7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第八章〈殺人者シャルル〉編

8.23 悪夢の記憶(2)新しいブルゴーニュ公

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 ショッキングな出来事が続く中で、デュノワ伯ジャンの帰還は唯一の朗報といっていい。
 一年前、王太子の身代わりとなってブルゴーニュ派に捕われると、無怖公の嫡男フィリップの妃で私の姉でもあるミシェル王女がジャンの身柄を預かった。
 駆け引きの材料として生かされていたのだろう。

 その一方で、往復書簡の使者兼諜報員でもあるベルトラン・ド・ボーヴォーとミシェル王女は、機を見てジャンを解放するつもりだった。

 そこへ、ブルゴーニュ公殺害という大事件が起きた。
 王弟オルレアン公殺害の報復だと思われれば、さらなる報復として王弟の庶子であるジャンの命が狙われる可能性が高い。事は急を要する。もう待ってはいられなかった。
 ミシェル王女の協力とベルトランの機転でジャンは逃亡を図り、みごとに逃げおおせた。

 ベルトランはジャンを送り届けると、私が目覚める前にどこかへ消えた。
 事件の調査のためか、またはアンジュー公妃ヨランド・ダラゴンがいるプロヴァンスへ行ったのかもしれない。もともとボーヴォー家はアンジュー公に仕える一族である。

 世の中には「良い知らせ」と「悪い知らせ」が交互にやってくると言う。
 だが、ジャン帰還以外は悪い知らせしかなかった。
 モントロー橋の事件は「ブルゴーニュ公が王太子に殺された」というひどく単純化された内容で、またたく間に王国中に知れ渡っていた。

「どうしてこんなことに……」

 王太子になって二年目。
 つらいことも多かったが、そう悪くないと思い始めていた。
 家臣団に支えられてどうにかやって行けそうだと、ほんの少し自信もついていた。
 そんな矢先に、私は狂った宮廷の洗礼を浴びせられた。

 作為的な工作。扇動的な風評。
 それはブルゴーニュ派だけではなかった。

「シャステル、どういうことなんだこれは」

 アルマニャック派は、英雄的な行為として「王太子が主導してブルゴーニュ公を殺した」と宣伝しようとしていた。

「あれは事故ではないのか? まさか計画的な殺人だったのか? 仮にそうだとしても私は主導するどころか何も聞いていない。どういうことなんだ!」
「殿下、まだ本調子ではないのですから落ち着いてください」
「あの惨劇を見て、さらに首謀者と名指しまでされて落ち着いていられるか!」
「戦地では見慣れた光景です。ええ、慣れていただかなければ」
「慣れろだと……?!」

 ふいに、橋上の光景がフラッシュバックのように脳裏によみがえった。
 血と脂と吐瀉物の匂いを思い出し、視界の端でちぎれた右手が飛んできた気がした。
 呼吸が乱れ、頭痛と吐き気とめまいがして足元がふらついた。
 シャステルは私の異変に気づくとすぐさま手を差し伸べて支えようとしたが、私は反射的にその手を振り払った。

「殿下……」

 はっと我に返り、すぐに自分の振る舞いを後悔した。
 シャステルは護衛の任務を果たした。命の恩人だ。

「すまない。私を守るためにやったことなのに」

 私はのど元まで出かかった暴言を飲み込み、ねぎらいの言葉をかけた。
 怒ったかと思えば次の瞬間には涙ぐむ。
 心も体もちぐはぐで混乱の極みだった。
 何かしても、何もしなくても、むしょうに苦しくて胸が張り裂けそうだった。

 あの日、シャステルは手斧を持っていた。
 ひざまずくブルゴーニュ公の頭に振り下ろして、その後も何度も何度も10人がかりで無怖公を痛めつけ、体を切り刻んだ。

 建前は、王太子を守るため。
 だがきっと復讐心もあっただろう。ブルゴーニュ公は憎まれていた。
 執拗な攻撃は「恐れ」の裏返しだ。ブルゴーニュ公はそれほどまでに恐れられていた。



