オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

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J・J

王と懇談

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「ご苦労だった、スクレテール・デュ・シュヴァリエ。その小さい小猿ベベサーンジュっぽいのが我らが救世主殿か。……ん? そこにいるのはもしやJ・Jではないか。見違えたな! 何故お前もいるのだ。珍しく正装などして」

ロイはたった今、俺の存在に気付いたように目を瞠った。

敵意を向けない限り、誰が居ようがあまり気にしない性質なのは変わっていないようだ。
困った奴だ。

ロイに一礼して、俺はクロエに視線を戻した。


パーシーは腰を折り、ロイに報告した。
「申し訳ありません。J・Jに救世主捜索の助力を願いに行ったところ、すでに自分の家に連れ込んでおり、後でした……」

「何だと!?」
さすがのロイも驚いているのか。

「何ということを……」
「救世主殿をツガイにしたと?」

見張りの兵まで、ざわめきが広がっていく。


†‡†‡†


知らなかったとはいえ、救世主として召喚された賓客に手を出したのだ。
国賊として処分される可能性があることに気づいた。

しかし、クロエは間違いなく俺の運命のツガイなのだ。
駄目だと言われても、これだけは譲れない。


「言葉も通じるようですし、特に支障はないでしょう」
デュランの声に、皆が鎮まる。

彼の先見の能力は世界一といえよう。

そのデュランが異を唱えないなら、俺とクロエがツガイでいることに問題はないのだろう。
こちらの言葉を理解できる魔法を掛けないで済んだからでは、と思っているのが数人いるようだ。

デュランとて全能ではない。
多少苦手なものがあっても仕方ないだろうに。


「そうか。……して、救世主殿の名は?」

ロイに話しかけられ、クロエは困惑した様子で。
何故かパーシーを見上げ、訊いた。

「もしかして、平民が直接しゃべっちゃいけない相手だったりする?」

昔は身分の差が何だと理由をつけて、無意味に間に人を挟むこともあったようだが。
救世主として召喚されたなら国王に対してもへりくだる必要もないし、ロイは誰に話しかけられようが頓着しない性質の男である。

しかし、何故俺に訊かない。


「気にせずどうぞ」
すまし顔のパーシーに促され。

姿勢を正し、ロイの方へ向き直ったクロエは、はきはきと自己紹介した。
「クロエ・リヒトです。薬について少々学んだだけの学生ですが、僕にできることであればお力になりたいと思います」

緊張しているのに、きちんと挨拶が出来て立派だ。
頭を撫でてやりたいが、我慢する。


「クロエか。可愛らしい名だな。小さいのによく話すものだ。薬について学んでいるのか。利発なのだな」
ロイもクロエを気に入ってしまったようだ。

最近、可愛がっていた子猿を喪って、傷心気味と聞いている。

かわりにこの可愛いのを寄越せ、などと言い出さないか内心冷や冷やする。
絶対に渡さないが。


「クロエは姓名で、リヒトの方が名前ですよ?」
「ふむ、しかしクロエのほうが可愛いではないか。そちらで呼ぶ」


†‡†‡†


ロイは興味津々な様子でクロエを見て。
「異世界にも眼鏡リュネットはあるのだな。初めて見る形状だが。どれ、見せてくれぬか」

思わず舌打ちしたくなったが。

一応王の面前であるので堪える。
クロエの愛らしい素顔を他人になど見せたくなかった。


ロイの要望に、クロエは素直に自分の眼鏡を外し。

「はい、どうぞ」
ポーチに入っていた布で綺麗に拭った後、受け取りに来たアンリに渡した。

その子供らしからぬ気配りに、よほど厳しい家で育てられたのだろうと思った。


獣人の存在しない異世界から来て。
国王を目の前にして緊張はしているものの、毅然としたその態度も並みの胆力ではない。

今までどのような暮らしをしてきたのだろうか。
不思議な子供だ。

まだ何も知らないが。
お互いのことは追々知っていけばいい。


「おや、」
アンリは眼鏡を外したクロエを見て、目を見開いた。

「なるほど、J・Jが焦って噛んだのも理解できよう。これは将来が楽しみだ」
ロイは俺に視線を寄越し、にやにやしている。

俺のものだからな、という視線を向けると、わかっている、というように笑った。


誰かに奪われるのを恐れたのもあるが。
大人になるのを待たずに噛んだのは、クロエが俺の”運命のツガイ”だったからだ。

それと、クロエが求婚を受け入れてくれたものと思っていたのもある。

自分でも戸惑うほど、焦っていた。
あれほど強烈に何かを欲しいと思ったのは生まれて初めてだった。


「?」
クロエは首を傾げている。

自分の容姿を褒められている、という自覚は無いのだろうか。


†‡†‡†


の部分の材質は何かね、陶器ポトゥリでも金属フェールでも無いようだが。初めて見るものだ」
ロイは興味深そうに、ヴェールを支えている物質を曲げたりして確かめている。

木でもなかった。
弾力のある、不思議な材質だった。

クロエの着ている服といい、異世界の技術で作られたものなのだろう。


「フレームは強化プラスチック、レンズはガラスです。あまり曲げたら壊れますから、お手柔らかに」
壊されないか心配らしい。

「強い、何だ? プラスチック……? ほう、異世界の技術か……」

未知の材質に、ロイだけでなくアンリも興味があるようだ。
珍しく、眉間の皺が消えている。


ロイが自分で眼鏡を掛けてみたりして遊んだ後、やっと自分の名を名乗った。
すっかり忘れていたようだ。

ロイとアンリが兄弟だと聞いて、似ていないと思ったのだろう。
クロエは不思議そうな顔をしていた。

似ていないのも道理。
二人は腹違いの兄弟なのだから。


元々身体の弱かったロイの母はロイを産んだ後に身罷り、俺の母が乳母となった。

銀狼だった前王は、母に似て身体の弱かったロイの行く末を心配し。
後妻を娶り、アンリを産ませたのだ。

それからも三人の娘を産んだのだから、犬と同じく犬の獣人も多産であるとの評判が立った。


ロイは白狼の獣人だった母親に似た銀狼で、アンリは犬の獣人である母親に似た狼犬だ。
なので二人は全く似ていない兄弟になった。

ここには居ないが。
妹姫達は父親に似た銀の髪を持っているので、少しは共通点があるのだが。
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