7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第七章〈王太子の都落ち〉編

7.12 宿屋の女将(3)用心棒のお説教

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 旅の同行者にして用心棒のライルは野宿を常としていた。
 外は夜盗や狼などの危険でいっぱいだ。
 かたい地べたに横になるよりベッドの方が断然いいと思うのだが、ライルは譲らなかった。

「宿屋は性に合わねぇんだ。俺様は、寒さがこたえる冬以外は外でいい」

 私とシャステルは宿泊し、朝になったらライルと合流する。
 夜の間に、ライルみずから情報収集してシャステルに報告していることもあった。
 口と態度の悪さは折り紙付きだが、本人が自負するとおり、よく気がつきよく働く男だった。

「夜明けと同時に出発するって聞いてたのに、ちっとも出てこねぇ。何してんだよ」

 しびれを切らしたのか、ライルが宿屋に現れた。

「何だよ、取り込み中か?」
「取り調べ中なんだ」

 宿屋の女将マダムの指示で、私たちの荷物が調べられていた。

「あたしは悪党じゃない。対価さえもらえるなら、あんたらの素性はどうでもいい」

 金銭の代わりになるような金目のものがあれば、それと引き換えに解放してくれるという。

「しみったれた貴族サマだねぇ。宝石とかさ、何かないの?」
「貴様ら、このような侮辱は許されないぞ!」

 シャステルは怒りのあまり、宿屋を血祭りに上げそうな雰囲気だが、それでも私の制止を守っていた。
 ブルゴーニュ派の探索がどこまで行き届いているかわからない。
 騒ぎを起こして目立つことだけは避けたい。
 シャステルも同じことを考えているはずだ。

「ぎゃはは、おっさんの顔色見たか? めっちゃ怒ってんなー」
「ライルこそ、そんな所で何してるの?」
「あぁん?」

 ライルは「シャステルの顔色を見たか」と言ったが、いま、もっとも注目を浴びているのはライルの方だ。

「あーっ、あんたは昨日の!」

 女将が指を指したのは、暖炉の下にある開口部だ。

「よぅ。表が閉まってたからよ、ここから邪魔させてもらったぜ」

 ライルは器用にも煙突から宿屋に侵入して、暖炉の中からひょっこり現れた。

「わはは、みんなビックリしてるのに、坊ちゃんは意外と落ち着いてんのな!」
「もちろん驚いたよ。でも、私は世間知らずだからそうやって入ってくるのもアリなのかと思った」
「ナシです!」

 すかさずシャステルが訂正した。
 一般的な感覚としても、暖炉から出入りするのはナシらしい。
 あやうく非常識を刷り込まれるところだった。

「盗人の仲間め!」

 女将は喚きながら、テーブルに突き刺した肉切り包丁を引っこ抜くと、ずかすかとライルに詰め寄った。
 さすがに刃を向けはしなかったが、用心深く片手に握りしめている。

「あぁっ?! 盗人たぁ俺様のことかよ?」
「あたしはだまされないよ。昨日いっしょにいただろう! 覚えてるんだからね」
「いっしょにいたのは間違いねえ。だが、俺様は泊まってねえ」
「仲間なら代わりに払いな!」
「やなこった!」

 言い争いの矛先は、女将とライルに移った。

「昨日のことを覚えてるっつーなら、俺様の顔を忘れんじゃねえよ」
「忘れるもんか、この盗人め!」
「盗人じゃねえ! 俺様は客だぞ。昨日、ここでメシ食っただろうが!」
「はん、覚えてないね」

 この宿屋の一階は大衆食堂になっていて、二階が宿屋になっている。
 昨夜、私たちが部屋で食事をしている間に、ライルは階下で夕食を食べていたようだ。
 女将は私たちの給仕をしていたから、ライルの食事風景を見ていないのだろう。

「そうかい、そうかい。あたしは知らないけどね。あっ、食事代出しな!」

 女将はライルの胸元に手のひらを突き出した。

「ツケは許さないよ。今ここで払いな」
「馬鹿言ってんじゃねぇ、昨日払っただろうが! そこの主人に聞いてみろや!」

 主人は、取り調べ中の荷物から顔を上げるとライルの顔をしげしげと眺めた。

「ああ、知ってる。確かにお代はもらってる」
「なら、いいわ」
「クソ女将め、すきあらばカネを巻き上げようとしやがる!」

 ライルが不愉快そうに歯ぎしりしている。

「ライルはこの町で使えるお金をもっているの?」
「おう!」

 女将との会話で、ライルは昨夜ここで食事代を支払ったという事実が判明した。
 このとき、私は心からライルを連れてきてよかったと思った。

「実は、旅の資金に困っていて」
「おう?」
「シャステルは王国が発行している貨幣を持っているけど、この町では使えないことがわかった」
「ほう!」
「つまり、今の私たちは一文無しなんだ。とても困っている」

