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第十二話 最後の舞踏会
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第十二話 最後の舞踏会
王宮の大広間は、これまでで最も華やかに飾り立てられていた。
天井から垂れる金の装飾布。壁一面の鏡。魔導灯の光が反射し、空間全体が黄金色に染まる。
今宵は“投資王決定舞踏会”。
エルドラド株で最も資産を増やした貴族を称えるという、前代未聞の催しだった。
「ここまで来れば、王国の歴史も変わるな」 「黄金王国だ。アルビオンは!」
笑い声が響く。
誰もが勝者の顔をしている。
いや、勝者であると信じ込んでいる。
リリアーナは静かに入場した。
群青のドレスは変わらない。宝石も控えめだ。
だが今夜は、視線がいつもより重い。
“女王は株を持たない”。
その事実は、いまや好奇の目で語られる噂になっていた。
「慎重すぎるのでは?」 「時代遅れだな」
囁きが背後を走る。
それでも女王は、微笑みを崩さない。
中央の壇上では、ロデリックが高らかに宣言した。
「諸侯の皆様、本日は王国経済史に刻まれる日でございます! エルドラド株の上昇率は、建国以来最高!」
拍手と歓声。
「いまや資産は倍々。担保価値も最大。王国は黄金で満ちております!」
倍々。
その言葉が、祝祭の合言葉のように繰り返される。
やがて、受賞者の名が呼ばれる。
「本日の投資王――伯爵レノックス!」
大歓声。
レノックスは胸を張り、壇上へ上がる。
「陛下のお導きと、我らの勇気のおかげでございます!」
彼は誇らしげに言う。
「私は全資産を担保に入れました! だが恐れはありません。未来は確実ですから!」
喝采。
リリアーナはゆっくりと立ち上がる。
「素晴らしい覚悟ですこと」
彼女の声は澄んでいる。
「全資産、ですの?」
「はい!」
「領地も、邸宅も、森林も?」
「ええ!」
「港の使用権も?」
「もちろん!」
会場がどっと笑う。
「まさに愛国心の塊ですわ」
リリアーナは優雅に拍手する。
「その愛国心、いずれ王国が必要とする日が来るかもしれませんわね」
レノックスは意味を理解せず、胸を張る。
「いつでも差し出しますとも!」
そのとき、取引所の鐘が鳴る音が遠くから聞こえた。
本来ならば閉場の合図だが、今夜は特別に夜間取引が行われている。
誰かが叫ぶ。
「速報だ! 外国資本が追加参入!」
歓声が爆発する。
ロデリックが満足げに頷く。
「見ましたか、陛下。市場は止まりません」
「ええ、見ております」
リリアーナは静かに言う。
「止まらなければ、問題はありませんものね?」
「もちろんです」
ロデリックは笑う。
「止まらなければ」
女王の視線が、一瞬だけ鋭くなる。
会場の隅で、老商人が静かにワインを揺らしていた。
彼の目は、歓声の中心ではなく、帳簿を握る手を見ている。
その手が、わずかに震えていることを。
夜が更ける。
舞踏は続く。
黄金の光が天井で揺れる。
だがその光の下、ひとりの使者がロデリックの耳元で囁いた。
「……第二鉱区視察団、未帰還」
ロデリックの表情が一瞬、硬直する。
「嵐だと言っておけ」
「ですが――」
「嵐だ」
使者は黙る。
歓声が再び大きくなる。
リリアーナはその様子を遠くから見つめる。
「最後の舞踏会になるかもしれませんわね」
シルヴィアが小声で問う。
「陛下?」
「いえ、なんでも」
女王はグラスを傾ける。
黄金色の酒が揺れる。
会場ではレノックスが高らかに笑い続けている。
「未来は確実だ!」
誰もがそう信じている。
だが女王だけが知っている。
未来は、確実ではない。
確実なのは――
担保が積み上がり、理屈が重なり、疑念の芽が育っていること。
そして。
泡は、最も美しく輝く瞬間に、弾けるということを。
