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11話
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(いつの間にか寝ていたんだ……)
一生分の涙を流した。
泣いて、泣いて、想いの限り泣いて、そして一つの結論に至って。
(クリストファーに会わないと。
決心が鈍る前に)
会って、婚約解消を言って、そうして。
目にまた涙が溢れる。
一生分の涙を流したのにまだ出るなんて。
泣き腫らした顔をお母様には見せれない。
そして、クリストファーにも。
(でも、クリストファーに会って、婚約解消をして、クリストファーを解放しないと)
愛する女性にきちんと向き合って、本来のクリストファーに戻って……。
一瞬、思い浮かんだ言葉に違和感を感じる。
本来のクリストファーって一体。
過去を振り返る。
6歳の頃、婚約者として初めて紹介された。
それから12年の歳月が経ち……。
庭園での散歩、互いの部屋でのティータイム。
シャンペトル家の丘の上でおやつを持って一緒に食べて……。
「これ、美味しいから食べてみて」
「……」
クリストファーにどうしても自分の好きなお菓子を食べて欲しかった。
そんな時、クリストファーは少し、手を出すのを躊躇って……。
色々な思い出の場面が目に浮かぶ。
子供から大人になる段階、自分の体が丸みを帯びて柔らかい曲線を描く様になって。
子供が産める身体になった、と母親に告げられた時の衝撃と、そして不安と恥じらい。
その時初めて、クリストファーとの婚約を事実だと意識し始めて……。
そして改めてクリストファーを見てしまった。
クリストファーも大人になっているんだと。
少年から青年へ。
少女の様に美しく整った美貌は成長に連れて男性の精悍さが混ざり、そして、私とは違う身体の作りに、背の高さも身体の節々が硬さを感じ……。
何かを強く意識した。
その何かに怖くなって、クリストファーに会うのが怖くて。
無性に泣きたくなってベッドに蹲り泣いていた。
その無自覚の恐れが何だったのか、今になって解る。
私はクリストファーが一人の男性である事に恐れを抱いたんだ……。
性を意識する。
自分達は既に、子供では、無い……。
一人の男性として、女性として向き合う存在だと。
(その時から、クリストファーは私にとって、既に特別だった……)
恋を意識する存在。
愛を語り合う存在。
一つに結ばれる、存在……。
愛が無い婚約で結ばれても、いつかは互いを想い愛し合う。
そんな存在になり得る事を私は心の奥底で望んでいた……。
(クリストファー……)
貴方を愛しています。
貴方の何を知っているか、私は正直分からない、でも……。
でも何故だろう。
貴方はとても優しい男性だと思ってしまうのは。
深い愛情を秘めた優しい人だと。
何時も、無口で無表情で。
何を言っても返事は返ってこない。
何があっても語る事なく。
ううん、違う。
無表情、無口であっても、ほんの少し目の揺らぎが醸し出す空気が、そして、ふっと、柔らかく目を細める表情が、不機嫌になるとつんとそっぽを向く。
クリストファーの感情の機微がはっきりと分かる。
そして私が落ち込んだ時、悲しい時にクリストファーは自然と寄り添っていて。
ただずっと側に居てくれる。
何かを語る事なくずっと側に居て……。
クリストファーの事を何を考えているのか、分からないと思っていた。
でも、違う。
本当は私は……。
無意識に彼の事を知ろうとして、そして知っていたんだ……。
「クリストファー……」
私の、愛おしい人。
貴方の微笑みを私は見る事は無い。
貴方と語り合うも無い。
貴方に愛される事も、無い……。
だけど私は貴方を愛している。
愛している、だから……。
「貴方との婚約を破棄します……」
心に貴方の愛を秘めて。
***
「一昨日は御免なさい、急に丘でのランチを誘って」
昨日、シャンペトル家に使いを出した。
クリストファーにピアッチェ家に来て欲しいと手紙を渡して。
一瞬、皆の反応が明らかに戸惑っていて。
(もしかして一昨日の私を心配しての反応なの?)
