投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜

しおしお

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第九話 静かな買い占め

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第九話 静かな買い占め

 王都は今日も浮かれていた。

 取引所の掲示板は朝から緑一色。エルドラド株はわずかな調整すら許さず、またもや高値を更新する。

「担保評価が跳ね上がったぞ!」 「追加で借りられる枠が広がった!」

 歓声は止まらない。

 だが、その喧騒から少し離れた港湾地区では、別の動きが進んでいた。

 大きな倉庫の前に、質素な紋章をつけた馬車が停まる。

 荷主は王室御用達の商会。

 積み込まれているのは――小麦の袋。

「これで北部穀倉の分は三年分か」

 商会主が帳簿を閉じる。

「はい。前払いで契約済みです。相場より少し高めですが、即金でしたので問題なく」

「構わん。急ぎだ」

 小麦の袋は次々と倉庫へ運ばれる。

 別の場所では、石炭の山が静かに積み上がっていく。

 さらに、鉄材の長期優先供給契約が結ばれていた。

 いずれも目立たぬ形で、だが確実に。

 宮殿の執務室。

「港湾使用権、更新完了いたしました」

 シルヴィアが報告する。

「東港の荷揚げ優先権も取得済みです」

「よろしい」

 リリアーナは地図を広げる。

 王都、北部穀倉地帯、港湾、運河。

 赤い印が、ひとつひとつ増えていく。

「陛下、これほどまでに現物を確保して……」

「市場が崩れたときに必要になります」

「食料と燃料を握れば、混乱は抑えられる」

「ええ」

 女王は静かに頷く。

「泡が弾けるとき、一番困るのは飢えですわ」

 そのころ、取引所では別の会話が交わされていた。

「王室が株を買わないのは臆病だからだ」 「いや、現物資源に逃げているらしいぞ」

「ははは! 穀物や石炭で金持ちになれるか?」

 笑いが広がる。

「本物の富は、株だ!」

 その笑い声は、あまりにも軽い。

 宮殿に戻る。

「陛下、噂が立っています」

「どのような?」

「王室が穀物を買い占めている、と」

「買い占めているのではありませんわ」

 リリアーナは訂正する。

「確保しているだけです」

「同じでは……」

「まったく違います」

 女王の声は柔らかいが、はっきりしている。

「買い占めは価格を吊り上げる。わたくしたちは長期契約で価格を固定している。市場を荒らす気はありません」

 シルヴィアは安堵する。

「では、なぜ公表しないのですか?」

「いま言えば、彼らは“女王が弱気になった”と騒ぐでしょう」

「……」

「夢を壊すのは、まだ早い」

 リリアーナは帳簿を閉じる。

「夢が最高潮に達したとき、現実は一番重くなる」

 夜。

 伯爵レノックスは友人たちと祝杯を挙げていた。

「見ろ、この資産評価額!」

 彼は誇らしげに書類を掲げる。

「北部穀倉地帯の担保価値が倍だ!」

「それなら追加で借りられるな」 「もちろんだ。明日、さらに株を買い増す」

「王室は穀物を買っているらしいぞ」

「放っておけ。慎重なだけだ」

 誰も、小麦の本当の価値を考えない。

 彼らにとって、穀物は利益を生まない“遅い資産”だ。

 数字の上昇ほど魅力的ではない。

 宮殿の地下倉庫。

 小麦袋の列が並び、石炭の山が影を落とす。

 リリアーナはその光景を見つめる。

「重いでしょう?」

 シルヴィアが問いかける。

「ええ」

「金よりも?」

「金は軽いですわ。紙と同じ」

 女王は袋をひとつ撫でる。

「これは重い。人を生かす重さです」

 遠くで鐘が鳴る。

 株価はまた新高値。

 取引所の歓声が夜風に乗って届く。

「陛下、いつまで……」

「もう少し」

 リリアーナの声は静かだ。

「担保が揃い、理屈が整い、夢が頂点に達するまで」

 窓の外、王都は黄金色に輝く。

 だが地下には、静かに現実が積み上がっている。

 小麦、石炭、鉄。

 泡とは違う、確かな重さ。

 やがてその重さが、幻想を押し潰すことになる。

 王都の誰もが歓声を上げているその裏で、女王だけが、静かに備えていた。
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