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第七章〈王太子の都落ち〉編
7.19 迷いの森(5)勇気と自尊心
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いま、王太子は王都パリから遠く離れ、宰相の干渉や護衛隊長シャステルの手綱からも解き放たれた。
ライルは私を送り出すときに「振り返らないで町まで走りやがれ!」と言った。
恐怖で身がすくむのではないかと恐れたが、私の体は思ったよりもよく動き、心は熱く燃えていた。
恐怖よりも焦燥感が、焦燥よりも使命感が、内心の迷いを晴らし、自尊心を高ぶらせた。
(後ろを振り返るな。とにかく前進するんだ!)
いままで、護衛の目が届かないところで自由に振る舞う機会がなかった。
だから馬に拍車をかけて早駆けするのは悪い気分じゃない。緊急事態でさえなければ。
ライルの愛馬は、横っ腹を蹴るとぐんぐん加速した。
ほどなくして、前方に人影が立ちはだかった。
敵か味方か分からない。私は注意深く観察した。
男は釣り鐘型の外套を羽織っていて、近隣に住む民兵というより旅人に見えた。
馬を連れているが下馬している。
(こちらを見ている……)
森を通る山道は曲がりくねっていて不便だ。
もしかしたら、急ぐ私を見つけて、道を譲ってくれようと待っているのかもしれない。
だが、外套の合わせ目から腰にぶら下げた曲刀のようなものが見えてぎょっとした。
私は実物を見たことはないが、異教徒の使う武器だと聞いたことがある。
一瞬ひるんだが、ここで足止めされるわけにはいかない。
私は気を取り直した。行くしかない。
(避けるか、飛び越えるか……)
気が高ぶっていたせいだろうか。
私は「さらに加速して、起伏のある地形を上手く利用すれば、男の頭上を飛び越えていけるかもしれない」などと大それたことを思いついた。
私は貧弱な少年だったが、それでも健康な体を授かった。
剣術はやらなくとも、馬術は駈歩までなら人並みにできる。
とはいえ、飛び越しは一度もやったことがない。
(ぶっつけ本番で飛べるものなのか? それに……)
よく整備された平坦な馬場と、自然のまま起伏に富んだ丘陵では勝手が違いすぎる。
ただ走っているだけでも、丘を飛び越えて馬脚が跳ねるたびに、尻が浮き上がりそうなのに。
高揚する心と、不安な心が交錯する。
(ああ、神よ)
重い盾を背負っているせいで背中が反ってしまうが、できるだけ肩を落とし、手綱を引き寄せて短く持った。
「いまは手を離せないから」と赦しを乞いながら、心の中で十字を切る。
(どうか、か弱い私をお導きください!)
私は覚悟を決めると、一気に加速しようと試みた。
このとき、みごとに障害を飛び越えていたならば、私はもう少し自分に自信を持つことができたのだろうか。
***
結果的に、私は飛べなかった。
目の前に立ちはだかる男をよけることもできなかった。
「……言うこと聞けってば!」
ライルから借りた馬は、あろうことか男の目前で停止してしまった。
私は手綱を引き付け、かかとの拍車で馬の腹を力いっぱい叩いたが、歩を進めるどころか足踏みするばかり。
「ブルブル……」
私の思い過ごしかもしれないが、ものすごく不満そうに鼻を鳴らしている。
(こ、これは不服従……!)
馬は気高い生き物だ。自分よりも格下の命令を聞かない。
私には馬のいななきの意味はわからないし、馬もまた人の言葉を解さない。
王太子だとか騎士だとか、人の世が作り上げた階級社会は通用しない。
(私は馬にまでバカにされているのか……?)