起き上がった後、泣き腫らした自分を鏡で見て苦笑し、直ぐにバスタブに浸かって心と身体を癒やして。
念入りに髪の毛にトリートメントをして洗い流し身体にはお気に入りの香油を塗って。
今朝早くエマにお願いして綺麗に髪を結って薄化粧をして貰って。
クリストファーに会うから綺麗にしてと躊躇いがちに伝えると瞬く間に笑顔になって、私を装ってくれて。
昨日、ずっと部屋に閉じ籠っていた私を皆が心配していたんだ、と気付いて申し訳無くて。
そして改めて気付かされた。
私は皆にとても大切にされている。
クリストファーとの婚姻を解消しても、恋の痛手に心を閉ざす事は、無い。
最初はずっと落ち込んでいても、いつかは……。
クリストファーとの思い出が、恋が愛が思い出に変わる事になるだろう……。
ううん、今はまだ。
今はまだクリストファーがクリスティアーナ様と結ばれる姿を直視する事なんて、出来ない。
父親同士が親友であるが為二人の結婚式に仮に招待されても、今の私には貴方達の婚姻を心から祝福する事は……。
でも、いつかはクリストファー、貴方に心からの祝福の言葉を述べたい。
貴方の幸せを誰よりも望んでいるから。
貴方に誰よりも幸せになって欲しい、から……。
「初めて貴方を婚約者と紹介されて、この庭園での散策して」
「……」
「初めて貴方に会った時、なんて綺麗な男の子なんだと心の中で嘆息を漏らしていたわ。
そしてすぐに身体が硬直してしまったの。
だって貴方って、おば様によく似た美貌だったもの」
「……」
「女性よりも麗しいクリストファー。
ふふふ、子供の頃から貴方にずっとコンプレックスを抱いていた。
こんな綺麗な貴方に相応しい美貌では無い、私。
大人になるに連れてその思いは深くなるばかり。それだけでは無いわ。
貴方に憧れる令嬢達のやっかみに、貴方のその無表情、無口にはずっとイライラして」
「……」
「心の中は貴方に対して不満を常に抱いていたわ。
何故、父親同士の勝手な言い分で私達の婚約が成立したのか。
私の気持ちなんて考えた事がある?
貴方にはずっと向き合ってきたけど、何も語ってくれない、何を考えているのか分からない。
もうね、うんざりなの!
いつも私だけが一方的に会話して、少しは寄り添う事が出来るかと思って、でも。
私は一生、貴方といても自分の容姿にずっと卑下していって心を醜くさせて。
そんな自分にも嫌気がさしているの、これ以上、貴方と一緒にいる事が耐えられない!
だから、クリストファー。
私、貴方と婚約を解消したいの。
お父様には私からお伝えするから、だから……」
「……」
「私は貴方との婚約破棄を望みます、クリストファー」
(ああ、どくどくと心が騒いでる。
お願い、クリストファー!
私との婚約解消をすんなり承諾して、お願い……)
私に偽りの言葉をこれ以上、吐かさないで!
だから、クリストファー……。
私との婚約破棄を受け入れて!
一瞬、全ての時が静止した様に感じる。
じっと私を見つめていたクリストファーの表情が。
そう、口元が一瞬、何かを語って……。
(な、何を言っているの?
クリストファー、貴方は一体、何を……)
言葉をよく聞き取れない。
クリストファーの今までに無い表情に私は言葉を失って、そして。
私はクリストファーに強く抱き締められていた。
一生分の涙を流した。
泣いて、泣いて、想いの限り泣いて、そして一つの結論に至って。
(クリストファーに会わないと。
決心が鈍る前に)
会って、婚約解消を言って、そうして。
目にまた涙が溢れる。
一生分の涙を流したのにまだ出るなんて。
泣き腫らした顔をお母様には見せれない。
そして、クリストファーにも。
(でも、クリストファーに会って、婚約解消をして、クリストファーを解放しないと)
愛する女性にきちんと向き合って、本来のクリストファーに戻って……。
一瞬、思い浮かんだ言葉に違和感を感じる。
本来のクリストファーって一体。
過去を振り返る。
6歳の頃、婚約者として初めて紹介された。
それから12年の歳月が経ち……。
庭園での散歩、互いの部屋でのティータイム。
シャンペトル家の丘の上でおやつを持って一緒に食べて……。
「これ、美味しいから食べてみて」
「……」
クリストファーにどうしても自分の好きなお菓子を食べて欲しかった。
そんな時、クリストファーは少し、手を出すのを躊躇って……。
色々な思い出の場面が目に浮かぶ。
子供から大人になる段階、自分の体が丸みを帯びて柔らかい曲線を描く様になって。
子供が産める身体になった、と母親に告げられた時の衝撃と、そして不安と恥じらい。
その時初めて、クリストファーとの婚約を事実だと意識し始めて……。
そして改めてクリストファーを見てしまった。
クリストファーも大人になっているんだと。
少年から青年へ。
少女の様に美しく整った美貌は成長に連れて男性の精悍さが混ざり、そして、私とは違う身体の作りに、背の高さも身体の節々が硬さを感じ……。
何かを強く意識した。
その何かに怖くなって、クリストファーに会うのが怖くて。
無性に泣きたくなってベッドに蹲り泣いていた。
その無自覚の恐れが何だったのか、今になって解る。
私はクリストファーが一人の男性である事に恐れを抱いたんだ……。