 シャステルが少し肩を落とした。

「坊ちゃん、その言い方はあまりにも……」
「へっ、ザマァねえな」

 ライルはにやにやと笑っている。
 叱責されてばかりだったから、シャステルのピンチに溜飲の下がる思いをしているようだ。

「だから、カネは腐るって言っただろうが。時期と場所がズレるとすぐ使い物にならなくなる」

 ライルは小銭をかき集めることに意味があるのだと力説した。

「お屋敷にこもってるお貴族サマは何にもわかってねぇ。わかってねぇくせに偉そうにしやがる」

 ライルは饒舌にご高説をぶち上げ、女将は興味深そうに聞いていた。
 私は肩身が狭い。シャステルは怒っているのと恥をかかされているのとで、顔を赤くしている。

「ライルが持っているお金を貸して欲しい」

 私は思い切ってライルに無心を頼むことにした。

「はぁ?」
「このとおり、恥を忍んでお願いする」
「なんだよ。納骨堂のカネは使うなって言ってたくせによ」
「えっ……」

 私は絶句した。
 廃教会を発つとき、私はライルに「そのお金は教会に返さなければならないから使わないように」と伝えた。

(あそこでかき集めた小銭を使ったのか)

 あのとき、ライルは拾った小銭を「収穫」だと言い、私とシャステルは強く非難した。
 けれど、収穫がなければ、この町で食べることも泊まることもできなかっただろう。
 教会の納骨堂から奪った金銭はきちんと返すべきだと思っている。今でもそう思う。
 けれど、いつまでもここに留まっていられない。

「あとで告解する」
「はぁ?」
「教会で司祭さまに懺悔する。神様にお金を盗んだことを謝って、旅先で使える金銭を遣わしてくださったことに感謝する。それに、お金もきちんと返す。教会に寄付する!」
「はぁ……」
「だから、ライルが持っているお金を貸して欲しい」

 ライルは目を細め、蔑むように私を見下ろした。

「やなこった」

 きっと私は断られるとは思いもしなかったのだろう。
 拒絶されたことは想像以上にショックだった。

「どうして?」
「坊ちゃんが謝罪と礼を言うべきなのは神じゃねぇだろ」
「どういうこと?」
「いま、必要なカネを持っているのは俺様だろうが!」

 ライルは私を怒鳴りつけると、いつもの口汚い言葉で説教をし始めた。

「さんざん俺様のことを『恥知らずの不信心者』だとコケにしやがって、今さら手のひら返して『カネを貸してくれ』だと? しかも、礼を言うのは神だと? おまえらを助けられるのは神じゃねぇ。目の前にいる俺様だろうが!」

 シャステルが横からライルに何か言っていたが、まったく私の耳に入ってこなかった。
 ライルの説教が胸に突き刺さるようだ。私には返す言葉もなかった。

「いいか、恥知らずっつーのはお前らみたいな連中のことを言うんだ!」
「ちょっと、あんたたち!」

 突如、宿屋の主人が割って入ってきた。
 顔を上げると、テーブルには私たちの荷物が広げられていた。
 雨用の外套や保存食など、それほど多くない。

「なんだい。金目のものが見つかったかい?」
「お、おい、これ……」

 主人は一枚の紙切れを手にしていた。
 それを女将に見せながら、何か耳打ちしている。

(あれは……)

 この時代、特に女子供は文字を読み書きできない者が多かったが、この宿屋の女将は例外だった。
 女将は紙切れをひったくると、すばやく文面に目を通した。
 一通り読むと、眉間にしわを寄せながらもう一度、一文字ずつ確認するかのようにゆっくりと慎重に手紙を読んだ。

(どうする?)

 パリを脱出するとき、偶然にもブルゴーニュ公の長男シャロレー伯フィリップとすれ違い、人づてに一枚の手紙を受け取った。
 この書簡の持ち主は無怖公とブルゴーニュ派の急使である——という内容で、すみやかに通すようにと書き添えられていた。
 文末にはシャロレー伯フィリップの署名まで書き添えられている。

「通すようにって、そんなこと言われてもねぇ……」
「やべぇよ、やべぇよ」

 女将は硬い表情を浮かべ、手紙と私たちを交互に見比べた。
 先ほどまでの、からかい混じりの脅しは鳴りを潜めている。
 主人は怯えた顔色でただ焦っていた。
 やはり、この宿屋の力関係ヒエラルキーは女将の方が上らしい。
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