オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

文字の大きさ
61 / 74
J・J

ツガイと風呂に入る

しおりを挟む
「戦争が終わったのはいいが。我が国はまだ復興途中だ。優秀な医者もあまり育たない。打つ手がなく、見殺しにする形になった両村の者達にも申し訳ないと思っている」

レシフ・ヴィラージュで医療魔法の効かない高熱の続く病が発生するも、原因は不明。
ほとんどの村人が死亡し。

村ごと焼却すればこの件は解決するものと思っていたが。

隣のボール・ヴィラージュにまでも同じ病気が発生し、他国に助けを求めるべきか、ボール・ヴィラージュも焼却するまで待つべきか悩んでいたのだと言う。


未知の病気である。対策など不可能だっただろう。
異世界から来たクロエだからこそ、原因を突き止めて対処できたのだ。

施政者だけでなく、国民にも最低限の知識が必要だ。
無知による失敗は、時に国をも脅かす。

だからこそロイは国同士で知識を共有しあうことを提案したのだ。

ロイは馬鹿正直に、どのような知識でも惜しみなく報せるが。
それを他国にも徹底させるのは難しいか。


†‡†‡†


「情けないが、医療が遅れている我が国に、その知識をいかばかりか授けていただけないだろうか」
ジェローム王は再びクロエに握手を求めた。

「喜んでご協力させていただきます」
クロエは両手で手を握り返した。


握手が長い。
さり気なくクロエの肩を後ろへ引く。

「それはありがたい。まだ若いが、見どころのありそうな医者を貴方の診療所に助手として送るので、教育してやって欲しい」

「はい。僕で良ければ」


クロエは、俺の方を振り向いた。

「ところで、何でジャンは”トゥールビヨン”って言われたの?」
「……つまらんあだ名だ」

「その爪の一振りでまるで風に飛ばされたように兵が吹っ飛ぶので”トゥールビヨン・J・J”と呼ばれてたのだよ」

聞かせたくなかったあだ名の由来をジェローム王がクロエに教えた。
余計な真似を。


この手は、まだ覚えている。
ヒトを、同胞の肉を引き裂いた感触を。

そんな凶暴な自分を、知られたくなかった。

だがクロエは、そうなんだ、相当強かったんだろうな。と頷くだけで。
血腥い想像はしていないようだった。


「今はクロエのツガイで、森林管理人兼、医療助手だ。他の何者でもない」

レザンの出来が良くなかったのか、ぼやけた味のヴァン・ルジュを呷る。
これではいくら飲もうが酔いもしない。

しかし、ここに並んでいる料理も、精一杯のもてなしなのだろう。


我が国は活気を取り戻し、戦争のことなど忘れたかのようだが。
この国には、戦争の痕跡が未だ色濃く残っている。


†‡†‡†


今日はペイ・プリマットの王城に泊まることになった。


「まずはこちらで、どうぞ一日の疲れを落として下さい」
案内役の兵に浴室サル・ドゥ・バンへ案内された。

風呂に入ったら、余計疲れるのではないか? 奇妙な事を言う。
それともヒトは風呂で回復するのか?

