7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
183 / 202
番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

マリー・ダンジューの政略結婚(2)

しおりを挟む
 マリー・ダンジューは上気した表情で、ほうっと息をついた。

「これで、わたくしたちは一蓮托生ですね……」

 私はついに結婚を受け入れた。
 マリー・ダンジューが提案した「妙案」を聞いて——私は、マリーがただ美貌と教養を誇るだけの令嬢ではなく、母譲りの優れた政治的センスの持ち主だと確信した。王妃・女王にふさわしい資質を持っている。
 フランス王太子妃——ゆくゆくはフランス王妃となるが、栄誉を得るための結婚ではない。
 私とともに王国が抱えた困難に立ち向かわなければならないのだから。

 いや、理屈や理由はもう十分だろう。
 私の心に「精いっぱい守ろう。幸せにしよう」という気持ちが広がっていた。
 愛と敬意を込めて、マリーの肩をそっと抱き寄せた。

「おめでとうございます!」

 義弟ルネ・ダンジューはいつも真っ先に、心から祝福してくれる。

「今だから言いますけど、これ以上焦らされるならこっそり媚薬でも盛ろうかと考えてました」
「……冗談だよね?」

 ルネは、ぺろっと舌を出しておどけると「キシシ」と笑ってごまかした。

「実は、まだ材料が揃わなくて作れないんです」

 マンドレイクが生えている場所を知らないかと聞かれた。もちろん私は知らない。
 料理のレシピなら微笑ましいが、あやしい秘薬まで作っているとしたら、ヨランドがルネに呆れる心境がわかる気がする。

「なんて『おませさん』なのかしら」

 あきれるマリーをよそに、ルネは「ぼく、もう既婚者ですし」と平然としている。

「頼れる義弟になりたいです。マリー姉様の次でいいので、たまには思い出してくださいね」

 ルネは、ブルゴーニュ派の重鎮・ロレーヌ公の娘婿になっていたが、心は王太子派なのだと力説した。

「子供扱いは嫌ですよ。僕だって役に立ちたい!」
「じゃあ、私からひとつ頼み事を聞いてもらえるかな」
「いいんですか!」

 この物語を読んでいる読者諸氏の時代では、アンジュー関係の功績はヨランド・ダラゴンひとりに集約されているようだが、マリーとルネ、そしてシャルル・ダンジュー姉弟はいつも私を支えてくれた。
 義弟たちの活躍は、絶対に外せないのだ。

「僕にできることなら喜んで。兄様のためなら多少の無茶だってしますよ!」
「むちゃくちゃな難題は言わないよ。『ついで』の時でいいんだ」
「はい、何なりと!」

 先ほど、ルネが交易品の中からレシピを見つけた話を聞いて、私はあることを思いついていた。

「黒い粉のレシピを探して欲しい」

 没落王太子は、自前の兵も物資も乏しい。
 神は困難ばかりを与えるが、運命を呪っているだけでは何も変わらない。
 結婚するなら尚のこと、「知恵を絞らなければ」と決意を新たにした。

「黒い粉というと胡椒ですか?」
「いや……」

 私は戦争も流血も嫌いだ。
 以前、幼なじみのジャンと見た馬上槍試合トーナメントには興味が湧かなかった。
 退屈している私を見かねて、護衛隊長のシャステルが「知識がなくても、『これは!』と勘が働くこともございます」と言っていた。
 あのときは、騎士道精神に欠ける王太子をフォローしてくれたのだと思っていたが——

「火薬のレシピを探している」

 今なら、シャステルの言葉の意味がわかる。
 大砲の火力を目の当たりにしたとき、私の心は確かに高揚していたのだから。

「イングランドもブルゴーニュ派も、王太子は没落まっしぐらだと思っているみたいだけどね」

 イングランド自慢の長弓兵を攻略するには、プレートアーマーとクロスボウでは不完全だ。
 対抗するために、イングランド並みの長弓兵を育成する時間も人材もない。

「それでも、私は勝算があると考えている。不利な戦況をひっくり返す、起死回生の方法は……」

 ロングボウを上回る遠距離攻撃として、大砲と火薬の組み合わせは最有力候補だ。
 だが、ロングボウ並みに気軽に運用するにはコストがかかりすぎる。
 火薬の調達と量産化は、大きな課題のひとつだった。

「火薬は、硝石と硫黄と木炭でできていてね、混ぜる比率で爆発力がかなり違うんだ」

 錬金術師を雇って、最適な調合について研究しているがわからないことが多かった。
 別の素材を足すか、引くか。それとも素材は今のままで比率を変えるべきか。
 他国で考案した火薬レシピがあるなら、何としてでも手に入れたい。

「了解しました!」

 ルネは、「本物のマンドレイクよりは見つけやすいと思う」と予想した。
 マンドレイクとは、錬金術の秘薬として有名な稀少植物のことで、採取方法を間違えるとショック死するらしい。
 火薬の調合も、大砲の開発も、たしかに危険をともなう作業ではあるのだが。
 私は一抹の不安を覚え、「くれぐれも無茶をしないように」と念を押した。


***


 少しばかり余談をしよう。
 私とマリーは一歳差だが、年齢の差のある政略結婚もよくあった。
 大抵の場合、成人男性と少女の組み合わせだったが、逆パターンもある。

 ルネ・ダンジューはわずか11歳で、20歳のロレーヌ公令嬢と結婚した。
 結婚をきっかけにルネはブルゴーニュ公に臣従したが、ルネの年齢からして本人の意思が尊重されたとは思えない。アンジュー公妃とロレーヌ公の、巧みな政略の結果だろう。

 数年後、私がランスの大聖堂でフランス王聖別式を挙行するときに、20歳になったルネ・ダンジューは真っ先に駆けつけて祝ってくれた。
 自分の意志で「フランス王シャルル七世」に臣従を誓い、以来、生涯にわたる盟友となった。

 愛すべき義弟にはゆかいなエピソードがたくさん残っているので、機会があればまた紹介しよう。





(※)ルネ・ダンジューはマンドレイク発掘はしませんが、のちに巡礼先でマグダラのマリアの付き人マリア・サロメとマリア・ヤコベの聖遺物を発掘します。映画「インディ・ジョーンズ」みたいなスピンオフとか、いつか書いてみたいですね。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...