7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第七章〈王太子の都落ち〉編

7.6 キレやすい用心棒(2)通行証と逃亡先

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 パリ郊外にある地下墓地は王都の暗部である。
 だが、人目を避けるには都合がいい。

「気味のワリィ墓場だな……」

 用心棒として先を行くライルが毒づいた。

「納骨堂だよ」
「墓場と同じだろうが……」

 さきほどと比べて覇気がない。怖いのだろうか。
 シャステルの話によれば、非常時には宰相をはじめアルマニャック派の重臣たちと地下墓地で合流する計画になっていたようだ。

「今のところ誰もいないようです」
「この先はどうなってる?」
「……あまり奥へ行くのはやめましょう」

 シャステルは剣の柄に手をかけ、しばらく辺りを見回していた。

「おう、俺も賛成!」
「ここは不吉すぎる。坊ちゃんをお連れするにはふさわしくない」

 シャステルはライルの前で、私のことを主君と呼んだが王太子とは言わなかった。
 私も名乗らなかったし、ライルも聞かなかった。
 当面の間、「坊ちゃん」と呼ぶことにしたようで、私もシャステルに合わせた。

「私は大丈夫。怖くないよ」
「衛生面が心配です」

 私が生まれる半世紀ほど前から、ヨーロッパ全土で黒死病が大流行していた。
 パリの各教区では死者を埋葬する場所も人手も足りず、黒ずんで腐っていく遺体をここへ集めた。
 血肉が土に帰るよりも早く死体が次々に運び込まれ、地層のように折り重なっているらしい。
 私は、納骨堂に隣り合っている小さな建物へ案内された。

「貧乏くせぇ小屋だな……」

 廃墟のようだったが、よく見ると祭壇と十字架が掲げられていた。

「教会だよ」
「金目のモンはなさそうだな……」

 祭壇と十字架があるのに、聖マリア像もキリスト像も見当たらない。
 教区を担当する司祭は留守のようだった。もうずっと長い間。
 ライルの言う「金目のモン」は盗まれてしまったのかもしれない。

 私たち以外に誰もいない。
 ライルに外の見張りを頼むと、私とシャステルはあらためて向かい合った。

「あまり時間がありません」

 パリの中心を離れるまで余裕があるように見えたが、いまのシャステルは眉間が険しい。
 想定よりも状況は良くなさそうだ。

「アルマニャック伯や他の重臣がたと合流するまで、ここで待ちたいのは山々ですが」

 検問ですれ違ったシャロレー伯は、私の顔を知っている。
 王宮で王太子になりすましているジャンに会ったら、本物は逃げたと分かってしまう。

「すぐに追っ手が差し向けられるでしょう。その前に、できるだけ遠方へ離れるべきかと」
「離れると言っても……」

 王太子になって一年あまり。
 宮廷生活に慣れるのに精いっぱいで、宮廷以外のことはよく知らない。

「どこへ行けばいい?」

 私には逃げる当てがない。

「たとえば、王太子領ドーフィネはいかがでしょう。領地へ戻って体勢を立て直すことをおすすめします」
「私の領地かもしれないけど、まだ一度も行ったことないよ……」

 私の代わりに領地を治めている城代の顔も名前も知らなかった。
 この一年、遊んでいたわけではない。
 国王代理として宮廷の教育が優先されて、私自身の領地経営の学習が後回しにされていたのだ。

「王太子殿下が心から信頼できる人物のもとへ。殿下の身の安全を図ってくれる場所ならどこでも構いません」
「それならひとつしかない」

 私が心から信頼できる大人と言えば、アンジュー公と公妃ヨランドだけだ。
 あのふたりなら、きっと助けになってくれるはずだ。
 アンジェ城を発つとき、宮廷が落ち着いたらマリーを王太子妃として迎えにいくと言ったのにまるで格好がつかないが、それでも私にはアンジュー公一家しか頼る当てがなかった。

「あそこへ戻れるだろうか」
「仰せのままに」

 行き先は決まった。

「それから、もうひとつ」

 シャステルは書簡を差し出した。
 検問の兵から預かったという。

「私に?」
「お収めください」

 封印されていない、ペラ紙1枚を折り畳んだだけの簡素な書簡だった。
 開いて読んで、私は驚いた。

「ブルゴーニュ派の通行証だ……!」

 この書簡の持ち主は無怖公とブルゴーニュ派の急使である——という内容で、すみやかに通すようにと書き添えられていた。
 書簡の末尾にはシャロレー伯フィリップの署名サインがしたためられている。

「どういうことだろう」
「一体、何が書かれていたのですか」

 書簡を見せると、シャステルの眉間はさらに険しくなった。
 書かれている内容が有効なら、ブルゴーニュ派の軍勢や追っ手に出会ったときにこの書簡を見せれば、身分を怪しまれずに通してくれるはずだ。逃亡劇はずいぶん楽になる。

「シャロレー伯は、私が馬車に乗っていると気づいていたみたいだ」

 私は馬車から出なかった。
 もしかしたら、御者に扮していたシャステルに気づいたのだろうか。
 以前、謁見したときにそばに控えていたはずだ。

「そうだとしたら、何たる不覚!」
「仕方がないよ」

 シャロレー伯フィリップの記憶力に脱帽するしかない。
 彼は検問ですれ違った馬車の御者がシャステルだと気づき、逃亡を図る王太子が乗っていると推測したのだろう。

(気づいておきながら、知らない振りをしたのか。なぜそんなことを)

 それどころか、ブルゴーニュ派の嫌疑を晴らす通行証をしたため、検問の兵を通じてシャステルに渡した。
 シャロレー伯の行動は、まるで王太子逃亡の手助けをしているように見える。

「油断してはなりません。やつはブルゴーニュ公の嫡男、後継者です」

 シャステルはアルマニャック伯から信任され、王太子専属の護衛隊長になった。生粋のアルマニャック派だ。
 つまり、私が宮廷入りする前から、無怖公およびブルゴーニュ派と敵対している。
 無怖公はかなりえげつない人物だと聞いているから、シャステル自身もひどい扱いを受けていたのかもしれない。

「その通行証も罠かもしれません」

 シャステルはシャロレー伯をまったく信用しなかった。
 そうかもしれない、と私も思う。
 書簡には暗号が隠されていて、私を王太子だと告発して何者かに引き渡す魂胆も考えられる。
 ブルゴーニュ公はイングランドと通じていると噂されていた。

 だが、謁見したときの会話を思い出すと、シャロレー伯は父・無怖公を全面的に支持しているわけではなさそうだった。
 冷めた口調で、「追放を解かなくていい、あの人は少し静かにしてもらった方がこの国は平和だ」と述べた言葉は嘘ではないと思う。

 万一に備えて、シャロレー伯の好意と解釈して書簡を受け取るべきか。
 それとも、罠と断じて捨てるべきか。

 考えあぐねていると、教会の外でがしゃんと何かが壊れるような音が聞こえた。
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