私のなけなしの自尊心は、木っ端微塵に砕けた。
「おい、そこの少年」
まごまごと恥をさらしていると、男に声をかけられた。
「ひっ……」
羞恥心と焦燥感と恐怖で変な声が出た。
この男は味方かもしれないが、敵かもしれず、山賊かもしれない。
この場をごまかして逃げようにも、馬は言うことを聞かない。
「つかぬことを聞くが」
「は、はい……」
ライルの馬は、その場でぐるぐる回り出した。
これでは調教できていない駄馬も同然だ。
滑稽なありさまを、敵かもしれない見知らぬ男にジロジロ見られ、いきなり話しかけられ、私の頭は混乱をきたした。
「何の御用でしょう……」
いつのまにか手持ちの手綱はだらしなく下がってきて、ぐるぐると絡まっている。
焦りと恥ずかしさで泣きたくなってきた。
「その盾の紋章に見覚えがある。もしや、ブルターニュ出身の騎士シャステル殿では」
思いがけない名で呼ばれた。
驚く間もなく、男はすぐにかぶりを振って訂正した。
「そんな訳がないか。となると、使いの小姓か?」
私のことを小姓のようだと言ったのは、父王に次いでふたり目になる。
もちろん、目の前にいる男は父ではない。
見た目は20代後半くらい、騎士のような硬めの言葉遣いだが、どことなくアルマニャック伯のような南仏訛りがある。
「私は小姓に見えると?」
「従騎士にしては細すぎるし、文官にしては若すぎる」
男は「近隣の村人には見えない」と付け加えた。
さきほど、私が走りながら男の素性を観察したように、いまは私が観察されている。
「いま、シャステル殿はある重大な任務を遂行中のはずだ。このような日暮れ時に、小姓ひとりでどこへ行くつもりか」
この男が敵か味方かまだわからないが、すくなくとも山賊ではないようだ。
ただの山賊が紋章学に精通しているはずがない。
ましてや、王太子に仕えている護衛隊長の名を知っているはずがない。
絡まった手綱に四苦八苦しながらどう返答すべきか迷っていると、男は話を無視されたと思ったのだろうか。
「もう一度聞く。なに、簡単なことだ。どこへ向かっている? そして、シャステル殿はどちらに?」
やや詰問するような口調で、返答を促された。
どこからどこまでなら話していいか、それとも沈黙すべきか、判断に迷う。
返答に詰まっていると、男は何かに気づいて首をかしげた。
「この馬、どことなく知人の馬に似ている気がする」
何かと思えば、ずいぶん奇妙なことを言う。
「……馬の人相がわかるの?」
「さあ、どうだろう」
謎の男は、「変な質問をする少年だな」と言って苦笑した。
臆することなく、ライルの愛馬に近づいた。
「人相というより毛並みだろう。どうどう……落ち着くんだ」
男がなだめると、馬は先ほどまであれほど不満そうにしていたのに、歩みを止めて親しげに鼻を寄せた。
「よし、いい子だ。俺の顔を覚えているか」
男の表情が少しゆるみ、「間違いない。こいつはライルの馬だ」と言った。
ブルゴーニュ派の追っ手だとしたら、シャステルが個人的に雇っている傭兵の名まで知っているはずがない。
ならば、この男の正体は——
「さあ、次は小姓殿の番だ」
男は手綱を取り上げると、馬上の私を見据えた。
「さっきの質問に答えるんだ。さもなくば」
「助けてください!」
私はライルの馬から飛び降りると懇願した。
すべてを話し終わるよりも早く、男は事情を察知すると腰に下げた角笛を吹き鳴らした。
「今のは……」
「安心していい。すぐに加勢が来るから」
遠目からだと曲刀に見えたそれは、仲間に合図を送る角笛だった。
初めて聞いた角笛の音は、バードコールよりも低音で、それでいて遠方までよく響いた。
「これでよし。それでは小姓殿!」
「あっ、はい」
「上官の所まで案内を頼む」
とっさに何のことか分からなかった。
「上官? 誰のこと?」
「とぼけるな。タンギ・デュ・シャステル殿だろう!」
男は、「主君や上官の名を忘れるのは不忠義だ」と言って呆れていた。
急いで事情を話したため、私は自分の身分について説明しそびれた。
だが、奮闘しているシャステルとライルの危機に比べれば、私の素性など些細なことだ。
こまかい話はあとでいい。
「こっちです!」
「まったく……本当に大丈夫なのか。森で迷子になるのはごめんだぞ」
ここまでずっと一本道だったから迷う心配はない。
案内することは造作もないが、その一方で私は馬さえ服従させられないダメな王太子でもある。
いっそ、小姓からやり直した方がマシかもしれない。
ライルは私を送り出すときに「振り返らないで町まで走りやがれ!」と言った。
恐怖で身がすくむのではないかと恐れたが、私の体は思ったよりもよく動き、心は熱く燃えていた。
恐怖よりも焦燥感が、焦燥よりも使命感が、内心の迷いを晴らし、自尊心を高ぶらせた。
(後ろを振り返るな。とにかく前進するんだ!)
