7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
186 / 202
番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

没落王太子の新婚生活(2)ハートの手紙

しおりを挟む
 ある日、所用があって王太子妃ドーフィヌマリー・ダンジューの書斎に立ち寄ったが、あいにく留守だった。
 机上には、開封した手紙が置きっぱなしだ。すぐに戻るつもりで席を外したのだろう。

「ここで待たせてもらうよ」

 留守番の侍女に断りを入れてから手近な椅子に腰掛けた。
 覗き見をするつもりはなかったのだが、手紙の中央に描かれた可愛らしいハートマークが視界に飛び込んできた。
 悪魔の囁きが聞こえた、気がした。

(まさか、恋文じゃ……?)

 私たちは、王侯貴族にありがちな政略結婚だ。
 夫婦円満のためには、世継ぎ問題にならない程度の「宮廷風恋愛」は見逃した方がいい。
 しかし、結婚から半年も経ってないのにもう恋人がいるのだろうか。
 それとも、結婚前から恋仲の相手がいたのだろうか。
 マリーにその気はないのに、誰かに言い寄られている可能性も捨てきれない。
 それとなく聞き出すか、そっとしておくべきか。私はどうすれば——

「何か御用ですか?」
「うわあ!」

 悶々としていたせいで、マリーの気配に気づかなかった。

「先日頼んだフランドルの交易品が届いた。一緒に見に行かないかと思ってね」
「まぁ、王太子ドーファン殿下みずからご足労いただくなんて光栄ですわ」

 マリーは無邪気に笑っている。やましいことはなさそうに見える。
 侍女に指示して、ハートマークの手紙を片付けようとしている。
 マリーの行動に不自然さはないが、今のうちに問いたださないと悶々と悩んだ末に疑心暗鬼になりそうだ。いや、すでになりかけている。

「あの、マリー」
「はい?」
「その手紙が見えてしまったのだけど」
「ジャック・クールからの手紙ですか?」

 ジャック・クール。男の名前で間違いない!
 頭の中であらぬ妄想が膨らみ、邪念が駆けめぐる。
 私は自分で思うよりも嫉妬深いのかもしれない。
 男の素性について調べる必要がある。マリー自身からも詳しく聞き出さなければ。
 焼きもちと思考ばかりが先走り、しかし小心者ゆえに、肝心の口のほうは——はくはくと空回りして声が出てこない。我ながら情けない。

「王太子妃として何が出来るか、いろいろと考えていたのですが」

 マリーは私の異変に気づかず、しまいかけた手紙を広げた。
 ぷっくりと装飾しすぎなハートマークが目立つ。
 見るからに自己主張が強い奴だ。けしからん。

「資産運用について学ぼうと思いまして。よかったら、殿下も一緒にいかが?」
「資産、運用……?」

 クール家は、私たちが結婚したサンテティエンヌ大聖堂の参事会員を務める資産家一族だ。
 手紙の主ジャック・クールなる男は、家業を継ぐために各地を遊学して「貨幣と金銀の流通」について学び、最近になって結婚するために帰郷したのだと言う。

「ここ数年、王国が発行している金貨の質が悪くなっていると聞きます」

 宮廷に出入りする騎士団長や大司教よりも、彼のような知恵ある資産家の意見を取り入れたほうが財務改善の一助になるのではないか——と、マリーは熱心に力説した。
 私はマリーの発想に感心しながら、内心で自らの悋気を恥じた。

「私も話を聞きたい。同席してもいいかな」
「嬉しい! 二人で講義を聞いた方がきっと覚えやすいものね!」

 マリーは何も疑っていない。純粋に喜んでいる。
 幸い、やきもちを焼いたことはバレていないようだ。
 もし仮に、ジャックのほうに下心があるとしても夫婦同伴で対面すれば釘を刺せる。
 もちろん、各地を遊学した経験談と助言を聞きたいというのも嘘ではない。

 なお、自己主張が強いハートマークはこの男が署名するときの手癖だった。
 名前本体よりもハートを大きく描くので、ジャック・クールの手紙は一目でわかる。
 のちに、国王会計方(財務卿)として辣腕を振るい、フランス王国の財政を立て直す「悪徳実業家」との出会いである。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...