見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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7-1 サエとの出会いとその才能に気づくセリカ

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7-1 サエとの出会いとその才能に気づくセリカ

昼休みの教室は、いつも子どもたちの笑い声でいっぱいだった。
外では鬼ごっこ、廊下では紙飛行機。
だけど、その喧騒の中で――ただ一人だけ、静寂の中にいた少女がいた。

長い黒髪を肩にかけ、背筋を伸ばして分厚い本を読む少女。
その名は――サエ。

彼女の存在は、まるで教室に差す影のようにひっそりとしていた。
誰とも話さず、声を上げることもなく、ただページをめくる音だけが響く。
セリカが初めて彼女を見たのは、そんな日常の一場面だった。


---

「……ねぇ、サエ。」

気づけば、セリカは声をかけていた。
自分でも理由は分からない。ただ、放っておけなかったのだ。

サエは顔を上げ、少し驚いたようにセリカを見る。
大きな瞳が、一瞬だけ光を宿した。

「いつも本を読んでるよね。本、好きなの?」

「ええ。本が好きなの。」

その答えは、風のように静かで柔らかかった。
年上のサエは八歳。けれど、その穏やかさと落ち着きは、まるで大人のよう。

セリカは無邪気に感心して、目を丸くした。
「もう字を読めるなんてすごい! 私なんて、まだ『あ』と『い』を間違えるのに。」

サエは小さく笑った。
「好きなことだから、一生懸命覚えたの。」

それだけ。
まるで当たり前のことを言うように、何の誇りも自慢も感じさせない口調だった。
でも――セリカは気づいてしまった。

その手元にある本が、“普通の子どもが読むもの”じゃないことに。


---

『魔力干渉理論における媒介素子の特性』
――表紙にそう書かれていた。

「……え?」

思わず声が漏れた。
それは完全に、専門書だった。
魔導理論の基礎どころか、成人した学者でも頭を抱えるような難解な書物。

(うそ……この子、本当に理解してるの?)

セリカは転生者だ。
だからこそ、この世界の学問レベルや文字体系の複雑さも知っている。
それを“読む”だけでも信じられないのに――
サエはページをめくりながら、眉一つ動かさず内容を追っている。

「それ、難しくないの?」

そう尋ねると、サエは少し考えるように視線を泳がせてから、こう言った。

「字が読めれば、わかるわ。」

あまりにも自然に言い切るその一言に、セリカは息をのんだ。
まるで、自分にとっての“普通”が、他人にとっては“奇跡”だと分かっていないような――そんな言葉だった。


---

ページをめくる指が止まり、サエが小さく首を傾げた。
「……あれ?」

「どうしたの?」

「この本、スペルが違うわ。」

サエが指さした一行を見て、セリカは思わず身を乗り出した。
そこには確かに、一文字だけ違う単語が書かれている。
ほんの一文字。でも――意味がまるで変わっていた。

「本当だ……。一文字違うだけで、全然違う意味になるのね。」

セリカは唖然とした。
それは、専門家でも気づきにくい誤植だった。
それを八歳の少女が、何気なく見抜いてしまうなんて。

(……この子、やっぱり普通じゃない。)

文字を読むだけじゃない。
理解して、考えて、間違いまで指摘できる。
それは、まぎれもない――“才能”だ。


---

けれど、サエ本人にはそんな自覚はないようだった。
間違いを指摘しても、得意げな顔もせず、ただページを閉じて微笑む。

「……でも、この本、いいことも書いてあるの。
“力とは支配ではなく、調和である”って。私は、そういうのが好き。」

その言葉を聞いて、セリカの胸にあたたかいものが流れた。
知識の深さだけじゃない。
この子の中には、“真理”を見つめる心がある――。

彼女が持つ静けさは、ただの無口さではなく、
考え続ける人間の沈黙なのだと、セリカは悟った。


---

「……ねぇ、サエ。」

「なに?」

「あなたと、もっと話してみたい。」

セリカが微笑むと、サエはほんの少しだけ照れたように頷いた。

「……いいわ。私も、あなたと話すのは嫌いじゃない。」

その笑顔は、ほんのわずかだったけれど――
セリカの胸に、確かに刻まれた。

この出会いが、後に二人の運命を大きく変えることになることを、
このときのセリカはまだ知らなかった。


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