7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第七章〈王太子の都落ち〉編

7.18 迷いの森(4)告白と作戦

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 少し前まであれほど疑っていたのに、私はライルの姿を見つけると嬉しさのあまり立ち上がった。

(戻ってきてくれた! 無事で良かった!)

 ライルは騎乗したまま、速度を落とさないで向かってくる。
 憤怒ラ・イルという二つ名そのままにキレやすくて、それなのにどこか愛嬌のある男が、いままで見たことのない形相でクロスボウを構え、まっすぐに照準を合わせた。

(何を見ているんだ?)

 白い雪のように羽根が散った。
 私が座っていた敷物には羽毛が詰められていたが、いまは矢が刺さって引き裂かれ、中身が飛び散っていた。

(まさか、私を狙っているのか?)

 何が起きているのか訳も分からず、私は本能のおもむくままに逃げようとした。
 後ずさりすると何かが引っかかり行く手を阻まれた。
 椅子がわりにしていた流木だった。矢が三本も刺さっている。

(いつの間に!)

 もし、ライルを見つけた瞬間、すぐに立ち上がっていなかったら、確実に私が射られていただろう。狩人に狙われた哀れな獲物のように。

 するどい、引き裂くような風を感じた。

 新しく放たれた矢が、私のすぐ横をかすめた。
 当たらなかった代わりに帽子が飛んだ。

(最初は後ろから? 次は前から?!)

 私は混乱した。
 ライルだけではないのか? どこへ逃げればいい?
 背後の茂みで、くぐもったうめき声が聞こえた。

「おっさん、待たせたな。敵も来ちまったがな!」
「ブルゴーニュ派か!」

 ライルが威勢よく怒鳴り、シャステルが答えた。
 すでに剣を抜き、警戒態勢に入っている。

「さあな。俺様の元アジトを横取りしたクソ野郎かもしれねえ!」

 ライルの知り合い? 元アジト? クソ野郎?
 訳がわからない。聞きたいことが山のようにあったが。

「おら、モタモタすんな!」

 私の足元は、鳥を絞めた屠殺場のように白い羽根が散乱している。
 最初の襲撃で飛んできた矢は三本。
 これはライルが放ったものではなかったようだ。

 ライルは、私の背後に隠れていた襲撃者を正確に射抜いた。
 私を狙った狩人は、ライルに射られて手負いの獲物になり、しげみの向こうでうめき声を上げていた。

(ライルは敵じゃなかったんだ……)

 ほっとしたのもつかの間。
 追いついたライルは、いきなり私の腕をつかむと力づくで馬上に引き上げた。

「うわあぁぁ!!」

 変な声で叫んでしまった。

「おい、ふにゃふにゃしてんじゃねえよ!」
「いきなり何するんだよ。腕がもげるかと思ったじゃないか!」
「腕の一本や二本、どうってことねぇ!」
「ひどい!」

 どうでも良くない。人間ひとりにつき腕は二本しかないのだ。
 ヒトの体は、神の被造物なのだからもっと大事に扱うべきだと思う。
 私の考えは、戦いに生きる者には理解されにくかったが、今も昔もその思いは変わらない。

「いたた……」
「はん、へなちょこめ!」

 幸いなことに、腕はもげなかったが肩の関節が伸びた気がする。
 ライルは心配するどころか、ひ弱すぎる私に呆れていたようだが、痛いものは痛い。

 私はこういう荒事に慣れていないから知らなかったのだが。
 かのブシコー元帥が、馬に騎乗して走らせながら通りすがりの仲間を馬上に引き上げる鍛錬について書き残している。
 武器を取って馬に乗る者からすれば、このような芸当はできて当然らしい。

