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第四話 倍々の約束
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第四話 倍々の約束
王都の空は、今日も晴れていた。
雲ひとつない青空の下、取引所前の広場には人だかりができている。掲示板に映し出された数字が跳ねるたび、歓声が上がる。
「見たか! 昨日の終値からさらに上だ!」 「第二鉱区の発掘開始が近いらしいぞ!」
エルドラド株は、もはや王都の心臓だった。
数字が上がれば歓喜し、下がれば不安になる。だがここ最近、下がるという現象は存在していなかった。
“倍々の約束”。
それが、エルドラド社の新たな合言葉だった。
投資額は半年で倍になる。いや、三か月でも可能だと囁く者もいる。確証はない。だが誰も疑わない。
疑う者は、儲けそこなう愚か者とされるからだ。
宮殿の会議室では、貴族たちが集まっていた。
「陛下、我々は王国の未来を担っております」
声を張り上げたのは子爵モンテス。
「我々の投資が国家の信用を高め、外国商会も続々と資金を投入しております。どうか、より一層の後押しを」
「後押し、とは?」
リリアーナは穏やかに問い返す。
「税制のさらなる優遇と、信用枠の拡張でございます。いまこそ攻める時!」
攻める。
その言葉に、周囲の貴族たちが頷く。
「王国が躊躇すれば、市場は不安になりますぞ」 「陛下の決断が、我々を勝利へ導くのです」
勝利。
誰と戦っているのか、誰も明確には言わない。
ただ、金を増やすことが正義であるかのように語られる。
リリアーナは視線を巡らせた。
豪奢な衣装。宝石の輝き。自信に満ちた顔。
そのどれもが、いまの王都を象徴している。
「皆様は、エルドラド社を全面的に信頼していらっしゃるのですね」
「当然です!」
即答。
「では、仮に株価が下がった場合の備えは?」
数人が顔を見合わせる。
「下がる理由がございません」
ロデリックが口を挟む。
「市場は合理的です。南大陸の金鉱は実在し、採掘も進んでおります。供給が始まれば、さらに価格は上昇する」
「合理的……」
女王は小さく繰り返す。
「では、信用枠の拡張を認めましょう」
ざわめきが走る。
「ただし、担保の明示を義務づけます。領地、鉱山、邸宅、すべて」
「もちろんでございます!」
子爵モンテスは満面の笑みだ。
「我々は覚悟を持っております。未来に賭ける覚悟を!」
「そう。未来に」
リリアーナは頷いた。
「それならば、きっと責任も未来に残ることはありませんわね」
その言葉の意味を、誰も深く考えない。
会議は歓声のうちに終わった。
廊下に出た瞬間、シルヴィアが小声で問う。
「陛下、本当に拡張を?」
「ええ」
「さらに借金が膨らみます」
「膨らむのは、泡ですわ」
女王は歩きながら続ける。
「倍々の約束。なんて甘い響きでしょう」
「信じてしまう人も多いでしょう」
「ええ。信じたいのですもの」
リリアーナは立ち止まり、窓から王都を見下ろす。
「努力より、労働より、運よりも簡単に増えると聞けば、誰でも夢を見る」
「それが危険だと、わかっていても?」
「わかっていても、です」
同じころ、伯爵レノックスの邸宅では盛大な晩餐が開かれていた。
「追加で領地を担保に入れたのだ!」
レノックスは誇らしげに宣言する。
「今度は西側の森だ。木材も資源もいくらでもある」
「大胆ですな」 「いやいや、これが天才の判断というものです」
笑いが広がる。
「王室も後押しした。これで勝ちは確定だ!」
その夜、下町の片隅では別の会話が交わされていた。
「信用枠が広がったらしい」 「ますます税が上がるのか?」
「さあな……だが、俺たちには関係ない話だ」
本当に関係ないのだろうか。
翌朝、取引所。
株価はまた跳ね上がる。
信用枠の拡張が材料視され、“王室も支持”という噂が広がったからだ。
「陛下も認めた!」 「もう止まらんぞ!」
ロデリックはその光景を遠くから見つめ、静かに呟く。
「完璧だ」
資金は流れ込み、借金は積み上がる。
市場は熱を帯び、誰もが勝者の顔をしている。
宮殿の執務室では、リリアーナが帳簿を閉じた。
「現物資源の確保状況は?」
「順調です。北部穀倉の収穫分、三年分を前払いで契約。港湾の使用権も延長しました」
「よろしい」
「陛下、もし本当に崩れたら……」
「崩れますわ」
静かな断言。
「倍々の約束は、いつか計算が合わなくなります」
「そのとき、彼らは」
「きっと驚くでしょうね」
女王は窓の外を見つめる。
王都は輝いている。
だがその光は、強すぎる。
「光は、強すぎれば影も濃くなります」
シルヴィアは何も言えなかった。
鐘が鳴る。
株価はさらに更新された。
倍々の約束は、人々の理性を溶かしていく。
