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第二章〈王子と婚約者〉編
2.4 王家からの使者(4)リッシュモン
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私とマリー・ダンジューの婚約を祝して披露宴をするらしい。
マリーの母、アンジュー公妃ヨランド・ダラゴンは「内輪だけが集まる小さな晩餐会」と言っていたが、厨房には盛りだくさんの豪勢な料理が用意されていた。どう考えても少人数ではない。
礼拝堂での一幕のあと、兄の王太子が遣わした使者リッシュモンはすぐに帰るつもりだったらしい。
しかし、ヨランドは「晩餐会に出席して欲しい」と引き止めた。
「遠征先では、ゆっくり食事もできないでしょう」
「お気遣いはありがたいですが」
リッシュモンは王太子に仕える騎士で、遠征先へ向かう途中だった。
「遠征のついで」に、王太子から預かった贈り物と手紙を届けるためにアンジェ城へ立ち寄ったのだという。
「本隊へ合流しなければなりません。私はこれにて」
そう言いかけたところ、ヨランドが何か耳打ちをした。
リッシュモンは少し逡巡すると、「分かりました」と答えた。
***
礼拝堂から私室へ戻ると、暖炉に火がつき、部屋は暖められていた。
私がいない間に、侍女のボーボー夫人がやってくれたのかもしれない。
「誰もいない……」
実は、物陰にはいつも侍女や侍従が控えている。
声をかければすぐに出てきて、こまごまと世話をしてくれるのだが、まだ私はそのような仕組みを知らなかった。
私は、あらためて部屋の中を見渡した。
一番目立つのは天蓋付きの大きなベッドだ。
天蓋から垂れているカーテンは、防寒と虫除けの役割をしている。
「どんな風になっているのかな」
閉じられたカーテンの端を探して、おそるおそるめくってみた。
当然、ベッドの中は無人だ。
つついてみると柔らかい。たっぷり羽毛が詰まっている。
表面を撫でてみる。亜麻の手触りが心地よい。
私は思い切ってカーテンを引き寄せ、四隅の柱についている飾り紐でくくりつけた。
「へへっ」
開放的な気分になり、私は誰も見ていないと思ってころんと寝転がってみた。
真新しいベッドは、私の体を受け止めて柔らかく包み込んだ。
しばらくの間、うっとりと心地よさに浸った。
旅の疲れは感じていなかったが、婚約披露の晩餐会が始まるまで休んだ方がいいだろうか。
「あっ!」
私はあることを思い出して跳ね起きた。
あわててポケットの中を探り、先ほど受け取った手紙を取り出した。
時すでに遅く、兄の手紙は少しシワがついてしまった。
慎重にシワを伸ばしながら、もう一度、最初から最後までじっくり読み直した。
***
扉をノックする音が聞こえて、私は大切な手紙をしまった。
「うっかり落としたり、汚したりしないように……」
部屋を見回すと、ベッドのほかに、読書や筆記をしたり軽い食事をするための肘掛け椅子とテーブル一式と、私物を収納する箱がある。
私は机上に置かれた聖書の間に手紙を挟んだ。しわを伸ばすためである。
ボーボー夫人が来訪者を連れてきた。
さきほどの対面した騎士のリッシュモンだ。
彼が入室してくるのを見て、この部屋には自分が腰掛けている椅子1脚しかないことに気づいた。
「公妃から、王子の話し相手をするように頼まれました」
私はリッシュモンに椅子を勧めて、自分はベッドの縁に腰掛けようと思ったが、彼は私の前でひざまずいた。
右往左往して落ち着きのない私とは対照的に、リッシュモンは動じない。
「あの、よかったら楽にしてください」
私はベッドによじのぼりながら、ひとつしかない椅子を勧めたつもりだったが、ボーボー夫人の指示で追加の椅子が運び込まれてきた。
テーブルを挟んで椅子が二脚あると、応接室らしい雰囲気になる。
「ふたつめ……」
