば怒ってばかりなんだもんっ」

「あなたが怒らなすぎなのよっ」

「だってもう、どうでもいいだものっ」

「…強がっちゃって」

「何か言った!?」

 私はじろりとモニカをにらむ。

「だって、あなたクレマンド様の事好きだったんじゃないの? 婚約が決まった時喜んでいたじゃないっ 彼に会えたの!って」

「……いいえ、まだ好きまではいってなかったわ。確かに彼とした時は運命かと思ったわよ? けど、あの子爵令嬢が現れてから全てが変わってしまってのよ。何かというと『ライラと約束があるから』『ライラの具合が悪いようなんだ』ライラがライラがライラララぁ~ってね」

 私は両手を広げながらオペラ歌手さながら、ライラの名前を連呼した。

「ぷっ やだっ、なにそれっ」

 モニカは口に手を押さえながら、私の仕草に笑う。
 私は彼女の反応に構わず話を続けた。

「その度に私との約束をキャンセル。極めつけが、私の誕生日会に来なかった事よ。婚約を交わした後の初めての誕生日会よ? プレゼントは届けられたけどそれが何?! 来なければ意味ないでしょう? カードには『18歳のお誕生日おめでとう。出席できず、申し訳ありません』ってだけ。 ただでさえ、心の温度が下がっていたのにそんな事されれば、持ち始めた好意も氷点下になるわよ」

「ふ…思った以上にクズ男ね。それでも結婚するしかないのかしら~」

「とりあえずね」

「とりあえず?」

「ちょっと思いついた事があるのよ、今度それを彼に提案しようと思って!」

 なぜかやる気に満ちているアドリナを不安気な顔で見つめるモニカだった。


『あなた彼の事、好きだったんじゃないの?』


 口の中でお菓子を咀嚼しながら、私はモニカの言葉を心の中で反芻する。
 胸にもやっとした感情が、じわじわと広がっていく。
 さっきはおいしく感じた甘さが、今は少しほろ苦く感じた。
 
 だって…
 まさかまた彼と会う事になるとは夢にも思わなかったんだもの。

 そう…あれはモニカと一緒に絵画展に行った時の事…

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