そして泡は、いよいよ自らの重みに耐えきれなくなりつつあった。
王都の空は、今日も晴れていた。
雲ひとつない青空の下、取引所前の広場には人だかりができている。掲示板に映し出された数字が跳ねるたび、歓声が上がる。
「見たか! 昨日の終値からさらに上だ!」 「第二鉱区の発掘開始が近いらしいぞ!」
エルドラド株は、もはや王都の心臓だった。
数字が上がれば歓喜し、下がれば不安になる。だがここ最近、下がるという現象は存在していなかった。
“倍々の約束”。
それが、エルドラド社の新たな合言葉だった。
投資額は半年で倍になる。いや、三か月でも可能だと囁く者もいる。確証はない。だが誰も疑わない。
疑う者は、儲けそこなう愚か者とされるからだ。
宮殿の会議室では、貴族たちが集まっていた。
「陛下、我々は王国の未来を担っております」
声を張り上げたのは子爵モンテス。
「我々の投資が国家の信用を高め、外国商会も続々と資金を投入しております。どうか、より一層の後押しを」
「後押し、とは?」
リリアーナは穏やかに問い返す。
「税制のさらなる優遇と、信用枠の拡張でございます。いまこそ攻める時!」
攻める。
その言葉に、周囲の貴族たちが頷く。
「王国が躊躇すれば、市場は不安になりますぞ」 「陛下の決断が、我々を勝利へ導くのです」
勝利。
誰と戦っているのか、誰も明確には言わない。
ただ、金を増やすことが正義であるかのように語られる。
リリアーナは視線を巡らせた。
豪奢な衣装。宝石の輝き。自信に満ちた顔。
そのどれもが、いまの王都を象徴している。
「皆様は、エルドラド社を全面的に信頼していらっしゃるのですね」
「当然です!」
即答。
「では、仮に株価が下がった場合の備えは?」
数人が顔を見合わせる。
「下がる理由がございません」
ロデリックが口を挟む。
「市場は合理的です。南大陸の金鉱は実在し、採掘も進んでおります。供給が始まれば、さらに価格は上昇する」
「合理的……」
女王は小さく繰り返す。
「では、信用枠の拡張を認めましょう」
ざわめきが走る。
「ただし、担保の明示を義務づけます。領地、鉱山、邸宅、すべて」
「もちろんでございます!」
子爵モンテスは満面の笑みだ。
「我々は覚悟を持っております。未来に賭ける覚悟を!」
「そう。未来に」
リリアーナは頷いた。
「それならば、きっと責任も未来に残ることはありませんわね」
その言葉の意味を、誰も深く考えない。
会議は歓声のうちに終わった。
廊下に出た瞬間、シルヴィアが小声で問う。
「陛下、本当に拡張を?」
「ええ」
「さらに借金が膨らみます」
「膨らむのは、泡ですわ」
女王は歩きながら続ける。
「倍々の約束。なんて甘い響きでしょう」
「信じてしまう人も多いでしょう」
「ええ。信じたいのですもの」
リリアーナは立ち止まり、窓から王都を見下ろす。
「努力より、労働より、運よりも簡単に増えると聞けば、誰でも夢を見る」
「それが危険だと、わかっていても?」
「わかっていても、です」
同じころ、伯爵レノックスの邸宅では盛大な晩餐が開かれていた。
「追加で領地を担保に入れたのだ!」
レノックスは誇らしげに宣言する。
「今度は西側の森だ。木材も資源もいくらでもある」
「大胆ですな」 「いやいや、これが天才の判断というものです」
笑いが広がる。
「王室も後押しした。これで勝ちは確定だ!」
その夜、下町の片隅では別の会話が交わされていた。
「信用枠が広がったらしい」 「ますます税が上がるのか?」
「さあな……だが、俺たちには関係ない話だ」
本当に関係ないのだろうか。
翌朝、取引所。
株価はまた跳ね上がる。
信用枠の拡張が材料視され、“王室も支持”という噂が広がったからだ。
「陛下も認めた!」 「もう止まらんぞ!」
ロデリックはその光景を遠くから見つめ、静かに呟く。
「完璧だ」
資金は流れ込み、借金は積み上がる。
市場は熱を帯び、誰もが勝者の顔をしている。
宮殿の執務室では、リリアーナが帳簿を閉じた。
「現物資源の確保状況は?」
「順調です。北部穀倉の収穫分、三年分を前払いで契約。港湾の使用権も延長しました」
「よろしい」
「陛下、もし本当に崩れたら……」
「崩れますわ」
静かな断言。
「倍々の約束は、いつか計算が合わなくなります」
「そのとき、彼らは」
「きっと驚くでしょうね」
女王は窓の外を見つめる。
王都は輝いている。
だがその光は、強すぎる。
「光は、強すぎれば影も濃くなります」
シルヴィアは何も言えなかった。
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株価はさらに更新された。
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