大きな城内に、たった一人の客人のための椅子が足りないなどあり得ない。
部屋の中にないならば、他の部屋から持って来ればいいのだ。
「どうぞ……」
「恐れ入ります」
私が元の肘掛け椅子に座ったのを見届けてから、リッシュモンはようやく座ってくれた。
「用件はなんでしょうか……」
「王子の話し相手をするように、と」
そうだった。二度も言わせてしまった。
リッシュモンは何も言わないが、内心では呆れているかもしれない。
「話し相手と言われても……」
私は10歳で、リッシュモンは20歳。しかも初対面である。
共通の話題が思いつかず、沈黙が流れた。
いっそのこと、「疲れたから少し眠りたい」とでも言えば良かったのかもしれないが、私は機転の利かない子供だった。
ヨランドが何を考えてこの男を引き留め、話し相手に遣わしたのか。
はっきり言って、人選ミスだと思った。マリーかルネだったら良かった。
しかし、ヨランドの顔を立てるためには、黙っているわけにいかない。
苦し紛れに、「さっきの手紙、読む?」と聞いてみた。
「結構です」
せっかく共通の話題をひねり出したのに、にべもなく断られた。
騎士リッシュモンは、ヨランドのような気さくな愛嬌は持ち合わせていなかった。
「恐れながら申し上げます」
困っていたら、向こうから話を向けてくれた。
気まずい気分を隠そうとして、私はできるだけ元気に「はい、どうぞ!」と答えた。
「王子は君主であり、私は臣下の立場です」
「う、うん?」
「もっと堂々となさりませ。私が王子の話し相手にふさわしくなければ、退室するようにお命じになればよろしい」
丁重な言葉遣いだったが、どうやら私は叱られたみたいだった。
「ここを出てどこへ?」
「南方へ行きます」
「そうではなくて、私があなたを部屋から追い出したらどこへ行くの?」
「廊下へ退出します」
「そうではなくて——」
私たちの会話はぎこちなく、内容がまったく噛み合わない。
私はまだ王侯貴族特有の社交的な会話術を身につけていなかった。
後から振り返ると、リッシュモンも戦いばかりで、あまり話術が得意ではなかったのかもしれない。
「恐れながら申し上げます」
また叱られるのかと、内心ビクビクしていた。
「何をなさっていたのですか」
「えっ……」
リッシュモンの視線を追うと、机の上を見ている。
うっかりして、インク壺や羽ペンを出しっぱなしにしていた。
リッシュモンは王太子に仕えている。
きっと、「弟王子の素行」について報告するだろう。
兄に「弟はだらしない」と思われるのは嫌だった。
「兄上に、返礼の手紙を書こうと思って……」
ヨランドは、王太子から婚約祝いの贈り物が届いたと言っていた。
毛織物やなめし革でたくさん服を作ろうと。
何年か前、ジャンも「王子の方から手紙を送ればいいんですよ」と言っていた。
今こそ、兄に手紙を送る絶好の機会に違いなかった。
「そうでしたか」
納得しているリッシュモンを見ながら、私はあることに気づいた。
「手紙を書こうとしていたけど、あなたが邪魔な訳ではないよ」
本音を言うと、リッシュモンは話し相手として適任ではないと思う。
しかし、ヨランドの心遣いを思うと、ろくに話をしないで追い出すのは気が引けた。
「そうだ。よかったら兄上について教えてください」
「王太子殿下のことですか?」
私はこくりとうなずいた。
「お返事に何を書いたらいいか分からなくて、困っていたから」
とっさの思いつきにしては上出来だった。
王太子に宛てて返信を書こうと決めたものの、兄のことを知らなすぎて、一向にペンが進まなかったのは事実だ。
「承知しました」
私たちはテーブルを挟んで向かい合った。
書きかけの手紙を見られて、あまり字が上手くなかったせいか、リッシュモンは「代筆しましょうか」と言ったが断った。
兄のきれいな筆跡には敵わないが、それでも自分の手で書きたかった。
だが、字の綴りが間違っていたら恥ずかしい。
