オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

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J・J

召喚の理由

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「あー、ガッツリ””をつけられちゃってまあ……どうすんのこれ」
パーシーはクロエの首筋を覗き込み、大仰に嘆いてみせた。


ロイが異世界から召喚した救世主だろうが、俺のツガイであることは間違いない。

「もう俺のツガイだ。大切に育てる」
「いや、だからさ。この子は異世界の人なんだってば。元の世界に帰る人なの! それを、お前……」

「帰さない。俺のものだ」
誰が何と言おうが、絶対に離さない。

儀式を済ませたのだ。
死ぬまで一緒に居るつもりだ。


「あの、しるしって、なんですか?」

クロエはパーシーに訊いた。
何故俺に訊かないのか。

パーシーは少し悩み。
「んー、そっちの世界の人は、獣の姿になる?」

「え? ケモノ?」

クロエは首を傾げている。
そんな仕草も愛らしい。

「あー、その様子じゃならないっぽいね。えーとね、こっちでは、獣人ってのと、ヒトの二種類いて。この国……ロワイヨム・ドゥ・グラン・テールは獣人の国なんだわ」
「……はい?」


†‡†‡†


「獣人はヒトより強くて寿命も長い生き物だけど、ツガイがいないと一人前の獣人として覚醒できないんだよね。獣人には自分のツガイとなる”運命の相手”がいて。首筋に噛み付く時に自分の血を傷口から流し込めば、首筋に”ツガイのしるし”がついて、相手はその獣人のツガイになるわけ」
パーシーはクロエに、獣人の性質やツガイのことを説明した。

しるしのついた者は、つけた者と添い遂げるしかなく、つけた者はツガイを守るために強くなることも。

「本来、異世界人である貴方とは言葉が通じないはずなんだ。言葉がわかるようになったのは、J・Jのツガイになったことで全身の細胞が変質して、こちらの世界に馴染んだせいだ」


俺が噛むまで、言葉が通じなかったのか?
では。

ツガイの儀式のことも、知らなかったというのか。


「じゃあ、僕が見た、あの灰色熊は……?」
クロエは俺のほうを見た。

「熊? J・Jの獣姿だね」
「そうだ。獣は熊を恐れるからな。吠えたら逃げた」

「何で僕にのしかかってたの? 食べようと思ったの?」
「獣人はヒトを喰わない。興味をひかれ、匂いを嗅いでいただけだ。匂いでツガイだとわかったからな」

「匂いで……?」
クロエは納得がいかない顔をして、首をひねっている。


「それで、何で僕はこの世界に呼ばれたの?」

その理由を俺は知らない。
パーシーを見たら、城へ報せの魔法を打っているところだった。


†‡†‡†


「ちょっと前、大規模な戦争があって。この国の前の王と王妃を含め、大勢の獣人が亡くなったんだ……」
パーシーは先の戦争の話をした。


酷く醜い戦いだった。

獣人とヒトの間だけでなく。ヒト同士、獣人の国同士でも争い合っていた。
ただの獣すら、勘違いで殺された。

戦争に駆り出された者の大半が命を落とした。

獣人はヒトより強い者も多いが、唯一の弱点がアルジャンである。
銀の武器により深手を負えば、傷口は爛れ、腐り落ち。やがて死に至ることもある。

弱いと見下し、追い込まれたヒトの知恵を甘く見過ぎたのだ。

たとえ小さく弱い鼠であっても。
一息で殺さず、弄り追い詰めれば決死の覚悟で噛み付いてくるというのに。


そして5年前。
前王が崩御し、その年に成人になっていた王太子のロイが新王となった。

獣人の中でも最強と言われる狼であるロイと俺が組めば、銀の武器があろうと、ヒトを全滅させるのは容易かっただろう。

だが、ロイは争いよりも平和を好んだ。

俺が銀山の入り口を潰し、武器を作る鍛冶場を破壊し、銀の供給を断っている隙に。
ロイがヒトの国へ夜襲……もとい交渉に行き、協定条約を結んだ。

力技で無理矢理戦争を終結させ、情報の共有や政略結婚など外交に力を入れ。
まずは産業の復興を優先し、国民の生活を安定させた。

復興に終わりが見えたのは、つい最近のことだ。


「で、やっと国を立て直したんだけど。占いで”この国に滅びの危機が来る、異世界より救世主を召喚すべし”って出て。国のお抱え魔法使いがその条件に合う者を召喚したんだ。でも、呼び出す座標を間違えて、行方を見失っちゃったんだよねー」


†‡†‡†


それでスクレテール・デュ・シュヴァリエであるパーシーをはじめ、城のシュヴァリエやゲリエらが国中を捜索するために出てきたという。

森は俺の管轄だ。
なのでパーシーは俺を頼るため、真っ先にここへ来たわけだ。

「じゃあまだ探してる人がいるの? 知らせてあげないと」

見ず知らずの他人を思いやるとは、クロエは優しい。
しかし、パーシーはすでに報せの狼煙を上げていたので心配無用だ。


……国に、滅びの危機か。

まさかヒトが更なる破壊兵器でも生み出したか?
しかしそれくらいなら、俺達の力でどうにかなるだろう。

肌も柔らかく、俺の手に乗りそうなほど愛らしく小さいクロエに、この国を救う力があるのか?


「でも僕、ちょっと薬の勉強をしてるだけの、普通の学生だよ? 特別な能力を持ってる訳でも、特別天才な訳でもない。知識だって、専門家に比べればたいしたことないし」

クロエは自己評価が低いようだ。
学校へ通い薬のことを学んでいるなら、充分賢いと思うが。

「あの人は、召喚魔法の腕とかはいまいちだけど、占いだけは外したことがないから」
「ああ、デュランがそう言うのなら、間違いないだろうな」

あれで、我が国一番の魔法使いソルシエールだ。
戦中は、”死をラパンノワー呼ぶル・アプラン黒兎・ラ・モール”の二つ名をつけられていた。


「貴方は間違いなく我が国の救世主になる人だ。一緒に城に来て欲しい。貴方の助けが必要だ」
パーシーはクロエを真っ直ぐに見据え、きっぱりと言った。


「まあ、もし国が滅びても、それはそれでこの国の運命だったってことで。誰も貴方を責めたりはしないから、気楽にしてよ」
だが、安心させるように笑ってみせた。

こいつもこれで、死線をくぐった男だ。
伊達にこの年齢でシュヴァリエを束ねる立場を得た訳ではない。

我が国と運命を共にする覚悟はできているのだろう。
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