いままで、護衛の目が届かないところで自由に振る舞う機会がなかった。
だから馬に拍車をかけて早駆けするのは悪い気分じゃない。緊急事態でさえなければ。
ライルの愛馬は、横っ腹を蹴るとぐんぐん加速した。
ほどなくして、前方に人影が立ちはだかった。
敵か味方か分からない。私は注意深く観察した。
男は釣り鐘型の外套を羽織っていて、近隣に住む民兵というより旅人に見えた。
馬を連れているが下馬している。
(こちらを見ている……)
森を通る山道は曲がりくねっていて不便だ。
もしかしたら、急ぐ私を見つけて、道を譲ってくれようと待っているのかもしれない。
だが、外套の合わせ目から腰にぶら下げた曲刀のようなものが見えてぎょっとした。
私は実物を見たことはないが、異教徒の使う武器だと聞いたことがある。
一瞬ひるんだが、ここで足止めされるわけにはいかない。
私は気を取り直した。行くしかない。
(避けるか、飛び越えるか……)
気が高ぶっていたせいだろうか。
私は「さらに加速して、起伏のある地形を上手く利用すれば、男の頭上を飛び越えていけるかもしれない」などと大それたことを思いついた。
私は貧弱な少年だったが、それでも健康な体を授かった。
剣術はやらなくとも、馬術は駈歩までなら人並みにできる。
とはいえ、飛び越しは一度もやったことがない。
(ぶっつけ本番で飛べるものなのか? それに……)
よく整備された平坦な馬場と、自然のまま起伏に富んだ丘陵では勝手が違いすぎる。
ただ走っているだけでも、丘を飛び越えて馬脚が跳ねるたびに、尻が浮き上がりそうなのに。
高揚する心と、不安な心が交錯する。
(ああ、神よ)
重い盾を背負っているせいで背中が反ってしまうが、できるだけ肩を落とし、手綱を引き寄せて短く持った。
「いまは手を離せないから」と赦しを乞いながら、心の中で十字を切る。
(どうか、か弱い私をお導きください!)
私は覚悟を決めると、一気に加速しようと試みた。
このとき、みごとに障害を飛び越えていたならば、私はもう少し自分に自信を持つことができたのだろうか。
***
結果的に、私は飛べなかった。
目の前に立ちはだかる男をよけることもできなかった。
「……言うこと聞けってば!」
ライルから借りた馬は、あろうことか男の目前で停止してしまった。
私は手綱を引き付け、かかとの拍車で馬の腹を力いっぱい叩いたが、歩を進めるどころか足踏みするばかり。
「ブルブル……」
私の思い過ごしかもしれないが、ものすごく不満そうに鼻を鳴らしている。
(こ、これは不服従……!)
馬は気高い生き物だ。自分よりも格下の命令を聞かない。
私には馬のいななきの意味はわからないし、馬もまた人の言葉を解さない。
王太子だとか騎士だとか、人の世が作り上げた階級社会は通用しない。
(私は馬にまでバカにされているのか……?)