「変なところがあったら教えてね」
「承知しました」
つたない手紙を書きながら、兄の暮らしぶりについて聞き、さらに文章の添削までしてもらった。
マリーの母、アンジュー公妃ヨランド・ダラゴンは「内輪だけが集まる小さな晩餐会」と言っていたが、厨房には盛りだくさんの豪勢な料理が用意されていた。どう考えても少人数ではない。
礼拝堂での一幕のあと、兄の王太子が遣わした使者リッシュモンはすぐに帰るつもりだったらしい。
しかし、ヨランドは「晩餐会に出席して欲しい」と引き止めた。
「遠征先では、ゆっくり食事もできないでしょう」
「お気遣いはありがたいですが」
リッシュモンは王太子に仕える騎士で、遠征先へ向かう途中だった。
「遠征のついで」に、王太子から預かった贈り物と手紙を届けるためにアンジェ城へ立ち寄ったのだという。
「本隊へ合流しなければなりません。私はこれにて」
そう言いかけたところ、ヨランドが何か耳打ちをした。
リッシュモンは少し逡巡すると、「分かりました」と答えた。
***
礼拝堂から私室へ戻ると、暖炉に火がつき、部屋は暖められていた。
私がいない間に、侍女のボーボー夫人がやってくれたのかもしれない。
「誰もいない……」
実は、物陰にはいつも侍女や侍従が控えている。
声をかければすぐに出てきて、こまごまと世話をしてくれるのだが、まだ私はそのような仕組みを知らなかった。
私は、あらためて部屋の中を見渡した。
一番目立つのは天蓋付きの大きなベッドだ。
天蓋から垂れているカーテンは、防寒と虫除けの役割をしている。
「どんな風になっているのかな」
閉じられたカーテンの端を探して、おそるおそるめくってみた。
当然、ベッドの中は無人だ。
つついてみると柔らかい。たっぷり羽毛が詰まっている。
表面を撫でてみる。亜麻の手触りが心地よい。
私は思い切ってカーテンを引き寄せ、四隅の柱についている飾り紐でくくりつけた。
「へへっ」
開放的な気分になり、私は誰も見ていないと思ってころんと寝転がってみた。
真新しいベッドは、私の体を受け止めて柔らかく包み込んだ。
しばらくの間、うっとりと心地よさに浸った。
旅の疲れは感じていなかったが、婚約披露の晩餐会が始まるまで休んだ方がいいだろうか。
「あっ!」
私はあることを思い出して跳ね起きた。
あわててポケットの中を探り、先ほど受け取った手紙を取り出した。
時すでに遅く、兄の手紙は少しシワがついてしまった。
慎重にシワを伸ばしながら、もう一度、最初から最後までじっくり読み直した。
***
扉をノックする音が聞こえて、私は大切な手紙をしまった。
「うっかり落としたり、汚したりしないように……」
部屋を見回すと、ベッドのほかに、読書や筆記をしたり軽い食事をするための肘掛け椅子とテーブル一式と、私物を収納する箱がある。
私は机上に置かれた聖書の間に手紙を挟んだ。しわを伸ばすためである。
ボーボー夫人が来訪者を連れてきた。
さきほどの対面した騎士のリッシュモンだ。
彼が入室してくるのを見て、この部屋には自分が腰掛けている椅子1脚しかないことに気づいた。
「公妃から、王子の話し相手をするように頼まれました」
私はリッシュモンに椅子を勧めて、自分はベッドの縁に腰掛けようと思ったが、彼は私の前でひざまずいた。
右往左往して落ち着きのない私とは対照的に、リッシュモンは動じない。
「あの、よかったら楽にしてください」
私はベッドによじのぼりながら、ひとつしかない椅子を勧めたつもりだったが、ボーボー夫人の指示で追加の椅子が運び込まれてきた。
テーブルを挟んで椅子が二脚あると、応接室らしい雰囲気になる。
「ふたつめ……」
大きな城内に、たった一人の客人のための椅子が足りないなどあり得ない。
部屋の中にないならば、他の部屋から持って来ればいいのだ。
「どうぞ……」
「恐れ入ります」
