投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお

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第八話 担保という鎖

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第八話 担保という鎖

 王都の朝は、いつしか金貨の匂いがするようになっていた。

 取引所前の石畳には、早朝から人が並ぶ。貴族の紋章を刻んだ馬車が列をなし、商人や銀行家が帳簿を抱えて走り回る。

 エルドラド株は、今日も上がった。

 そして新たな制度が発表された。

 ――担保再評価制度。

 保有株式の評価額を基準に、追加で借り入れができるというものだ。

「素晴らしい!」 「これで一気に拡大できる!」

 伯爵レノックスは高らかに笑う。

「株が上がれば担保が増える。担保が増えれば借りられる。借りた金でまた買えばいい!」

「まさに黄金の循環ですな」

「循環ではない、成長だ!」

 彼らは気づかない。

 循環がいつの間にか鎖へと変わっていることを。

 宮殿では、ロデリックが女王に報告をしていた。

「担保再評価制度は成功です。投資額はさらに拡大しております」

「担保の内訳は?」

「領地、邸宅、森林、鉱山、港湾使用権……実に多様でございます」

「港湾使用権も?」

「はい。将来の価値を見越して」

 リリアーナは静かに書類をめくる。

 担保一覧には、王国の基盤そのものが並んでいる。

「未来を担保にする、と仰っていましたわね」

「ええ」

「未来とは、土地や港のことですの?」

「それらは価値の源泉です。合理的な判断でございます」

 合理的。

 その言葉は、いまや呪文のようだ。

「もし株価が下落した場合、担保はどうなりますの?」

「追加担保を差し入れていただきます」

「それも尽きたら?」

 ロデリックはわずかに間を置く。

「資産は差し押さえとなります」

「差し押さえた資産は、誰のものに?」

「債権者でございます」

「つまり」

 女王は視線を上げる。

「王国の土地が、紙切れの価値で動くということですわね」

「市場の原理でございます」

 ロデリックは微笑む。

「市場は最適解を選びます」

「最適解が、国を壊さなければよろしいのですけれど」

 女王の声は穏やかだが、そこには氷のような冷たさがあった。

 会議が終わると、シルヴィアが駆け寄る。

「陛下、担保一覧を確認しました。北部穀倉地帯の三分の一がエルドラド関連融資に入っています」

「予想より早いですわね」

「もし株価が揺れれば、穀倉地帯が……」

「揺れますわ」

 リリアーナは迷いなく言う。

「問題は、どこまで膨らませるか」

 シルヴィアは息を呑む。

「陛下は、崩れるのを待っているのですか」

「ええ」

「それまで被害が増えます」

「いま止めれば、責任は王室に向かう。彼らは“女王が市場を潰した”と言うでしょう」

 リリアーナは窓の外を見つめる。

 取引所前で、若い貴族が興奮して叫んでいる。

「追加で借りられるぞ!」 「領地の東側も担保に入れた!」

 歓声が上がる。

「見なさい」

 女王は静かに言う。

「彼らは鎖を金の装飾だと思っている」

「鎖……」

「担保という名の鎖ですわ」

 同じころ、下町では別の出来事が起きていた。

 パン屋の娘が働き口を求めて商会を訪れる。

「申し訳ないが、人手は足りている」

「でも、倉庫は拡張していると……」

「投資関連だ。経験のない者は雇えない」

 娘は肩を落とす。

 王都は繁栄している。

 だがその繁栄は、上だけで回っている。

 夜。

 伯爵レノックスは執事に命じる。

「東の森も担保に入れろ」

「伯爵、それでは残るのは邸宅だけに……」

「邸宅の価値も上がっている! 問題ない!」

 執事は何も言えない。

 帳簿に署名が増えるたび、鎖は太くなる。

 宮殿の地下金庫。

 小麦の契約書、石炭の備蓄証明、港湾の優先使用権。

 リリアーナはそれらを確認する。

「現物は、鎖になりません」

「陛下」

「鎖は、幻想を担保にしたときに生まれます」

 鐘が鳴る。

 取引所は閉場。

 株価は、また新記録。

 王都は歓声に包まれる。

 だがその歓声の奥で、何かが軋んでいる。

 担保という鎖は、すでに彼らの足首に巻きついていた。

 それが締まる瞬間を、まだ誰も知らない。
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