オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

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J・J

城へ

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「わかりました。まずはお城に行って、王様の話を聞けばいい?」
クロエは居住まいを正し、覚悟を決めた顔をした。
子供にしては肝が据わっている。


パーシーは城へ案内しよう、とクロエの手を取ろうとした。

救世主とやらがどのような役割なのかは知らないが。
国の危機、などというからには、無事で済むかわからない。

「待て。俺の大切なツガイに危険な真似はさせられん」
クロエの前に立ち、パーシーを止めた。

「なら、お前が命がけで守ればいい。強くなったんだろ?」
挑戦的な視線を向けられた。

命を懸けてツガイを護るのは、獣人として当たり前のことだ。


「ああ、クロエは俺が守る」
「じゃあ一緒に城に来て、陛下に挨拶しろよな」

「……わかった。行こう」
渋々承諾すると。

パーシーは会心の笑みを浮かべた。
してやられた。

俺もついていくことになってしまった。パーシーは俺を乗せるのが上手い。

まあいい。
何が起ころうが、俺がクロエを護ればいいだけの話だ。


†‡†‡†


そのまま家を出ようとしたら。

「ちょっと待った。まさかそんな恰好で行く気じゃないだろうな!?」
呼び止められ、自分の身形を見下ろす。

皮の服で城に上がるのは、さすがに無礼だろうか。ロイは気にしないだろうが、アンリは気にしそうだな。

「そのむっさい髭面も何とかしろよ?」
「剃刀など持ってない」
あってもとっくに錆びているだろうし、今から砥ぐ気もしない。


「俺の小刀ラゾワール貸してやるから、ほら」
手洗い場へ押し込まれ、髭を剃られた。

伸ばすままにしていた髪も整えられる。

「おまえ、元は悪くないんだからさー。ちゃんとした格好しろよ。ツガイも出来たんだし」
ぶつぶつ言いながら、泡立てた石鹸を顔に塗られる。

「……剃った方が、喜ばれるだろうか」
「おうよ。ちゃんとすれば、クロエちゃんも惚れ直すんじゃね?」

「俺の嫁を気安くクロエちゃん呼ばわりするな」

しかし、そんなことを言われてしまうと、きちんと身形を整えた方がいいような気がしてくる。
面倒だが、正装するか。


オー・ド・ショースを穿き、膝まである靴を履く。
革靴など、何年振りだろうか。

レースのブルースを着て、ジュストコールを羽織る。
幸い、仕立てた時から体型は変わっていないようだ。首にジャボを巻く。


「似合ってるじゃないか。よ、男前!」
背を叩かれる。

騎士団オルドル一の色男に言われても、気休めにもならないが。


「息苦しい……」
ジャボを調整しながら手洗い場を出ると。

クロエがこちらを見て、ぽかんと口を開けていた。
「クマが人間になった……」

「あはは、確かに。あんなにヒゲモジャじゃどっちがクマの姿だかわからないよね」
パーシーが笑いながら俺の背を叩いた。


クロエは俺をずっと見上げている。
その視線から、髭を剃って身形を整えたこの姿の方が好ましいのだと感じた。

パーシーには感謝しなくては。


†‡†‡†


パーシーの繰る馬車で、城に向かった。


「J・Jの家に馬車これを置かせてもらって、馬で探索しようと思ってたんだよね」

パーシー自身が探索しなくとも、俺に訊けば、探し人などすぐ見つかるが。
感知魔法を使えない者にはこの感覚の違いは理解されないようだ。

「パーシヴァルさんは何の獣人なんですか?」
「ふふふ、秘密。あ、敬称とかいらないよ。気楽に話してよ」

俺が教えてもいいが。
パーシーは自分の獣姿に自信が無く、滅多に見せない。

勝手に教えるのも悪いかと思い、黙っていると。
クロエは俺を見て、何か納得したように頷いていた。


そういえば、クロエは俺のことを灰色熊だと言い当てていた。
細かい種族まで、ひと目で判ったのだろうか?

向こうでは灰色熊は身近に居る存在なのか。

異世界だと言われてもあまり混乱した様子のないことからも、向こうとそう変わらないようだが。


森を抜け、麦畑を通る。
夜の森近辺に村は無い。危険な獣も多く、住むのにはあまり適さない地だ。

城が見えてくると、クロエが前のめりになって景色を見た。

あの建造物は物珍しいのか。
城壁なども興味深そうに見ていた。

かなり修復が進んでいるが、まだ城壁を全て直すまでには至っていないようだ。


城門を過ぎ、馬車は城の前で止まった。

パーシーが扉の前の門番ポルティエに声を掛けると、兵士ゲリエ達の手で城の大扉が開かれる。

城へ着いたので、パーシーは先程までのようにへらへらしていない。
いつもこうならもてるだろうに、勿体ない男だ。

クロエがパーシーに見惚れているので、思わず目を覆って隠した。


クロエは笑っているようだ。
嫉妬深い男だと呆れたのだろうか。

手を離すと、俺を見上げた。
その目は厚いガラスで覆われているが、呆れているわけではなさそうな様子だ。


†‡†‡†


「行こう」
俺はクロエの手を取り、馬車を降りた。


城へ来るのは、3年ぶりくらいだろうか。
案内係のゲリエを先頭にシュヴァリエ数人を伴い、謁見室へ案内される。国賓のような扱いだ。

王の間には、立ち並ぶ近衛や護衛の他に、仕立て屋タユルも居る。
”計測”の魔法で寸法を測り、クロエの服を仕立てるのだろう。


ヴォートル・マジェステ救世主ソヴァールをお連れしました」
パーシーは王座の前で跪き、敬礼した。

ロイは王座に腰掛けたまま、鷹揚に頷いた。


銀糸の髪、氷のような薄い青の瞳。
相変わらずの美貌だ。

アンリも相変わらず渋面でロイの横に立っている。
年齢より老けて見えるのは、ロイに心労をかけられたせいだろう。

あいつは自由過ぎる。


反対側にはデュランがいて、こちらを見たので一礼した。
デュランとは、森で毒草などを採取するために、何度か会っている。


クロエに椅子が運ばれ、拾われてきたばかりの子猫のようにちょこんと腰掛けている。

俺はその後ろで待機。
つむじも愛らしい。撫でたいが、我慢だ。
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