7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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序章

00 聖女死す

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 1431年5月30日、聖なる乙女が死んだ。
 知らせが届いたとき、私はフランス王国と神聖ローマ帝国の国境にあるバーゼルの地で外遊中だった。
 ここでは、キリスト教国の王侯貴族と高位聖職者が集まる公会議が行われており、議題のひとつは、のちに「百年戦争」と呼ばれる英仏間の長い戦いの仲裁だった。
 私は公会議から退席すると、フランスから駆けつけた使者と謁見した。
 玉座に向かって歩きながら催促するように手を出すと、使者は反射的に書簡を差し出した。

「大儀である」

 ねぎらいの言葉をかけながら、流れるように「手渡し」で書簡を受け取った。
 侍従が、先走って書簡を差し出したことを咎める前に「下がって良い。よく休息するように」と命じて、使者を退室させた。
 私は、謁見の間の最奥に用意された玉座に腰かけると、私自身の手で封を開けた。

「あの子は聖女ではないよ」

 視線を落として黙読しながら、そうつぶやいた。
 由緒正しい慣例では、侍従がおごそかに書簡を受け取り、うやうやしく読み上げることになっている。
 その過程がわずらわしく感じて、私はつい簡略化してしまう。
 威厳に欠ける行為だとよく叱られた。立場を自覚するように、あるいは、直すべき悪癖だとも言われる。

 侍従は「誇りある仕事」を奪われたと感じたのか、抗議するような視線を送っているが、私は無視した。

 これは、特別な書簡だ。
 可能な限り、人を挟まないで受け取りたかった。
 私の手で受け取り、私の目で読み、真偽を判断しなければならない。

 私は慎重だった。
 例えば、休戦を阻止しようとする勢力が、公会議を失望させるために偽の書簡を送りつけるかもしれない。一通の紙切れに振り回されて、対応を誤れば、取り返しのつかないことになる。

 書簡は厳重に封じられている。開けられた形跡はなかった。
 本文の筆跡に見覚えがある。なじみの書記官で間違いない。
 署名も問題なし。封蝋シーリングもしかり。
 この書簡は本物だ。

「恐れながら、ご注進を申し上げます」

 侍従が、ついに抗議の声を上げた。
 使者を退室させてしまったので、文句を伝える相手は私しかいない。

「宮廷の中にも外にも、聖女様を崇拝する者が大勢います」
「ふむ……、聖女サマだと?」
「いくら王太子殿下といえど『あの子は聖女ではない』は言い過ぎです。誰かに聞かれでもしたら批判は免れませんよ!」

 ……なるほど、侍従が抗議したいことは「由緒正しい慣例を簡略化して王の威厳を損ねたこと」ではなく、「聖女を軽んじる発言」の方か。

「別に、聞かれても構わない」
「殿下!」

 長年私に仕える侍従までもが、隠れ聖女崇拝者になっていたとは恐れ入る。
 さぞかし、この書簡の内容が気になっているだろう。
 今日は特別に私が読み上げてやってもいい。
 だが、その前に、私も一言抗議しよう。

「私はもう王太子ではない。とっくに戴冠式を済ませた」

 あの子が敵の手に落ちてから、およそ一年。
 手元の書簡には、「むごたらしく火刑に処された」と悲報が記されていた。
 聖女の痕跡を残さないように、遺灰はセーヌ川に遺棄されて跡形なく消えたという。

 死してなお、味方から崇拝され、敵方から畏怖されている。

 聖なる乙女の名はジャンヌ・ダルク。
 だが、私はジャンヌを聖女とは認めない。絶対に。
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