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第六章〈王太子の受難〉編
6.8 トーナメント前夜祭(2)恋の異端審問
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王太子だの貴族だの騎士だのと言っても、私たちは10代半ばの健全な青少年である。
私とジャンは修道院育ちだったせいか、クレルモン伯が打ち明けた恋の話に興味津々で食いついた。
「どこのご令嬢?」
「誰? 俺の知ってる人?」
私たちの反応に、いつもは貴族然としているクレルモン伯もたじたじだった。
「ふたりともお静かに。声が大きい!」
「今日はたくさん人がいるし、賑やかだから大丈夫だよ」
「くっくっく、クレルモン伯よ。今宵の王太子殿下は貴公の恋バナを所望しているぞ。さあ、ぜんぶ吐け!」
大きな声で話しているつもりではなかったが、耳ざとい者はいる。
「ご令嬢を押し倒す計画とは……」
誰かが、わざとらしくクレルモン伯の両肩を叩いた。
クレルモン伯はびくりと肩を震わせると引きつった顔で後ろを振り返り、私とジャンは上を見上げた。
「聞き捨てなりませんね。ぜひ詳細をお聞かせください」
馬上試合前夜の晩餐会は、試合に出場する騎士や戦士のために催している。
にも関わらず、場違いな人物が紛れ込んでいた。
***
「さるご令嬢とは、これまでどのようなご関係で?」
「決定的な告白はしていないが、脈はある」
「あわよくば、と言いませんでしたか」
クレルモン伯は憮然としながら、釈明した。
「解釈を歪めないでほしい。もちろん、ご令嬢を傷つける真似はしない。心も体も、名誉もだ」
「ほぅ、それはご立派な心がけですね」
飛び込みの男はまるで異端審問官のようだった。
クレルモン伯は被告人で、私とジャンは傍聴人だ。静粛に聞いている。
「あわよくばと言ったのは、イイ雰囲気になったら……という希望だ」
「では、ご令嬢とは両思いなのですね」
「当然だ!」
「証拠は?」
「しょ、証拠だと!」
異端審問官の執拗な追求に、クレルモン伯が動揺した。
「何かありませんか。ハンカチや下着をいただいたとか」
(下着だって……)
(どの下着だろう……)
私たち傍聴人はこそこそとざわめいている。
「あらぬところの毛をいただいたとか」
(あらぬところの……)
(どこの毛だ……)
「両思いと言い切るからには、何か証拠がないと」
「明日になれば!」
「明日? つまり、いまは両思いの証拠がないと?」
「ちょっと待ってくれ!」
被告人クレルモン伯は休憩をもとめたが、非情なる異端審問官は追及の手をゆるめなかった。
「両思いだというのは、貴公の思い込みではありませんか?!」
「ぐはッ! そ、そんな……彼女とは両思いであると……きっとそうだと信じて……」
クレルモン伯が身につけている華美な羽飾りが、みるみるしおれていくように見えた。
私は傍聴人を気取っていたが、さすがにかわいそうな気がしてきた。
「裁判官、もうその辺で許してあげて!」
「許すも何も、ふたりが両思いなら何も問題ありません。それに私は裁判官ではなく詩人ですよ」
晩餐会に、なぜか詩人アラン・シャルティエが紛れ込んでいた。
「安心しました。彼の派手な身なりを見て、美女に乱暴をはたらく悪党かと思いましたが、意外と純粋な貴公子でしたね」
さんざんやり込められて、クレルモン伯のライフはゼロに近い。
「私は悪党じゃない……」
「貴公ならきっと大丈夫。若い恋人たちの幸福のために私も協力しましょう」
協力という一言に、ジャンが噛み付いた。
「まさかトーナメントでズルをするのか?」
「そんなことはしませんし、私にそんな権限はありません」
宮廷詩人は、トーナメントの司会進行をする。
シャルティエは近ごろ注目されている詩人だ。
今回のトーナメントでは、上位に勝ち進んだ者に詩人考案の二つ名を与えるという触れ込みだった。
「試合の勝敗を決めるのは立会人です。私は参戦者の紹介をするだけですよ」
「そうなのか」
「騎士の腕自慢も結構ですが、名家の貴公子の宮廷恋愛ネタは盛り上がりますよ」