王宮の大広間は、これまでで最も華やかに飾り立てられていた。
天井から垂れる金の装飾布。壁一面の鏡。魔導灯の光が反射し、空間全体が黄金色に染まる。
今宵は“投資王決定舞踏会”。
エルドラド株で最も資産を増やした貴族を称えるという、前代未聞の催しだった。
「ここまで来れば、王国の歴史も変わるな」 「黄金王国だ。アルビオンは!」
笑い声が響く。
誰もが勝者の顔をしている。
いや、勝者であると信じ込んでいる。
リリアーナは静かに入場した。
群青のドレスは変わらない。宝石も控えめだ。
だが今夜は、視線がいつもより重い。
“女王は株を持たない”。
その事実は、いまや好奇の目で語られる噂になっていた。
「慎重すぎるのでは?」 「時代遅れだな」
囁きが背後を走る。
それでも女王は、微笑みを崩さない。
中央の壇上では、ロデリックが高らかに宣言した。
「諸侯の皆様、本日は王国経済史に刻まれる日でございます! エルドラド株の上昇率は、建国以来最高!」
拍手と歓声。
「いまや資産は倍々。担保価値も最大。王国は黄金で満ちております!」
倍々。
その言葉が、祝祭の合言葉のように繰り返される。
やがて、受賞者の名が呼ばれる。
「本日の投資王――伯爵レノックス!」
大歓声。
レノックスは胸を張り、壇上へ上がる。
「陛下のお導きと、我らの勇気のおかげでございます!」
彼は誇らしげに言う。
「私は全資産を担保に入れました! だが恐れはありません。未来は確実ですから!」
喝采。
リリアーナはゆっくりと立ち上がる。
「素晴らしい覚悟ですこと」
彼女の声は澄んでいる。
「全資産、ですの?」
「はい!」
「領地も、邸宅も、森林も?」
「ええ!」
「港の使用権も?」
「もちろん!」
会場がどっと笑う。
「まさに愛国心の塊ですわ」
リリアーナは優雅に拍手する。
「その愛国心、いずれ王国が必要とする日が来るかもしれませんわね」
レノックスは意味を理解せず、胸を張る。
「いつでも差し出しますとも!」
そのとき、取引所の鐘が鳴る音が遠くから聞こえた。
本来ならば閉場の合図だが、今夜は特別に夜間取引が行われている。
誰かが叫ぶ。
「速報だ! 外国資本が追加参入!」
歓声が爆発する。
ロデリックが満足げに頷く。
「見ましたか、陛下。市場は止まりません」
「ええ、見ております」
リリアーナは静かに言う。
「止まらなければ、問題はありませんものね?」
「もちろんです」
ロデリックは笑う。
「止まらなければ」
女王の視線が、一瞬だけ鋭くなる。
会場の隅で、老商人が静かにワインを揺らしていた。
彼の目は、歓声の中心ではなく、帳簿を握る手を見ている。
その手が、わずかに震えていることを。
夜が更ける。
舞踏は続く。
黄金の光が天井で揺れる。
だがその光の下、ひとりの使者がロデリックの耳元で囁いた。
「……第二鉱区視察団、未帰還」
ロデリックの表情が一瞬、硬直する。
「嵐だと言っておけ」
「ですが――」
「嵐だ」
使者は黙る。
歓声が再び大きくなる。
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「最後の舞踏会になるかもしれませんわね」
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「陛下?」
「いえ、なんでも」
女王はグラスを傾ける。
黄金色の酒が揺れる。
会場ではレノックスが高らかに笑い続けている。
「未来は確実だ!」
誰もがそう信じている。
だが女王だけが知っている。
未来は、確実ではない。
確実なのは――
担保が積み上がり、理屈が重なり、疑念の芽が育っていること。
そして。
泡は、最も美しく輝く瞬間に、弾けるということを。
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