7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
178 / 202
番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

ルネ・ダンジュー11歳の結婚

しおりを挟む
 婚約者マリー・ダンジューと義弟ルネの来訪で、その日は久しぶりに賑やかな夕食会になった。

「そうそう、結婚おめでとう」

 私とマリーを差し置いて、ルネ・ダンジューはすでに既婚者である。
 少し前に、ロレーヌ公の一人娘イザベル・ド・ロレーヌと結婚したばかりだった。
 ルネは11歳、花嫁のイザベルは20歳である。

(たぶん、公妃の方から縁談を持ちかけたのだろうな)

 貴族の女子相続は難しい。
 分家筋が継承権を主張したり、貴族くずれの詐欺師が財産狙いで力づくで結婚におよぶこともある。
 義父ロレーヌ公の死後、ルネ・ダンジューが称号と財産を継承して夫婦で共同統治すると決められた。アンジュー家とロレーヌ家の繁栄という意味で、とても「政略的」な結婚だ。

「どうして来てくれなかったんですか」

 ぷくっとむくれた丸顔は、とてもじゃないが妻のいる既婚男性には見えない。

「ひどいですよ。ぼくは、シャルル兄様に祝福して欲しかったのに」

 私はルネの結婚式マリアージュに参列しなかった。
 祝いの品と祝意を伝える使者を派遣するにとどめた。

「話したいことや聞きたいことがたくさんあったのに……」

 ブルゴーニュ無怖公の事件以来、私は臆病になっていた。
 平和と幸福のためにと、善意から行動を起こしても、また正反対の結果を招く気がしてこわかったのだ。私が関わったせいで、義弟の慶事に水を差してはいけないと思った。
 そして何より、ルネの義父となったロレーヌ公はブルゴーニュ派の重鎮だった。

「もしかして、ぼくは兄様の敵だと思われてるんじゃ……」
「そんなことない!」

 即、否定した。

「敵視するなんて考えられないよ」

 とはいえ、こうも思う。

 王太子とマリー・ダンジューの婚約はうやむやで、進展しない。
 その一方で、姉マリーを差し置いて、弟ルネとロレーヌ公令嬢がいち早く結婚した。
 これによって、アンジュー公妃ヨランド・ダラゴンは「落ち目の王太子を見限ってブルゴーニュ派に鞍替えした」と見なされた。

 ヨランドの真意はわからないが、だからといってアンジュー家を恨むのは筋違いだろう。
 私の生い立ちに同情的で、愛情を注ぎ、教育を授けてくれたことは事実だ。
 だが、しかし——

「公妃は聡明な方だからね」

 ヨランド・ダラゴンは愛情深い母であると同時に、アラゴン王女時代に帝王学を学んだ賢明な貴婦人でもある。
 君主は、時として非情な決断を迫られる。やすやすと情に流されてはいけない。
 実子と領地・財産を犠牲にしてまで、ヨランドが没落王太子あかのたにんを援助するとは考えられなかった。

「確かにお母様の政略はすごいと思いますけど!」

 ルネの不満はおさまらない。
 察するに、結婚の前後でずいぶん揉めたようだ。

「ああいうの、ぼくは好きじゃないです」
「花嫁とうまくいってないの?」
「イザベルは優しいですよ」
「それは良かった」

 ルネが少し太ったのは、年上の花嫁に可愛がられている影響かもしれない。

「お母様の本音がわからないんです。シャルル兄様をどう思っているのか」
「あっ、このスープ美味しいな」

 ルネの不満をかわそうと話題を変えた。

「本当ですか!」
「変わった味だけどおいしい。異国のメニューかな」
「ね、ね、どんな風に美味しい?」
「甘ったるいかと思えば、意外と喉ごしはさっぱりしていて清涼感すらある……」

 アンジュー家が移住したプロヴァンスは、地中海に面していて交易が盛んだ。
 ムスリムの行商人も行き来しているおかげで、フランス内陸や西欧諸国では見かけない物品が入ってくる。食材もそのひとつだ。

「ポンチスープです」

 南欧の向こうにあるイスラム圏の蒸留酒アラックに、砂糖とレモン果汁と香草と香辛料を加えたデザートスープだそうだ。
 具材に、一口大に切ったシロップ漬け果実がたっぷり入っている。

「ふふ、良かったわね。シャルル兄様に食べてもらうと張り切っていたものね」

 マリーが楽しそうに教えてくれた。

「けれど、お母様は『アンジュー公の息子が料理人の真似事をするなんて』と呆れているの」
「えっ、これはルネが作ったの?」
「へへ、交易品の中にあったレシピを試しただけですよ」
「すごいなぁ」

 余談だが、後年、ルネ・ダンジューは二つ名「料理王」と呼ばれるほどの食通グルメだ。
 妻の美しい瞳アーモンドアイをモチーフにした焼き菓子カリソンは、プロヴァンスの郷土菓子として定着している。

「お母様は賢い人かもしれませんけどね……」

 ルネは得意げに、「料理人を馬鹿にしたらいけません。新作メニューを考えて、レシピを作って調理することは、すなわち錬金術を極めるに等しいんですから」などと語り始めた。どうやら機嫌は直ったようだ。


***


「そんなことよりシャルル兄様! いえ、王太子様!」

 舌鼓を打っていると、何かを思い出したルネが食い気味に「聞きたいことがあったんです」と身を乗り出してきた。

「戦勝おめでとうございます!」

 とっさに何のことか分からず、私は目をしばたたく。

「戦勝だって?」
「ラ・ロシェル沖で! イングランドと一戦を交えたとか!」

 言われて、つい顔をしかめた。

「あぁ、あれか……」

 私は生来、流血や戦いが苦手だ。
 あまり思い出したくないのだが、そういえばルネは昔から騎士道物語が好きだった。
 幼い子供のように瞳をキラキラさせながら、話の続きを待っている。

「イングランド海軍とハンザ同盟を相手にガレー船40隻を沈めたと聞きました!」
「えぇ、そんな話になってるの……」
「違うんですか?」

 正確には、沈めたのではなく拿捕したのだ。






(※)三人が食べているのはフルーツポンチです。ヨーロッパで普及するのはもう少し後ですが、イスラム圏では原型となるメニューが12世紀からあったようです。ワインベースにするとサングリアっぽくなります。

(※)ルネ・ダンジュー(11歳)とイザベル・ド・ロレーヌ(20歳)。まるで森薫先生の「乙嫁語り」みたいなこのカップルから、薔薇戦争の女傑マーガレット・オブ・アンジューが生まれます。フランス名はマルグリット・ダンジューです。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...