オタク眼鏡が救世主として異世界に召喚され、ケダモノな森の番人に拾われてツガイにされる話。

篠崎笙

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J・J

結婚式当日

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「帰れないけど。こうして連絡は入れられるから、何かあったらまたかけるよ。……はいはい。じゃあまたね」
クロエは笑顔で通信を終えた。


「……どうしたの?」

俺が罪悪感から複雑な表情をしていることに気づいたのだろう。
クロエは首を傾げて俺の元に来た。

「俺は、とても罪深いことをしたのだと今更になって気付いた」

クロエが自分の母親と、あのように仲良く話す様子を見て。
俺の身勝手のせいで仲の良い親子を永遠に引き離すことになった。

その罪深さに、今更ながら気付いたのだ。

俺自身は親と不仲だった。成人してすぐに実家を出て行ったくらいだ。
郷愁を抱くことなど、考えもしなかった。


クロエの都合を考えず、自分の欲望ばかりを優先していたのだ。

何不自由ない暮らしをさせれば大丈夫などと思い上がって。
ここよりもずっと恵まれた世界に住んでいたのに。


†‡†‡†


クロエは俺の膝に乗り、甘えるように寄りかかってきた。

「最初は、勝手に何てことするんだって怒ってたけど。今はそうでもないよ」
笑みを浮かべ、俺を見上げてきた。

勝手にツガイにし、二度と元の世界に戻れなくなったというのに。
クロエは俺を許してくれた。


「何だかんだいって、明後日の結婚式も楽しみにしてるし。医者として頼られるのも悪くないし。まだ散策したい場所もあるし。こっちでの催し物とかどんなかなってわくわくしてる」
身に振り掛かった不幸を嘆くのではなく、楽しんでしまえる。そこもクロエの魅力だ。

「前向きだな?」
滑らかな頬を撫でると、俺の手に頬ずりしてきた。

胸一杯に愛おしさがこみあげてくる。


「ジャンのこと、好きだよ」
初めて、クロエの口から俺への気持ちを聞けた。

偽りではない。
心からそう思っていることが伝わってきた。

「クロエ……、」

「前も言ったと思うけど。クロエは名字で名前はリヒトだから。名前で呼んで欲しいかなって」
少し拗ねたように言われた。

俺も、皆が呼ぶようなあだ名ではなく、ジャンと呼ばれてくすぐったくも幸せな気分だった。
クロエ……いや、リヒトも。そうであればいいと思う。


「リヒト」
耳元で名を呼ぶと。

くすぐったそうに身体を震わせた。

この世界では、俺だけがリヒトをリヒトと呼んでいい。
それはツガイである俺だけの特権だと思っていいだろうか。


リヒトの身体を持ち上げ、同じ高さに視線を合わせる。

「リヒト、愛している。一生、大切にすると誓う」
どうしても、言いたくてたまらなかった。

「結婚式は明後日だよ?」
「この気持ちは死ぬまで変わらない。何度でも誓うし、愛していると言いたい」

口づけをしようと顔を寄せたら。
口づけをする時に髭が当たると痛い、と言われてしまった。


リヒトを寝台まで運び。
伸びてきた髭を剃るために洗面所へ急いだ。


†‡†‡†


待ちに待ったディマンシュ。結婚式の日が来た。

新調した礼服を身に着け、髭も剃り、髪を整える。
リヒトは英雄装束だ。

これを身に着けることが出来るのは大変栄誉なことなのだが。
自分には派手過ぎて恥ずかしい、と言っていた。似合っていて可愛らしいというのに。


立会人の座は、デュランが立候補し、くじ引きで勝ち取った。
パーシーとアンリは悔しがっていた。

ロイもやりたがっていたそうだが。
王が立会人になってどうする。

顔見知りのゲリエらも祝いに来た。インターンの二人も列席している。

以前までは、城に居る王に向かい結婚を誓っていたが。
ロイの代になって王自ら結婚を認める役をすることになった。

一生に一回でも国民と顔を合わせ、話をする機会を与えたかったそうだ。


ロイは国民全ての顔と名、職業を記憶しているのだ。
国民の命を預かる立場であるから覚えているのは当然だと言うが。

伝染病を食い止め。
誰一人失わずに済み、本当に良かったと思う。


「ジャン=ジャック・フォスター、クロエ・リヒト。前へ」
名を呼ばれ、二人でロイの前に進む。

「本当にJ・Jこやつが相手でいいのかね?」

ロイは誓いの言葉の前に、リヒトに真顔で訊いた。

結婚式に王が水を差すとは。
前代未聞である。


†‡†‡†


「そんな顔をするな、J・J。ツガイとなった経緯が経緯だけに合意の上の結婚か気になっていただけだ」
苦笑しながら俺に言い、リヒトの方を見た。

「救世主、クロエよ。そなたにとって異世界人であるこやつと添い遂げ、この世界に留まるとのこと、私も嬉く思う。そなたの功績は、治療法と共に各国で代々語り継がれることとなろう。これからも我が国の医者として、魔法使いとして。益々の活躍を願う」
「はい、頑張ります」


「では、誓いの言葉を」
やっと先に進めた。

合意でなければ、結婚式など挙げる訳がないだろう。全く。

「私、ジャン=ジャック・フォスターはクロエ・リヒトを生涯の伴侶とし、この命尽きるまで、ツガイを愛し敬い助け、守る。この場に居る、全ての者に誓う」
宣言に、皆が頷いていた。

パーシーは、涙を滲ませながら手を叩いていた。


ロイの目の前で、結婚証明書に記名する。
これがあちらの文字か。黒江理人、と書くのか。なるほど。

同じようにリヒトの手元を覗き込んでいたロイと目が合った。にやにやするな。


そして誓いの品、首飾りパンダンティフの交換である。
俺のは大きかったため、完成が結婚式間際になった。

鎖を編む作業くらいは手伝おうかと申し出たが。
伴侶に贈る一生に一度だけの記念品だから、自分の手で全部作りたいのだと言ってくれた。


俺はとても幸せな夫だ。この世の中で一番。


†‡†‡†


リヒトが掛けやすいように屈み、首飾りを掛けてもらい。
俺もリヒトに首飾りを掛ける。

山へ行き、掘り出してきたグルナの中でも最高の物を選んだ。

グルナは厄除けのお守りにもされる希少なビジューだ。
血のように赤いグルナは、リヒトの肌に映えるだろう。

それにもう一つ、石同士が触れ合うと美しい音が鳴るという特徴がある。


「想像以上だ。良く似合っている」
誓いの首飾りを着けた、この世で一番愛らしい伴侶の頬に口づけた。
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