見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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6-6 カトレア・デイレイド

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6-6 カトレア・デイレイド

夜の屋敷は静かだった。
書きかけの本を閉じながら、セリカは窓の外に視線を向ける。
月が照らす中庭を見ながら、彼女は小さくため息をついた。

「……どうにも、引っかかるのよね。」

そう――あの“カトリーヌ先生”のことだ。
父・ディオール公爵が派遣した教師だというが、あの人が“ただの教育者”を寄越すなんてありえない。
しかも、平民のための学校に、だ。

カトリーヌが来てから確かに学校の雰囲気は良くなった。
授業も楽しくなり、生徒たちは笑顔を取り戻した。
けれど――。

(あの“ドジっ子”ぶり……どこか、わざとらしいのよね。)

黒板にチョークをぶちまけるタイミング、机の角で転ぶ位置取り。
全部「演技のように自然すぎる」――セリカはそう感じていた。


---

「ドライド、ちょっと聞いていい?」

紅茶を淹れていた執事が静かに振り向く。
「はい、お嬢様。どうかなさいましたか?」

「お父様が派遣した“カトリーヌ・ダッチ”って先生、どんな人?」

「……申し訳ございません。そのような方の情報は、私の記録にはございません。」

「やっぱり……変ね。」

セリカは唇に指を当てた。
父が派遣した人間で、ドライドが知らない?
そんなこと、あるはずがない。

「……直接、聞くしかないか。」

そう呟いたその夜、彼女は翌日の予定帳に“お茶会”の文字を書き加えた。
――もちろん、招待するのはカトリーヌ先生だ。


---

翌日午後。
白と金で統一された応接室。
カーテン越しの陽光が、ティーカップを優しく照らしている。

「お招きいただき、光栄です、お嬢様。」
にこやかに微笑むカトリーヌ。
いつも通りの柔らかい笑顔――でも、セリカはまっすぐ見据えた。

「カトリーヌ先生、単刀直入に聞くわ。……あなた、何者なの?」

一瞬。空気が変わった。

ふわりと笑っていた彼女の瞳が、急に鋭さを帯びる。
その姿勢、呼吸、視線の動き――
すべてが“騎士”そのものだった。

「……隠していて申し訳ありません。
カトリーヌ・ダッチは偽名。本名は――カトレア・デイレイド。
ディオール領騎士団所属の、騎士です。」

「騎士……!?」

セリカは目を見開く。
「つまり、あなた……お父様の命で?」

「はい。お嬢様の護衛として派遣されました。
教師を装っていたのは、周囲の目を避けるためです。」

カトレア――いや、元カトリーヌ先生の声は、凛としていた。
いつものおっとり口調とはまるで別人。
その姿には、確かな威厳と覚悟があった。


---

「なるほど。だから、あのときの騒動のときも……」

「ええ。教室に乱入してきた父兄に対応したのも、護衛任務の一環です。
普段の“ドジっ子”ぶりは、目立たないようにするためのカモフラージュでした。」

「……演技だったのね。」

セリカは軽く息をつき、カップを持ち上げる。
香る紅茶の湯気が、ほんのり揺れた。

(やっぱり、そうだったのね。あの身のこなし――本物の騎士じゃなきゃ無理。)

「カトレア・デイレイド……立派な名ね。
あなた、相当な訓練を受けているわね?」

カトレアはわずかに微笑み、胸に手を当てた。
「恐縮です。ですが――お嬢様のそばにいるためなら、どんな役でも演じます。」

「……ふふ、頼もしいわね。」

セリカの口元に、柔らかな笑みが浮かんだ。
疑念は晴れ、代わりに不思議な信頼が芽生えていくのを感じる。


---

「カトレア、これからもよろしく頼むわ。」

「はい、お嬢様。命に代えてもお守りいたします。」

カトレアは立ち上がり、深くお辞儀をする。
その所作もまた、美しかった。

――が。

「きゃっ!」

ドンッ!!

見事な音を立てて、カトレアは絨毯の端に足を取られ、派手に転倒した。
テーブルの脚が揺れ、ティーカップがカラカラと鳴る。

「し、失礼しましたっ!」

顔を真っ赤にして立ち上がるカトレア。
スカートの裾を整え、慌てて姿勢を正す。

セリカは一瞬ぽかんとしたあと――ぷっ、と吹き出した。

「……ほんとに、ドジっ子なのかしら、あなた?」

「い、いえ!これは……その……護衛訓練の一環でして!」
カトレアは焦ったように手を振るが、耳まで真っ赤だ。

「そう。じゃあ訓練の成果、ちゃんと出てるみたいね?」

「ううっ……お嬢様、からかわないでください……!」


---

セリカは、紅茶を一口飲みながら微笑んだ。
完璧な騎士でありながら、どこか抜けている――
そんな彼女の存在が、今では少し愛おしくすら思える。

「……やっぱり、面白い人ね、カトレア。」

「お嬢様……?」

「これからも、あなたの“ドジ”に期待してるわ。」

「えぇぇ!?そこは期待するところじゃないと思います!」

二人の笑い声が、夕暮れの応接室に響いた。
その音は、どこか柔らかく――あたたかかった。



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