7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第二章〈王子と婚約者〉編

2.9 カボシュの乱、またはカボシャン蜂起(1)

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 淫乱王妃こと母妃イザボーの後ろ盾を得て、ブルゴーニュ公は王のごとく権力をほしいままにした。
 腐敗した宮廷で、先代・賢明王の時代から王国を支えていた老臣と役人は宮廷を去るか、居残った者の一部は既得権益を守るために汚職に手を染めた。
 ブルゴーニュ公は、自身の政敵と悪徳役人たちを王に成り代わって処断した。

 ブルゴーニュ公を支持する「ブルゴーニュ派」が勢力を拡大する一方で、「反ブルゴーニュ派」の機運も高まっていた。
 ブルゴーニュ公の行き過ぎた支配に危機感を抱く者も多かったのだ。
 特に、亡き王弟オルレアン公を慕っていた臣下は、主君の仇討ちを願い、憎悪をたぎらせていた。

 フランス王国は急速に衰退し、法も秩序も失われようとしていた。

 事態の沈静化を図り、私の兄・王太子ドーファンルイは「王国改革委員会」を立ち上げた。
 メンバーは、ブルゴーニュ公が推薦する委員候補リストと、オルレアン公の遺児でいとこのシャルル・ドルレアンが推薦する反ブルゴーニュ派の委員候補リストから半分ずつ選ばれた。

 鳴り物入りで始まった王国改革委員会だったが、話し合いはなかなか進展しなかった。
 ブルゴーニュ派委員は仲間を増やすため、さまざまな理由をつけて反ブルゴーニュ派委員を解任に追い込もうとした。
 すると、王太子は解任された元委員を自分の側近として採用し、代わりにブルゴーニュ派側近を解雇した。
 王太子の行動は、ブルゴーニュ公への抵抗を示す意思表示と見なされた。

 これは、私がアンジューへ行く少し前に起きた「カボシュの乱」あるいは「カボシャン蜂起」と呼ばれる市民暴動の記録だ。



 ***



 パン価格の高騰をきっかけに、王都パリで暴動が起きた。
 武装蜂起した民衆は最大で2万5000人にのぼり、バスティーユ砦を占拠し、シテ島にある王太子の城館を襲撃した。

「王太子を出せ!」

 暴徒は武器を突き上げて威嚇し、さらに過激な者は城館の中にまで侵入してきた。
 あやうい所を、王太子を護衛する近衛騎士たちが取り押さえる一幕もあった。
 兄は、「王太子を出せ」という要求に応じた。危険を承知で窓から顔を出し、集まった民衆と直接対話しようとした。

「王太子がパリ攻撃を計画しているという噂がある!」
「私はここにいるではないか。どうやって攻撃するというのか」

「裏切り者を出せ!」
「裏切り者などどこにもいない」

「反逆者を粛清しろ!」
「あなた方は一体、誰のことを指しているのか」

 暴徒の叫びは感情的で要領を得ず、民衆の興奮は高まるばかり。
 侵入者によって城館の一部は荒らされ、略奪された。それでも王太子は一晩じゅう窓越しの対話を続けた。

 一触即発かと思われたが、明け方になるとようやく人波が引き始めた。
 武装市民に囲まれて威嚇され、王太子は疲労困憊だったが自分から対話を打ち切ろうとはしなかった。
 目の下に真っ黒なクマを作りながらも、語りかける言葉は穏やかで溌剌としていた。

「いい機会だ、訴えがあるならばすべて聞こう。他に何かあるか」

 対話の中止、即、命の危険を感じたのかもしれない。止めたくても止められなかったのかもしれない。
 だが私は身内びいきかもしれないが、兄は誠実な人格者だったと思っている。
 ブルゴーニュ公の操り人形ではなく、自力で危機を打開しようと考えていたのだろう。

 朝焼けに照らされて暴徒が引いていく。理由は分からない。
 安堵と不安のはざまで、王太子は民衆のささやきを聞き逃さなかった。

「王太子では埒があかない……」
「国王のもとへ……」
「大聖堂へ……」

 朝の礼拝の時間が近づいていた。

「父上があぶない!!」

 城館を飛び出そうとする王太子を、側近たちは必死に引き止めた。
 王太子の城館——特に下の階層は荒らされていて、暴徒の侵入を防ぐために簡易バリケードまで作られていた。
 暴徒が戻ってくる可能性も捨て切れず、王太子を丸腰で外出させるわけに行かなかった。

「城から出てはなりません!」
「ええい、離せ!」
「どうかご辛抱を!」

 側近の中には、狂人王が暴徒に襲われることを望んだ者もいたかもしれない。
 もし王が不慮の事故で崩御したら、正気を保っている王太子が晴れてこの国の王位に就く。
 国王代理ではなく正式な王として親政を宣言すれば、ブルゴーニュ公の横暴を牽制できる。
 決して口には出せないが、反ブルゴーニュ派の中には、現国王に失望して次世代の王太子に望みを繋ぐ者も多かった。

「仮にそうだとしても!」

 私と違って、兄は幼少期から王太子として育てられた。
 王国のために非情にならなければいけないと分かっていたはずだ。

「このままおめおめと父上が襲われるサマを見過ごせというのか!」

 王太子はブルゴーニュ公に抵抗していたが、かといって反ブルゴーニュ派の言いなりではなかった。
 どちらか一方に肩入れするつもりはなかったのかもしれない。

 親子の情と政治的判断のはざまで、兄が苦悩していると、

「これはこれは、えらい騒ぎですな」

 バリケードの向こうから場違いな声が響いた。

「おはようございます、王太子殿下。ご機嫌うるわしゅう……」
「ブルゴーニュ公……」
「ひどい騒ぎでしたなぁ。おや、王太子殿下のお顔も、城館の中もひどい」

 荒れた城館で、王太子も側近たちも憔悴し切っていた。
 そこへ、妙に身ぎれいな格好で現れたのは、王太子の義父ブルゴーニュ公だった。

「お気の毒な王太子殿下、私がお手伝いして差し上げましょう」

 ブルゴーニュ公はもったいぶった口調でそう言うと、にたりと笑った。
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