性を意識する。
自分達は既に、子供では、無い……。
一人の男性として、女性として向き合う存在だと。
(その時から、クリストファーは私にとって、既に特別だった……)
恋を意識する存在。
愛を語り合う存在。
一つに結ばれる、存在……。
愛が無い婚約で結ばれても、いつかは互いを想い愛し合う。
そんな存在になり得る事を私は心の奥底で望んでいた……。
(クリストファー……)
貴方を愛しています。
貴方の何を知っているか、私は正直分からない、でも……。
でも何故だろう。
貴方はとても優しい男性だと思ってしまうのは。
深い愛情を秘めた優しい人だと。
何時も、無口で無表情で。
何を言っても返事は返ってこない。
何があっても語る事なく。
ううん、違う。
無表情、無口であっても、ほんの少し目の揺らぎが醸し出す空気が、そして、ふっと、柔らかく目を細める表情が、不機嫌になるとつんとそっぽを向く。
クリストファーの感情の機微がはっきりと分かる。
そして私が落ち込んだ時、悲しい時にクリストファーは自然と寄り添っていて。
ただずっと側に居てくれる。
何かを語る事なくずっと側に居て……。
クリストファーの事を何を考えているのか、分からないと思っていた。
でも、違う。
本当は私は……。
無意識に彼の事を知ろうとして、そして知っていたんだ……。
「クリストファー……」
私の、愛おしい人。
貴方の微笑みを私は見る事は無い。
貴方と語り合うも無い。
貴方に愛される事も、無い……。
だけど私は貴方を愛している。
愛している、だから……。
「貴方との婚約を破棄します……」
心に貴方の愛を秘めて。
***
「一昨日は御免なさい、急に丘でのランチを誘って」
昨日、シャンペトル家に使いを出した。
クリストファーにピアッチェ家に来て欲しいと手紙を渡して。
一瞬、皆の反応が明らかに戸惑っていて。
(もしかして一昨日の私を心配しての反応なの?)
起き上がった後、泣き腫らした自分を鏡で見て苦笑し、直ぐにバスタブに浸かって心と身体を癒やして。
念入りに髪の毛にトリートメントをして洗い流し身体にはお気に入りの香油を塗って。
今朝早くエマにお願いして綺麗に髪を結って薄化粧をして貰って。
クリストファーに会うから綺麗にしてと躊躇いがちに伝えると瞬く間に笑顔になって、私を装ってくれて。
昨日、ずっと部屋に閉じ籠っていた私を皆が心配していたんだ、と気付いて申し訳無くて。
そして改めて気付かされた。
私は皆にとても大切にされている。
クリストファーとの婚姻を解消しても、恋の痛手に心を閉ざす事は、無い。
最初はずっと落ち込んでいても、いつかは……。
クリストファーとの思い出が、恋が愛が思い出に変わる事になるだろう……。
ううん、今はまだ。
今はまだクリストファーがクリスティアーナ様と結ばれる姿を直視する事なんて、出来ない。
父親同士が親友であるが為二人の結婚式に仮に招待されても、今の私には貴方達の婚姻を心から祝福する事は……。
でも、いつかはクリストファー、貴方に心からの祝福の言葉を述べたい。
貴方の幸せを誰よりも望んでいるから。
貴方に誰よりも幸せになって欲しい、から……。
「初めて貴方を婚約者と紹介されて、この庭園での散策して」
「……」
「初めて貴方に会った時、なんて綺麗な男の子なんだと心の中で嘆息を漏らしていたわ。
そしてすぐに身体が硬直してしまったの。
だって貴方って、おば様によく似た美貌だったもの」
「……」
「女性よりも麗しいクリストファー。
ふふふ、子供の頃から貴方にずっとコンプレックスを抱いていた。
こんな綺麗な貴方に相応しい美貌では無い、私。
大人になるに連れてその思いは深くなるばかり。それだけでは無いわ。
貴方に憧れる令嬢達のやっかみに、貴方のその無表情、無口にはずっとイライラして」
「……」
「心の中は貴方に対して不満を常に抱いていたわ。
何故、父親同士の勝手な言い分で私達の婚約が成立したのか。
私の気持ちなんて考えた事がある?
貴方にはずっと向き合ってきたけど、何も語ってくれない、何を考えているのか分からない。
もうね、うんざりなの!
いつも私だけが一方的に会話して、少しは寄り添う事が出来るかと思って、でも。
私は一生、貴方といても自分の容姿にずっと卑下していって心を醜くさせて。
そんな自分にも嫌気がさしているの、これ以上、貴方と一緒にいる事が耐えられない!
だから、クリストファー。
私、貴方と婚約を解消したいの。
お父様には私からお伝えするから、だから……」
「……」
「私は貴方との婚約破棄を望みます、クリストファー」
(ああ、どくどくと心が騒いでる。
お願い、クリストファー!
私との婚約解消をすんなり承諾して、お願い……)
私に偽りの言葉をこれ以上、吐かさないで!
だから、クリストファー……。
私との婚約破棄を受け入れて!
一瞬、全ての時が静止した様に感じる。
じっと私を見つめていたクリストファーの表情が。
そう、口元が一瞬、何かを語って……。
(な、何を言っているの?
クリストファー、貴方は一体、何を……)
言葉をよく聞き取れない。
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