私のなけなしの自尊心は、木っ端微塵に砕けた。
「おい、そこの少年」
まごまごと恥をさらしていると、男に声をかけられた。
「ひっ……」
羞恥心と焦燥感と恐怖で変な声が出た。
この男は味方かもしれないが、敵かもしれず、山賊かもしれない。
この場をごまかして逃げようにも、馬は言うことを聞かない。
「つかぬことを聞くが」
「は、はい……」
ライルの馬は、その場でぐるぐる回り出した。
これでは調教できていない駄馬も同然だ。
滑稽なありさまを、敵かもしれない見知らぬ男にジロジロ見られ、いきなり話しかけられ、私の頭は混乱をきたした。
「何の御用でしょう……」
いつのまにか手持ちの手綱はだらしなく下がってきて、ぐるぐると絡まっている。
焦りと恥ずかしさで泣きたくなってきた。
「その盾の紋章に見覚えがある。もしや、ブルターニュ出身の騎士シャステル殿では」
思いがけない名で呼ばれた。
驚く間もなく、男はすぐにかぶりを振って訂正した。
「そんな訳がないか。となると、使いの小姓か?」
私のことを小姓のようだと言ったのは、父王に次いでふたり目になる。
もちろん、目の前にいる男は父ではない。
見た目は20代後半くらい、騎士のような硬めの言葉遣いだが、どことなくアルマニャック伯のような南仏訛りがある。
「私は小姓に見えると?」
「従騎士にしては細すぎるし、文官にしては若すぎる」
男は「近隣の村人には見えない」と付け加えた。
さきほど、私が走りながら男の素性を観察したように、いまは私が観察されている。
「いま、シャステル殿はある重大な任務を遂行中のはずだ。このような日暮れ時に、小姓ひとりでどこへ行くつもりか」
この男が敵か味方かまだわからないが、すくなくとも山賊ではないようだ。
ただの山賊が紋章学に精通しているはずがない。
ましてや、王太子に仕えている護衛隊長の名を知っているはずがない。
絡まった手綱に四苦八苦しながらどう返答すべきか迷っていると、男は話を無視されたと思ったのだろうか。
「もう一度聞く。なに、簡単なことだ。どこへ向かっている? そして、シャステル殿はどちらに?」
やや詰問するような口調で、返答を促された。
どこからどこまでなら話していいか、それとも沈黙すべきか、判断に迷う。
返答に詰まっていると、男は何かに気づいて首をかしげた。
「この馬、どことなく知人の馬に似ている気がする」
何かと思えば、ずいぶん奇妙なことを言う。
「……馬の人相がわかるの?」
「さあ、どうだろう」
謎の男は、「変な質問をする少年だな」と言って苦笑した。
臆することなく、ライルの愛馬に近づいた。
「人相というより毛並みだろう。どうどう……落ち着くんだ」
男がなだめると、馬は先ほどまであれほど不満そうにしていたのに、歩みを止めて親しげに鼻を寄せた。
「よし、いい子だ。俺の顔を覚えているか」
男の表情が少しゆるみ、「間違いない。こいつはライルの馬だ」と言った。
ブルゴーニュ派の追っ手だとしたら、シャステルが個人的に雇っている傭兵の名まで知っているはずがない。
ならば、この男の正体は——
「さあ、次は小姓殿の番だ」
男は手綱を取り上げると、馬上の私を見据えた。
「さっきの質問に答えるんだ。さもなくば」
「助けてください!」
私はライルの馬から飛び降りると懇願した。
すべてを話し終わるよりも早く、男は事情を察知すると腰に下げた角笛を吹き鳴らした。
「今のは……」
「安心していい。すぐに加勢が来るから」
遠目からだと曲刀に見えたそれは、仲間に合図を送る角笛だった。
初めて聞いた角笛の音は、バードコールよりも低音で、それでいて遠方までよく響いた。
「これでよし。それでは小姓殿!」
「あっ、はい」
「上官の所まで案内を頼む」
とっさに何のことか分からなかった。
「上官? 誰のこと?」
「とぼけるな。タンギ・デュ・シャステル殿だろう!」
男は、「主君や上官の名を忘れるのは不忠義だ」と言って呆れていた。
急いで事情を話したため、私は自分の身分について説明しそびれた。
だが、奮闘しているシャステルとライルの危機に比べれば、私の素性など些細なことだ。
こまかい話はあとでいい。
「こっちです!」
「まったく……本当に大丈夫なのか。森で迷子になるのはごめんだぞ」
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