「どこへ連れて行く気だ!」
「あぁッ?!」

 ライルの振る舞いに驚いたのは、私だけではなかった。

「勝手に殿下を連れ去ることは許さん!」
「はぁッ?! おっさんはまだ馬車にこだわってんの? アホなの? バカなの? 死ぬの?」

 ライルは、シャステルの怒号よりも大きな怒声でまくしたてた。

「馬は二頭、俺たちは三人。おっさんか俺か、どっちか二ケツで行かねぇと逃げ切れねぇだろうが!」

 そして、「まさか、賊がひとりだと思ってんのか?」と言った矢先に、次の矢が馬車の壁面に突き刺さった。

「新手か!」
「へっへっへ、面白くなってきたぜ」
「ライル、何を!」

 何を考えているのか、ライルは私を馬上に残して下馬してしまった。
 私も降りようとしたら、「いい、おまえは行け」と静止された。

「どういうこと?」

 私は慌てた。
 ひとりだけ騎乗していたら目立ってしょうがない。
 これでは「私を狙ってください」と言っているも同然だ。

「おまえはおとりだ」
「えぇッ」
「貴様、何を言うか。我らは命をかけてこの方をお守りしなければならないのだぞ!」

 シャステルがライルに掴み掛かった。

「シャステル、待って。仲間割れしている場合じゃない!」
「だってよ。手ェ、離せよおっさん」
「くっ……」
「ねぇ、ライル。何か策があるんだろう?」

 ライルはシャステルの手を振り払うと、口角を上げてにやにやと下品な笑いを浮かべた。

「育ちのいい坊ちゃんは物わかりが良くて助かるぜ。いや、王太子殿下か?」
「私のこともライルのことも今はどうでもいい。私はどうすればいいか、できるだけ手短に話してくれないか」

 ライルの話はこうだった。
 一人目を倒してすぐにこの場を離れようと考えたが、もう囲まれてしまった。
 隠れている襲撃者が一人か複数か、ブルゴーニュ派の追っ手か、ただの山賊か、それは分からない。
 こちらは三人と馬が二頭だ。
 今から逃げたとしても、二人で乗っている方は確実に追いつかれてしまう。

「だから、おまえだけ逃げろ」

 ライルは、盾を私の背中に背負わせた。
 シャステルが持ってきた各種旅道具のうちのひとつだ。
 持ち主のシャステルは、ライルの勝手な振る舞いに何も言わなかった。

「おまえは小柄だし一番軽い。襲撃者は逃げようとするおまえを狙うだろうよ。だがな、盾を背負っていれば後ろからの攻撃は受け付けねぇ。振り返らないで町まで走りやがれ。そんで、町についたら『森でライルが暴れている』と言え。あとはクソ民兵が勝手に動くさ」
「なぜ……」
「なぜって、俺様はここらでは有名な札付きの悪党だったからな」

 ライルは、にいぃっと口角を上げた。

「疑ってんのか? 今度、証拠を見せてやろうか? 俺様の体にはなぁ、家畜みてぇに罪人の焼き印が押されてんのよ」

 ライルの告白は続いた。

「人肉が焼ける匂いを知ってるか? てめえの体に焼きごてを押し付けられたらどうなるか知っているか? 肉と皮が溶けてくっついて引き攣れて、いまでもエグイくらい爛れてやがる。今度見せてやるから覚悟しとけ!」

 ライルは唾を飛ばしながら言いたいことだけ言うと、本物の悪党みたいに笑った。
 上がった口角の端からとがった犬歯が見え、白目は赤く充血していた。

 私は無言でうなずいた。
 自分の顔は見えないが、きっと顔色は青ざめ、震えていたに違いない。

 本当は、決死の告白だったのだろうか。
 脅されているというよりは、試されている気がした。
 「今度見せてやるから覚悟しとけ!」の真意は、目の前の危機を乗り越えて生きてまた会おうという意味だ。

「おまえが狙われている間、俺とおっさんは攻撃を受けねぇ。けど、矢の発射方向がわかれば、敵の居場所を特定できる。俺とおっさんはそこを叩く!」
「いい作戦だ! だが、やはり殿下を危険な目に遭わせるわけには」
「いいんだシャステル。私はやるよ」

 襲撃者が何人いるかも分からない。増えるかもしれない。
 だから一刻の猶予もない。
 別の策を、ライルを信じるか否かを、もう考えている時間はなかった。

 私は囮になって逃げる。
 一斉に集中攻撃を浴びるけれど、振り返ってはならない。
 少しくらい負傷しても、止まってはならない。
 日没までに町へ行って、助けをもとめ、民兵を出動させる。
 完全に夜になったら、森は暗すぎて身動きが取れなくなるから。

(早く、早く……!)

 早ければ早いほど、シャステルもライルも助かる可能性が高くなる。
 昔の出来事は知らないが、今回ばかりはライルは何も悪くない。
 だから手荒な扱いをしないで欲しいということも伝えなければ。

(焦って、落馬しないように。慎重に、でも急いで!)

 たったひとつ、ライルの策には誤算があった。
 町までのルート、つまり私の進行方向に追っ手がいる可能性を考えていなかったのだ。
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