城の近くに温泉スルス・テルマルの源があり、湯を引いているようだ。浴槽ベニュワルは不必要なほど広い。

そういえば、クロエも長く湯に浸かるのを好んでいた。
成程、ヒトというのは皆、風呂が好きな生物なのだ。覚えておこう。


「わあ、温泉だ」
風呂を眺め、クロエは嬉しそうな声を上げた。

しかし、鼻を突くような刺激臭がする。クロエにはわからないのだろうか。
これは硫黄スフルだな。毒になるほどの濃度ではないが。

「変なにおいがするな」

「これ? 硫黄の匂いだよ。温泉の成分」
クロエも知っていたのか。

「そっちにも、これはあるのか?」

「あるよ。色々な種類の温泉。白かったり青かったり。入浴剤でしか知らないけどね」
そう言うと。

クロエはざっと身体を流し、湯に浸かった。

ふああ、と声を上げた。
そんな、幸せそうな表情をする程なのか。


どれ、においは気になるが。
試してみるか。

俺も同様に身体を流し、クロエの隣に行く。


ふむ。
……これはなかなか、心地好いかもしれない。


†‡†‡†


「ジャン、は?」
クロエの指が、肩や背に触れる。その場所は。

「ああ、これか? 古傷だ。体温が上がると出てくるようだな」


体温が上がると、白い筋のように浮かび上がるようだ。
銀の武器で負った傷を、腐る前に周辺の肉ごと抉り取った。

魔法で治したものの、完全には修復しなかったのだ。

「痛かった?」
心配そうな声で問われる。

「いや、当時は、痛みとか感情はあまり無かったからな。よく覚えていない」


今思えば、血に酔い、力に溺れ。
ありとあらゆる感覚が麻痺していたのだ。

感情も、感覚も鈍かった。
あの頃の俺は、デュランの操る殺戮プーペ・人形ダバタージュのようなものだった。


クロエは何と言っていいのかわからないというような、迷子のような顔をして俺を見ていた。
その顔を見ていると、胸が痛む。


俺のことで、心を痛めないで欲しい。
戦争で遭ったことなど、俺にとってはもう、昔話に過ぎない。

そんなことで可愛いクロエの表情を曇らせたくはない。
笑っていて欲しい。


「そんな顔をするな。今、俺はとても幸せだ。クロエとツガイになれた。これ以上の幸福はない」
顔を引き寄せ、可愛らしい唇に口づける。

愛するツガイ。


お前と出逢い、俺は愛を知り。
自分がヒトでもあったことを思い出せたのだから。


†‡†‡†


「戻ったら、デュランに危機は去ったか聞いてみないとね」
クロエは顔をほんのりと赤く染め、俺の胸を押した。

「もう大丈夫だと思うが。慎重だな」


デュランに確認すれば、伝染病の脅威が無くなったことがわかる。
つまり。

「もしかして、今夜最後までと案じたか? さすがにここではしないぞ」

「!?」
耳まで真っ赤になった。

その視線が、俺の腕や胸板に向けられている。
約束を思い出し、意識したのだろう。


「真っ赤になって。クロエは可愛いな」
再びその愛らしい唇に己のそれを重ねる。

「触れてもいいか?」
もう、腕に抱き寄せた後だが。


クロエは抗わなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界のオークションで落札された俺は男娼となる

mamaマリナ
BL
 親の借金により俺は、ヤクザから異世界へ売られた。異世界ブルーム王国のオークションにかけられ、男娼婦館の獣人クレイに買われた。  異世界ブルーム王国では、人間は、人気で貴重らしい。そして、特に日本人は人気があり、俺は、日本円にして500億で買われたみたいだった。  俺の異世界での男娼としてのお話。    ※Rは18です

転生した新人獣医師オメガは獣人国王に愛される

こたま
BL
北の大地で牧場主の次男として産まれた陽翔。生き物がいる日常が当たり前の環境で育ち動物好きだ。兄が牧場を継ぐため自分は獣医師になろう。学業が実り獣医になったばかりのある日、厩舎に突然光が差し嵐が訪れた。気付くとそこは獣人王国。普段美形人型で獣型に変身出来るライオン獣人王アルファ×異世界転移してオメガになった美人日本人獣医師のハッピーエンドオメガバースです。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

【完結】俺の身体の半分は糖分で出来ている!? スイーツ男子の異世界紀行

海野ことり
BL
異世界に転移しちゃってこっちの世界は甘いものなんて全然ないしもう絶望的だ……と嘆いていた甘党男子大学生の柚木一哉(ゆのきいちや)は、自分の身体から甘い匂いがすることに気付いた。 (あれ? これは俺が大好きなみよしの豆大福の匂いでは!?) なんと一哉は気分次第で食べたことのあるスイーツの味がする身体になっていた。 甘いものなんてろくにない世界で狙われる一哉と、甘いものが嫌いなのに一哉の護衛をする黒豹獣人のロク。 二人は一哉が狙われる理由を無くす為に甘味を探す旅に出るが……。 《人物紹介》 柚木一哉(愛称チヤ、大学生19才)甘党だけど肉も好き。一人暮らしをしていたので簡単な料理は出来る。自分で作れるお菓子はクレープだけ。 女性に「ツルツルなのはちょっと引くわね。男はやっぱりモサモサしてないと」と言われてこちらの女性が苦手になった。 ベルモント・ロクサーン侯爵(通称ロク)黒豹の獣人。甘いものが嫌い。なので一哉の護衛に抜擢される。真っ黒い毛並みに見事なプルシアン・ブルーの瞳。 顔は黒豹そのものだが身体は二足歩行で、全身が天鵞絨のような毛に覆われている。爪と牙が鋭い。 ※)こちらはムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ※)Rが含まれる話はタイトルに記載されています。

魔王に転生したら、イケメンたちから溺愛されてます

トモモト ヨシユキ
BL
気がつくと、なぜか、魔王になっていた俺。 魔王の手下たちと、俺の本体に入っている魔王を取り戻すべく旅立つが・・ なんで、俺の体に入った魔王様が、俺の幼馴染みの勇者とできちゃってるの⁉️ エブリスタにも、掲載しています。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

女神様の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界で愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!

モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。 その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。 魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。 その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?! ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。

処理中です...