***



 ブルゴーニュ公の死後、嫡男のフィリップが称号と領地を継承した。
 フィリップ・ド・ブルゴーニュとは、彼がシャロレー伯だったときに二度会っている。
 一度目は、私が王太子になったときに祝賀の挨拶に来てくれた。

「陳情ではありません。父の追放の件でしたら、今のままで結構です」
「我が国の宮廷はよごれています。ですが、王太子殿下はこれまでの内乱とは無関係。中立な御方だと推察します」

 自分の父親を客観的に評価できる、冷静な人物だと思った。

 二度目は、王都パリを脱出するときに馬車越しにすれ違った。
 あのときフィリップは、御者に扮したシャステルに気づいていた。
 察しのいいフィリップのことだ、王太子の逃亡にも気づいたはずだが見逃した。

 一度目も二度目も、私のことを嫌っている様子はなかった。
 それに、フィリップの妃は私の姉ミシェル王女だ。

「諦めるのは早い。まだ取り返しがつくかもしれない」

 ベルトラン・ド・ボーヴォーが戻ってきたらもう一度手紙を送ろうと決めた。
 今になって、連絡手段を聞いておかなかったことを後悔した。
 今ごろ、どこにいるのだろう。それとももう戻ってこないのだろうか。
 マリー・ダンジュー以外の令嬢と結婚しようとしたから見限られたのかもしれなかった。

 事態の推移は、予想以上にめまぐるしかった。

 新ブルゴーニュ公フィリップは、王太子を非難する声明を発表した。
 そして、父親の死の真相を究明するために調査委員会を設置した。
 ブルゴーニュ派が占める調査委員会は、「モントローの橋上でいきなり王太子が連れてきた配下10人に襲撃された」とし、ブルゴーニュ公殺害はあらかじめ計画されたもので、首謀者は王太子シャルルであると断定。
 王位を継承して力を増す前にすみやかに断罪し、王国の平和のために危険人物を排除するべきであると結論づけた。

 新ブルゴーニュ公は王太子に対抗するため、イングランドと同盟を結んだ。
 これで和平のきざしは完全に潰えた。



***



 遅まきながら、アルマニャック派も事件の調査委員会を作った。
 王太子の証言をはじめ、あの場にいた立会人10人から聞き取った話を文書にしたためた。

「本当にこれでよろしいのですか」

 私はおぞましい記憶を手繰り寄せながら、ブルゴーニュ公と交わした会話をできるだけ正確に書き残した。
 内容に矛盾がないか、詩人で書記官のアラン・シャルティエに添削してもらった。

「どこか変なところでも?」
「いえ、どこもおかしくないですよ。ですが……」

 いつも能天気な詩人は、めずらしく歯切れが悪かった。

「もっとこう、殿下の名誉を重んじる内容に書き換えてはどうかと」
「問答無用だ。神の御前でうそをつくのか?」
「私にはわかりません。真相を知っているのは現場に居合わせた者だけです」
「これでいい。最後の審判で神に事件のことを聞かれたら、私はこの文書と同じ証言をするだろうから」

 アルマニャック派の人たちはこの調査結果に失望したようだった。
 王太子の名の下にブルゴーニュ公殺害を正当化し、「この報復には大義がある」と宣言して欲しかったのだろう。わかっていながら、私は期待を裏切った。
 王太子を英雄視する者はいなくなり、「何を考えているのかわからない」とささやかれた。

 ブルゴーニュ公の死の真相は、私にも正確なところはわからない。

 個人的には、不幸な偶然が重なった事故だと考えている。
 だが、もしアルマニャック派の強硬派——おそらくシャステルと部下たち——が報復のために仕組んだ計画殺人だったとしても不思議ではない。

「家臣の暴走を止められなかったことが罪だというならば、私は甘んじて罰を受けよう」

 周りの目には、正論きれいごとを振りかざす空気の読めない王太子に見えただろう。
 私は保身よりも良識を選んだ。
 神に恥じぬよう、正しくありたいと願った。

 その結果、不幸の連鎖はますますこじれていくのだ。
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