詩人はノリノリだった。
騎士道物語と恋愛物語は宮廷文化の華で、一般市民も吟遊詩人が脚色した歌物語を楽しんだ。
「あの、シャルティエ殿」
「何でしょう、愛の騎士クレルモン伯!」
シャルティエはさっそく二つ名で呼んだが、肝心のクレルモン伯は「いや、その名は遠慮する」と断った。
「告白が成功するか分からないのに、あまり注目されては困るのだが」
「悪いようには致しません。父君の件も絡めて、孤高の貴公子が秘めた恋をついに告白! 勝利を捧げる愛の騎士見参!! こういうのどうですか?」
クレルモン伯は、「その名はやめてくれ。その紹介文も!」と叫んで頭を抱えた。
「いいではありませんか。こうして外堀を埋めて引くに引けない状況になったら、ご令嬢は告白を断れなくなりますよ」
「彼女を困らせたくない……」
「優しいですねぇ」
私は血なまぐさい戦いは苦手だが、おもしろいことになってきたと他人事のように聞いていた。
「ときに王太子!」
「あ、はい」
「恐れながらお聞きしたいのですが、婚約者の美少女はその後いかがでしょう」
いきなり話を振られて、私はしどろもどろになりながら「あの後も返事はないこと、ちかぢか2通目を送ろうと思っていること」を話した。
「いけませんね。先日も『2通目を送ろうと思っている』とおっしゃていたのに、まるで進展していない」
「いろいろ忙しくて」
「このご時世です。王太子殿下が多忙を極めていることは分かります」
だがしかし!
と、シャルティエは力強く語り出した。
「婚約しているからと言って安心してはなりません。貴婦人の心は、月の満ち欠けのように移ろいやすいのです」
「月は欠けてもまた満ちる。時を待とう」
「むむ、そう来ましたか」
上手くかわせたと思ったのだが。
私があまり恋バナに乗ってこないせいか、シャルティエは「クレルモン伯より王太子の恋のゆくえの方が難題だ」と嘆くようにため息をついた。
「ときに王太子殿下!」
「な、何?」
「たいへん聞きづらいのですが、ご精通はお済みでしょうか」
吹いた。飲みかけの葡萄酒を盛大に。
(※)ハンカチ、下着、毛髪(部位によって意味がある)は、宮廷愛の定番アイテムです。中には、意中の相手の前でわざと落として拾わせたりするらしい。
私とジャンは修道院育ちだったせいか、クレルモン伯が打ち明けた恋の話に興味津々で食いついた。
「どこのご令嬢?」
「誰? 俺の知ってる人?」
私たちの反応に、いつもは貴族然としているクレルモン伯もたじたじだった。
「ふたりともお静かに。声が大きい!」
「今日はたくさん人がいるし、賑やかだから大丈夫だよ」
「くっくっく、クレルモン伯よ。今宵の王太子殿下は貴公の恋バナを所望しているぞ。さあ、ぜんぶ吐け!」
大きな声で話しているつもりではなかったが、耳ざとい者はいる。
「ご令嬢を押し倒す計画とは……」
誰かが、わざとらしくクレルモン伯の両肩を叩いた。
クレルモン伯はびくりと肩を震わせると引きつった顔で後ろを振り返り、私とジャンは上を見上げた。
「聞き捨てなりませんね。ぜひ詳細をお聞かせください」
馬上試合前夜の晩餐会は、試合に出場する騎士や戦士のために催している。
にも関わらず、場違いな人物が紛れ込んでいた。
***
「さるご令嬢とは、これまでどのようなご関係で?」
「決定的な告白はしていないが、脈はある」
「あわよくば、と言いませんでしたか」
クレルモン伯は憮然としながら、釈明した。
「解釈を歪めないでほしい。もちろん、ご令嬢を傷つける真似はしない。心も体も、名誉もだ」
「ほぅ、それはご立派な心がけですね」
飛び込みの男はまるで異端審問官のようだった。
クレルモン伯は被告人で、私とジャンは傍聴人だ。静粛に聞いている。
「あわよくばと言ったのは、イイ雰囲気になったら……という希望だ」
「では、ご令嬢とは両思いなのですね」
「当然だ!」
「証拠は?」
「しょ、証拠だと!」
異端審問官の執拗な追求に、クレルモン伯が動揺した。
「何かありませんか。ハンカチや下着をいただいたとか」
(下着だって……)
(どの下着だろう……)
私たち傍聴人はこそこそとざわめいている。
「あらぬところの毛をいただいたとか」
