オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

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J・J

メイベル襲来

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国の危機が収まるまでの間、城に留まるよう言われた。


国賓が使う部屋に案内される。
長期滞在になりそうな為か、無駄な装飾のない部屋だ。

クロエは興味深そうに部屋を見回している。好奇心の強い子猫のようだ。


「お城に滞在することになるなんて、びっくりだ」
「わざわざ森まで俺達を呼びに来るのも面倒だし、ここに置いたほうが何かと都合がいいのだろう」

首のジャボをゆるめる。
早くこの窮屈な服を脱ぎたいものだ。


「ジャンさんは、何で森に帰らないの?」
つれないことを。

「ツガイは常に一緒にいるのが当たり前だ。だから俺もここに泊まる」
「当たり前?」


「ツガイ同士はあまり離れると体調を崩して、最悪の場合衰弱して死んじゃうからだよ」
パーシーが答えた。

ツガイの儀式による身体変化のことは、後で二人きりになった時に説明しようと思っていたのだが。
人前で話すようなことではない内容もある。


†‡†‡†


「そりゃないよ。合意も無く勝手に噛まれてツガイにされちゃったのに!」


まさかクロエが儀式のことを知らないなどとは知らなかったのだ。
しかし、ツガイであることは間違いない。

まだ納得はいかなくとも、受け入れてもらうしかない。


「目と目が合って、求愛した。抵抗はなく、お前は目を閉じた。だから噛んだ」
「???」

「獣人の求愛は、目と目を合わせてから口づけをするんだ。相手がそのまま目を閉じたら、求婚を受け入れたことになるんだよ」

パーシーの説明が上手いのか、理解したようだ。
「いや、そんな異世界のルール知らないし! クマに喰われるかと思って怖くて目を閉じただけだよ!?」

「では、喰われたと思え。これからは新しい人生だと考えろ」


俺が向かわなければ、野犬に襲われて命を落としていただろう。
森の秩序を守るのも管理人の役目であるので、助けたのを恩に着せるつもりはないが。

デュランの召喚魔法が失敗し、俺達があの森で出会ったのも。
俺とクロエがツガイになるための、運命の導きだったに違いない。


「俺はクロエを愛している。何があっても俺が守るし、生涯大切にすると誓う。お前が望むことは何でもしてやりたいが。離れるのは駄目だ」

眼鏡の奥の瞳を見るように、クロエを見つめた。

クロエの視線は、俺の目に向けられている。
頬が赤く染まっていく。

俺の想いが通じたのだと確信した。

「わあ、J・Jがこんなに喋るの初めて見たよ」
パーシーが感心したように言った。


元々、無駄に言葉を重ねることに慣れていない。
だいたい匂いや視線でわかるのだから。

言葉など、無意味だと思っていた。

しかし、クロエは獣人ではないし、習慣も違う異世界人だという。
それでは、態度だけでなく言葉を尽くさなくてはこちらの想いは伝わらないだろう。

話すのは苦手だが。
どうにか伝わるよう、努力しようと思う。


†‡†‡†


戸を叩く音がした。
また好奇心の強いのが、嗅ぎつけて来たな。

「はいはい」
パーシーが返事をし、部屋の外で従者と話している。


「プランセス・メイベルが救世主様とお話ししたいとのことだけど。どうする?」
「どうするも何も。王女様のご所望とあらば!」

メイベルはローブの裾を摘み、華麗に礼をして部屋に入ってきた。

しばらく見ない間に、随分育ったようだ。
淑女の仕草が身についている。

俺が最後に見た時は、まだやんちゃ坊主のようだった。


使用人が椅子を持参し。
クロエとメイベルは向かい合って歓談した。

茶や茶菓子を出され、クロエは美味しいと言った。
こちらの食べ物も、普通に食べられると知る。

異世界の食べ物と変わらないのだろう。それは幸いだ。


「ほい」
パーシーが兵糧の干し肉を寄越した。

おしゃべりが長くなるとの判断を下したのだ。

若い者同士、気が合うようだ。
干し肉を齧りながら、何とはなしに会話を聞いていた。


クロエは、ここでは現在”女”という性が存在しないことを知らなかったようだ。
獣には居るのだが。

魔法が無ければ、我らはとうに滅んでいただろう。

この世に神が存在するのなら。
このような種は滅びてもいいと考えたのだろうか。

戦争の影響もあるが、かつて”女”が居た頃に比べ、人口は激減した。
この度訪れる危機というのも、増えてきた人口を淘汰する目的なのかと考えるのは穿ち過ぎか。


†‡†‡†


メイベルは話の途中で、クロエに獣の耳を出して見せ。
パーシーにはしたない、と注意されていた。一部とはいえ、獣姿を得意げに見せるとは、やはりまだまだ子供だ。

危機や戦いの時など、獣姿である必要がない時には見せるものではない。
特に王族が獣姿を見せるのは恥とも言われる。

俺は普段から獣姿で森を歩いているが。そのほうが都合がいいからである。


クロエと長々と話していたメイベルは、そろそろ就寝時間だと従者に促され、名残惜しそうに帰っていった。
パーシーも、また明日、と去った。

腹は減ってなさそうなので、寝る前に風呂に入るかと訊いた。

クロエは部屋に風呂があることを驚いていた。
国賓の部屋だ。風呂くらいあるのは当たり前だが。

王族は代々風呂好きで、地下にも大きな湯殿があるほどだ。
城全体に湯が行き渡るほどの大量の湯を沸かす機械を考えたのも王族の一人だったと聞く。

機械技師が休むので、夜遅くと朝早くは湯が出ないことを伝えた。


「ジャンさんは?」
「ここに来る前にパーシーに湯浴みをさせられたので、遠慮させてもらう」

洗い過ぎて毛の油が取れると、雨が降った際、水を弾かなくなるのだ。


「じゃあ、お風呂入ってきます」
クロエはうきうきした様子で浴室へ行った。

風呂好きなのか。覚えておこう。
新居を作る際には風呂場をつけねばならない。


†‡†‡†


クロエはしばらくして、ペニョワールを羽織って出てきた。

湯に浸かっていたようだ。
ほかほかと温まり、上気した桃色の肌を見て、思わず唾を飲み込む。

まだ子供だというのに。
何故こうも欲情をそそられるのか。


クロエは寝台に行き、マトゥラやクヴェルテュルに体重を掛け、その弾力を確かめている。
寝床を確かめる姿が子猫のようで愛らしい。

「よく眠れそう……」

「クロエはやわらかい寝床が好きなのか?」
こくりと頷いた。

俺はあまり柔らかいのは好みではないが。クロエが柔らかい寝具が好きなら揃えよう。
ツガイには、快適に過ごして欲しい。

「では、家の寝床もそのようにしよう。他にも希望があれば遠慮なく言え」
そう告げると、クロエは嬉しそうな様子だった。
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