7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
175 / 202
番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

没落王太子と婚約破棄令嬢(2)

しおりを挟む
 マリー・ダンジューとの婚約は一旦解消した。
 アニエス・ド・ブルゴーニュと先に婚約していたから——という理由だったが、「王太子がブルゴーニュ無怖公を殺した」今となっては婚約も結婚もありえない。
 後継のブルゴーニュ公フィリップは、王太子への報復を宣言してイングランドと同盟を結んだ。
 表立った戦争も、水面下の謀略も激しくなるばかりで、私は厭戦・厭世的な心境をこじらせていた。

「争いが収まるなら、いっそのこと私の命を差し出してしまおうか」
「変なことを言わないでください」
「……冗談だよ」

 幼なじみの側近にたしなめられて、笑ってごまかした。
 第一、そんなことは反英・反ブルゴーニュ派の側近たちが許さない。
 私を拘束し、保護・監視するために幽閉するだろう。たとえ心が壊れたとしても、必ず生き長らえさせる。

 イングランドとブルゴーニュでは内通者や暗殺者を送り込み、私を抹殺しようとしている。
 もし、アニエス・ド・ブルゴーニュとの結婚話が進むとしたら、私は初夜の床で殺される可能性を考えなければならない。祝いと呪いは紙一重だった。安らぎはどこにもない。


***


「先約があるならばと、わたくしなりに筋を通したつもりです」

 マリーの声で、現実に引き戻された。
 束の間のやさしい現実だ。離れる時は、またつらくなるだろう。

「最初の婚約が無効になったのでしたら、わたくしとの関係を解消する理由はないはずです」

 マリーは婚約破棄を受け入れ、一度は身を引いた。
 だが、「状況は変わった」と言いたいらしい。

「マリーは婚約を復活したいと望んでいるの?」
「今さら、婚約だなんて……」

 それはそうだ。
 私もマリーも十代後半だ。婚約ではなく、その先へ——

「わたくしはずっと待っているのに、いつになったら迎えに来てくださるのですか」

 私たちはもう結婚すべき年齢に達していた。
 だが、私は「婚約を復活させて縁談を進めよう」とは考えなかった。

「情けないけど、パリに帰還するめどが立たなくて『迎える』ことができないんだ」

 私は淡々と、理屈っぽく事実を説明した。
 王太子になってアンジューを発つとき、私は「落ち着いたら迎えにいく」と告げた。
 実際は、落ち着くどころか、事態は悪化の一途を辿るばかり。

「マリーにはすまないと思っている。王太子妃としてパリで盛大に迎えてあげたかった」

 私たちが結婚したら、フランス王国をめぐる争いにマリーを巻き込むことになる。
 アンジュー家は、イングランドやブルゴーニュ公と敵対したと見なされるだろう。
 マリーの将来を縛りつけることも、恩義あるアンジュー家に災いをもたらすことも、私の本意ではないのだ。だから「結婚はしない」と決めた。

「見くびらないでください!」

 ところが、今回のマリーは引き下がらなかった。

「王太子殿下の重責も、シャルル兄様の不遇な生い立ちもよく知っています。兄様に比べたらわたくしは恵まれているわ。両親に愛されて、何不自由なく育てられてきたもの。でも、これだけは分かって欲しいの」

 マリーは、「大切な人が、孤独に苛まれて傷ついていくのを、黙って見過ごすほど愚かじゃない」と畳み掛けるように言った。

「わたくしの『大切な人』が誰か、分かりますか」
「アンジュー公と、公妃と……」
「わざとはぐらかしているの? 父も母も、もちろん弟たちも大切ですけど」

 いつの間にか、鼻がくっつきそうなほど近くにマリーがいた。
 滑らかな指先が頬を撫で、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「わたくしの『大切な人』はね、今ここに、目の前にいらっしゃるのに」

 自覚を促すように、鼻先をつんと突かれた。
 私たちにしてはめずらしく甘い雰囲気が漂っていたが、恋人や婚約者というより母親が子供を、または姉が弟を優しく諭すようでもあった。
 王侯貴族は名誉を、男は力強さを重んじる。
 女性からの子供扱いを「侮辱」と受け取る者もいるが、私は嫌じゃなかった。
 王太子になって以来、いつも気を張っていたから、誰かに甘えたかったのかもしれない。

「マリー、私だって君のことが……」

 大切な人だからこそ——。
 余計なことを考えないで心地よいぬくもりと甘い匂いに浸りたい。
 ほだされそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。

「私はあなたにふさわしくないと思う」

 マリーの優しさを踏みにじるようで気が引けたが、私は冷淡に拒絶した
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...