(あらぬところの……)
(どこの毛だ……)
「両思いと言い切るからには、何か証拠がないと」
「明日になれば!」
「明日? つまり、いまは両思いの証拠がないと?」
「ちょっと待ってくれ!」
被告人クレルモン伯は休憩をもとめたが、非情なる異端審問官は追及の手をゆるめなかった。
「両思いだというのは、貴公の思い込みではありませんか?!」
「ぐはッ! そ、そんな……彼女とは両思いであると……きっとそうだと信じて……」
クレルモン伯が身につけている華美な羽飾りが、みるみるしおれていくように見えた。
私は傍聴人を気取っていたが、さすがにかわいそうな気がしてきた。
「裁判官、もうその辺で許してあげて!」
「許すも何も、ふたりが両思いなら何も問題ありません。それに私は裁判官ではなく詩人ですよ」
晩餐会に、なぜか詩人アラン・シャルティエが紛れ込んでいた。
「安心しました。彼の派手な身なりを見て、美女に乱暴をはたらく悪党かと思いましたが、意外と純粋な貴公子でしたね」
さんざんやり込められて、クレルモン伯のライフはゼロに近い。
「私は悪党じゃない……」
「貴公ならきっと大丈夫。若い恋人たちの幸福のために私も協力しましょう」
協力という一言に、ジャンが噛み付いた。
「まさかトーナメントでズルをするのか?」
「そんなことはしませんし、私にそんな権限はありません」
宮廷詩人は、トーナメントの司会進行をする。
シャルティエは近ごろ注目されている詩人だ。
今回のトーナメントでは、上位に勝ち進んだ者に詩人考案の二つ名を与えるという触れ込みだった。
「試合の勝敗を決めるのは立会人です。私は参戦者の紹介をするだけですよ」
「そうなのか」
「騎士の腕自慢も結構ですが、名家の貴公子の宮廷恋愛ネタは盛り上がりますよ」
詩人はノリノリだった。
騎士道物語と恋愛物語は宮廷文化の華で、一般市民も吟遊詩人が脚色した歌物語を楽しんだ。
「あの、シャルティエ殿」
「何でしょう、愛の騎士クレルモン伯!」
シャルティエはさっそく二つ名で呼んだが、肝心のクレルモン伯は「いや、その名は遠慮する」と断った。
「告白が成功するか分からないのに、あまり注目されては困るのだが」
「悪いようには致しません。父君の件も絡めて、孤高の貴公子が秘めた恋をついに告白! 勝利を捧げる愛の騎士見参!! こういうのどうですか?」
クレルモン伯は、「その名はやめてくれ。その紹介文も!」と叫んで頭を抱えた。
「いいではありませんか。こうして外堀を埋めて引くに引けない状況になったら、ご令嬢は告白を断れなくなりますよ」
「彼女を困らせたくない……」
「優しいですねぇ」
私は血なまぐさい戦いは苦手だが、おもしろいことになってきたと他人事のように聞いていた。
「ときに王太子!」
「あ、はい」
「恐れながらお聞きしたいのですが、婚約者の美少女はその後いかがでしょう」
いきなり話を振られて、私はしどろもどろになりながら「あの後も返事はないこと、ちかぢか2通目を送ろうと思っていること」を話した。
「いけませんね。先日も『2通目を送ろうと思っている』とおっしゃていたのに、まるで進展していない」
「いろいろ忙しくて」
「このご時世です。王太子殿下が多忙を極めていることは分かります」
だがしかし!
と、シャルティエは力強く語り出した。
「婚約しているからと言って安心してはなりません。貴婦人の心は、月の満ち欠けのように移ろいやすいのです」
「月は欠けてもまた満ちる。時を待とう」
「むむ、そう来ましたか」
上手くかわせたと思ったのだが。
私があまり恋バナに乗ってこないせいか、シャルティエは「クレルモン伯より王太子の恋のゆくえの方が難題だ」と嘆くようにため息をついた。
「ときに王太子殿下!」
「な、何?」
「たいへん聞きづらいのですが、ご精通はお済みでしょうか」
吹いた。飲みかけの葡萄酒を盛大に。
(※)ハンカチ、下着、毛髪(部位によって意味がある)は、宮廷愛の定番アイテムです。中には、意中の相手の前でわざと落として拾わせたりするらしい。
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