7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
101 / 202
第七章〈王太子の都落ち〉編

7.7 キレやすい用心棒(3)

しおりを挟む
 廃教会の外にライルはいなかった。馬車もなくなっていた。
 私とシャステルの間に緊張が走ったのもつかの間。

「よぅ、呼んだ?」

 納骨堂からひょっこりとライルが出てきた。
 シャステルは安堵と呆れがまざったため息を吐いた。

「……何をしていた」
「へへ、ちょっと野暮用で」
「まったく、貴様は単純な見張りさえ満足にできないのか」
「ふひひ……」

 ライルは口答えこそしなかったが、シャステルに叱責されている最中もにやついていた。

「何がおかしい」
「へへ、ぶふっ」

 護衛隊長シャステルは王太子を守る精鋭を率いているが、ライルを統率して手なずけることにかなり難儀しているようだった。
 シャステルの苛立ちは怒号となって炸裂した。

「今すぐ、その嫌らしい笑いを止めるんだ!」

 宮廷にいたとき、シャステルが感情をあらわにしたことはなかったと思う。
 ジャンが羽目を外したときに一言「控えなさい」と言い添えるくらいだ。

「役立たずめ、貴様の働きは羊飼い以下だ!!」

 本来のシャステルは直情的な性格だったのかもしれない。
 私は護衛隊長の顔しか知らなかった。
 ライルのにやついた口角が下がり、真顔になると「俺様を馬鹿にするんじゃねぇ。羊飼いもな!」と吐き捨てた。

「いいか、おっさん。耳をかっ穿じってよく聞け。俺は言われたとおりちゃんと見張ってた。目をかっぴらいて、耳を研ぎ澄ませて聞き耳を立ててた。ちょっぴりでも音を立てないように口も閉じて静かにしてたんだ。そしたら、聞こえたんだ……」

 馬が単騎で駆けてくる蹄の音が聞こえたらしい。
 パリ方面からこちらへ近づいてくる。
 ライルは「追手かもしれない」と機転を利かせ、人目につかないように馬車を教会の裏に移動させた。
 そして、ライル自身も隠れようとして納骨堂に飛び込んだ。

「おっさんと坊ちゃんはヒミツの話をしてたんだろ。俺には聞かれたくないようなことをよ」

 シャステルも私も答えなかったが、ライルは気にせずに話し続けた。

「俺様が教会に飛び込んでいちいち説明して、おっさんの指示を待ってたらモタついて間に合わなかったかもしれねぇだろうが!」

 確かに、ライルの話は筋が通っている。
 上官の命令は絶対だが、急を要するときは臨機応変に対応しなければならない。

「それからな、これだけは言っておく。羊飼いっつーのはただ見張ってるだけじゃねぇ。狼を察知したらのろまな羊どもを一匹残らず安全な場所まで連れて行かなきゃ商売にならねぇんだ。しかも、羊ってやつは言葉が通じねぇ。手前勝手にどっか行きやがったくせに1匹でも足りなけりゃ弁償しろって! おいちょっと待ってくれ、あほな羊どもを守ってやったのに俺様の報酬を払うどころかカネを払えとは一体どういう了見だーーー!!」

 ライルは羊飼いに因縁でもあるのか熱っぽく雄叫びを上げた。
 つい聞き入ってしまいそうになるが、本題から大きく外れている。

「ライル、わかった。もういい」
「あ……ああ、そうだな」

 シャステルが割り込み、羊飼いライルの独白は終わった。

「馬を見たのか。数は?」
「一騎駆けだった。ロバじゃねぇ、調教された軍馬だ」
「誰が乗っていた?」
「遠くてあんま見えなかったけどよ、見慣れねぇ得物を持ってた」

 王国内は治安が悪いから、近ごろは王侯貴族以外の一般人も遠出をするときに武装する。
 身内の男や傭兵を用心棒として雇い、旅慣れた行商人などは隊商キャラバンを組んでいる。
 つまり、普通は何人かで移動する。
 単騎で、パリの城塞の外側を駆ける者は限られる。

「どこへ行った?」
「こっちには目もくれねぇで先へ行っちまった。後のことは知らねぇ」

 ライルの目撃情報によれば、騎士か傭兵かわからないが、武装した何者かが通り過ぎていった。

「おぅおぅ、だんまり決めこんでんじゃねぇよ。何か言えコラ」

 シャステルは押し黙ったまま何事か考えている。
 ライルの態度はあいかわらずで、下からねめつけるようにシャステルを見上げたが、シャステルはライルを無視して私に向き合った。

「おそれながら申し上げます」

 シャステルの声はいつになく重く、緊張を孕んでいた。

「味方の重臣がた、あるいはどなたかが遣わした使者ならば、必ずこの廃教会に立ち寄るはずです」

 緊急時、重臣たちと互いに連絡が取れない場合は、各自でパリを脱出して廃教会で落ち合う手はずになっていると聞いた。

「拠点は廃教会以外にもいくつかあります。ですが」

 今しがた通り過ぎた何者かが、もし味方ならば。
 ここに私や重臣たちの誰かがいるかいないか確かめもしないで通過することは考えられない。
 私とシャステルは同じ推測に行き着いたようだ。

「ブルゴーニュ派の追っ手だろうか」
「間違いないでしょう」

 ライルが見たのは単騎だったから、おそらく先触れの急使だろう。
 無怖公の配下やブルゴーニュ派の貴族たちに、王太子が逃げたことを知らせる使者に違いない。
 先触れの後で本隊が駆り出されるはずだ。
 王太子の捜索と保護という名目の追撃が始まる。

「こうなったからには一刻の猶予もありません」

 重臣たちのゆくえは分からない。
 せめて、護衛の騎士たちと合流してから出発したかったが、待っている時間はなさそうだった。

「わかった。私たちだけでは心許ないけど、行こうか」
「御意」

 行き先はアンジュー。
 パリを南下し、ロワール川を下っていく。

「必ずアンジューへおつれします。命に代えても」

 このような場面では、シャステルの主君として「貴公を頼りにしている」と発破をかけ、臣下へ全幅の信頼を置いていると示すべきだったのだろう。
 けれど、私は居たたまれない気分で何も答えなかった。
 もちろんシャステルのことを頼りにしている。
 しかし、覚悟の証しとして命を持ち出されるのはあまりにも——

(ジャン……)

 ブルゴーニュ派の先触れが遣わされたということは、王太子の正体はばれてしまったのだろう。
 ならば、にせ王太子ジャンはどうなってしまうのだろう。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...