7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第一章〈幼なじみ主従〉編

1.16 還俗(1)

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 みなが呆気にとられていると、マリーとルネ姉弟の母——アンジュー公妃ヨランド・ダラゴンは優美な足取りで寝室に入って来た。
 私のかたわらに控えていたジャンに対してまでも、略式の礼をとった。

「こちらの少年は王弟オルレアン公のご子息ですね。ごきげんよう」
「あっ、えっ、俺は……いや、私は父の庶子ですから」

 注目されてしどろもどろになったジャンに、ヨランドは微笑みを返した。

「なぜ、分かったのですか」

 私もジャンも地味な僧衣ローブを着た少年僧にしか見えないと思う。
 いつだったか、「教会で世話になってる子は、私生児か孤児みなしごか捨て子に決まってる」と言われたこともある。
 なぜ、私たちの素性がわかったのだろう。

 ヨランドは腰を落とすと、私の手を取った。

「王子の僧衣の袖を見て、お察ししました」

 修道院の僧たちはお仕着せの僧衣を着ている。みな、見た目は同じだ。
 だが、私の僧衣の袖には特殊な刺繍が小さく施されていた。
 金色の百合と剣をかたどった紋章が三つ。フランス王家の紋章、フルール・ド・リスだ。
 正式には、青地に金百合だが、私の僧衣は目立たないように僧衣と同色の糸で縫い込まれていた。

「申し遅れました。アンジュー公の長女、マリー・ダンジューと申します」

 振り返ると、マリーが母と同じように屈膝礼カーテシーをしていた。

「知らなかったとは言え、ご無礼の数々をどうかお許しください」

 マリーは顔を伏せたまま、首を横に振った。

「いいえ、本当は知っていたの。さっき、そちらの従者の子が……王弟のご子息が『王子』と呼んだのを聞きました。でも、聞き間違いかと思ったの! わたくしは何て失礼なことを……」

 マリーは深く頭を垂れていたので、表情は見えなかった。
 けれど、スカートをつまんだ手が小刻みに震えている。

「かしこまらないで!」

 私は思わず語気を荒げた。
 怒ってなどいないが居たたまれなかった。
 さっきまでの楽しい雰囲気が消え失せてしまったことが無性に悲しくて、残念でたまらなかった。

「自分の出自は知ってます。だけど、私は宮廷生活を知りません。礼儀作法を知らないのです。無作法なのは私の方なんです……」

 私は、宮廷の礼儀作法を知らない。
 こんな風に格式張った挨拶をされてもどう返したらいいか分からない。

「だから、お願いだから、かしこまらないでほしい……」

 一息に喋ると、私はうなだれた。
 自分でも、ヨランドに訴えているのかマリーに訴えているのか分からなかった。

「王子は、パリの宮廷へ戻りたいですか」

 ヨランドは跪いて、私に視線を合わせながらそう尋ねた。

「わかりません。私は王城で生まれたと聞かされてますが、何も覚えていません。『戻る』というのは適切ではないと思います」

 これまでの生い立ちについて、根掘り葉掘りと聞かれた。

「修道院の生活はいかがですか」
「ここの生活は気に入っています」
「何か不便なことや困っていることはございますか」
「特にありません。あっ、でもジャンは剣の修行をしたいのに修道院では積極的に鍛錬できないからちょっと困る……」

 ヨランドの優しい声色は、私が長年焦がれていた母上のようだった。
 ぼうっと熱に浮かされたような気分で、問われるままに、さまざまなことを話した。

「宮廷のことは何も知りません。両親もきょうだいも会っていません。修道院の生活に不便も不満もありません。ですが、いつか家族に会いたいと願っています」

 翌朝には天候が回復し、ぬかるんだ悪路も数日中に乾いて元通りになった。
 旅程に障害がないことを確認すると、アンジュー公妃の一行は朝もやの中を出立した。
 私は、一行が来た時と同じ場所から見送った。
 採光用の細い窓だ。彼らから私の姿は見えなかっただろう。

「ルネの風邪は良くなっただろうか」

 結局、寝物語はできなかった。
 鼻水を垂らしながらはしゃぐルネ・ダンジューと、弟の振る舞いを「恥ずかしい」と嘆いたマリー・ダンジュー。
 気取らない姉弟の姿を思い出して、私は少し笑った。

 嵐の夜、地味な僧衣の袖に縫い付けられた百合紋フルールドリスを指し示すために、ヨランドは私の手を取った。
 その柔らかい感触と温もりが、いつまでも残っていた。
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