私が元の肘掛け椅子に座ったのを見届けてから、リッシュモンはようやく座ってくれた。
「用件はなんでしょうか……」
「王子の話し相手をするように、と」
そうだった。二度も言わせてしまった。
リッシュモンは何も言わないが、内心では呆れているかもしれない。
「話し相手と言われても……」
私は10歳で、リッシュモンは20歳。しかも初対面である。
共通の話題が思いつかず、沈黙が流れた。
いっそのこと、「疲れたから少し眠りたい」とでも言えば良かったのかもしれないが、私は機転の利かない子供だった。
ヨランドが何を考えてこの男を引き留め、話し相手に遣わしたのか。
はっきり言って、人選ミスだと思った。マリーかルネだったら良かった。
しかし、ヨランドの顔を立てるためには、黙っているわけにいかない。
苦し紛れに、「さっきの手紙、読む?」と聞いてみた。
「結構です」
せっかく共通の話題をひねり出したのに、にべもなく断られた。
騎士リッシュモンは、ヨランドのような気さくな愛嬌は持ち合わせていなかった。
「恐れながら申し上げます」
困っていたら、向こうから話を向けてくれた。
気まずい気分を隠そうとして、私はできるだけ元気に「はい、どうぞ!」と答えた。
「王子は君主であり、私は臣下の立場です」
「う、うん?」
「もっと堂々となさりませ。私が王子の話し相手にふさわしくなければ、退室するようにお命じになればよろしい」
丁重な言葉遣いだったが、どうやら私は叱られたみたいだった。
「ここを出てどこへ?」
「南方へ行きます」
「そうではなくて、私があなたを部屋から追い出したらどこへ行くの?」
「廊下へ退出します」
「そうではなくて——」
私たちの会話はぎこちなく、内容がまったく噛み合わない。
私はまだ王侯貴族特有の社交的な会話術を身につけていなかった。
後から振り返ると、リッシュモンも戦いばかりで、あまり話術が得意ではなかったのかもしれない。
「恐れながら申し上げます」
また叱られるのかと、内心ビクビクしていた。
「何をなさっていたのですか」
「えっ……」
リッシュモンの視線を追うと、机の上を見ている。
うっかりして、インク壺や羽ペンを出しっぱなしにしていた。
リッシュモンは王太子に仕えている。
きっと、「弟王子の素行」について報告するだろう。
兄に「弟はだらしない」と思われるのは嫌だった。
「兄上に、返礼の手紙を書こうと思って……」
ヨランドは、王太子から婚約祝いの贈り物が届いたと言っていた。
毛織物やなめし革でたくさん服を作ろうと。
何年か前、ジャンも「王子の方から手紙を送ればいいんですよ」と言っていた。
今こそ、兄に手紙を送る絶好の機会に違いなかった。
「そうでしたか」
納得しているリッシュモンを見ながら、私はあることに気づいた。
「手紙を書こうとしていたけど、あなたが邪魔な訳ではないよ」
本音を言うと、リッシュモンは話し相手として適任ではないと思う。
しかし、ヨランドの心遣いを思うと、ろくに話をしないで追い出すのは気が引けた。
「そうだ。よかったら兄上について教えてください」
「王太子殿下のことですか?」
私はこくりとうなずいた。
「お返事に何を書いたらいいか分からなくて、困っていたから」
とっさの思いつきにしては上出来だった。
王太子に宛てて返信を書こうと決めたものの、兄のことを知らなすぎて、一向にペンが進まなかったのは事実だ。
「承知しました」
私たちはテーブルを挟んで向かい合った。
書きかけの手紙を見られて、あまり字が上手くなかったせいか、リッシュモンは「代筆しましょうか」と言ったが断った。
兄のきれいな筆跡には敵わないが、それでも自分の手で書きたかった。
だが、字の綴りが間違っていたら恥ずかしい。
「変なところがあったら教えてね」
「承知しました」
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