32 / 108
7-3 救出
しおりを挟む
7-3 救出
夜の街は、雨を含んだ冷たい風に包まれていた。
濡れた石畳を、馬車の車輪が勢いよく走り抜ける。
セリカの瞳は、夜の闇よりも深く、そして熱く燃えていた。
隣に座るのは護衛騎士――カトレア・デイレイド。
いつもの“ドジっ子教師”の姿ではなく、鋼のような騎士の表情だった。
「この世に、子どもを傷つける親がいるなんて……!」
セリカは拳を握りしめ、震える手を見つめた。
その震えは恐怖ではない。怒りと、決意の証だった。
「絶対に……許さない。」
カトレアは静かに頷く。
「お嬢様の命令であれば、どんな障害も排除いたします。」
馬車が急停止した。
――目的地に着いたのだ。
---
家は、薄暗く、沈んだ空気を放っていた。
小さなランプの光が、歪んだ影を壁に映している。
セリカは迷うことなく馬車から降り立った。
夜風がドレスの裾を揺らし、彼女の金の髪を翻す。
「行くわ、カトレア。」
「はい。」
二人は扉の前に立つ。
カトレアが拳で力強くノックした。
「誰だ! こんな夜更けに!」
荒々しい男の声が中から響く。
だが、返事を待つ前にカトレアは一歩踏み出し、
――ドンッ!!
重い扉を蹴り破った。
「侵入だと!? 何のつもりだ!!」
ランプの光が揺れ、そこにいたのはサエの父親。
酒瓶を片手に、憤怒の表情を浮かべていた。
その背後で、小さくうずくまる影――
ボロボロの服に身を包み、膝を抱えて震える少女。
サエだった。
---
「サエ!」
セリカが叫び、駆け寄る。
サエは顔を上げる――その頬には、薄い赤い跡。
「何だお前たちは!勝手に人の家に踏み込みやがって!」
父親の怒鳴り声が響く。
しかし、セリカは一歩も引かない。
彼女の声が、鋭く夜を切り裂いた。
「この子を連れて行くわ。」
「はぁ? ふざけるな! 俺の娘だぞ!」
「“父親”を名乗る資格なんてない!」
セリカの言葉が鋭く突き刺さる。
小さな身体から放たれたその威圧に、
男は思わずたじろいだ。
「この子を苦しめて、何が親よ!」
男が反論しようと一歩踏み出す――その瞬間。
「下がりなさい。」
カトレアの冷たい声が空気を裂く。
彼女の足元から漂う殺気に、男の足が止まった。
視線を合わせた瞬間、全身が凍りつく。
「お嬢様に手を上げるような真似をすれば――
その手、二度と使えなくなりますよ。」
「……っ!」
男は声にならない呻きを漏らし、後ずさった。
---
セリカはサエの隣に膝をつく。
「大丈夫……怖くないわ。」
サエは怯えた瞳でセリカを見上げた。
その瞳は、ずっと闇に閉ざされていた。
「私があなたを守る。もう、誰にも傷つけさせない。」
セリカはそっと手を差し伸べた。
その小さな手を包み込むように握る。
一瞬の沈黙――そして、サエの震える指が、ゆっくりとセリカの手を握り返した。
その手の温もりに、サエの目からぽろりと涙がこぼれた。
「……ありがとう。」
その声は、震えていても確かに届いた。
---
セリカは立ち上がり、再び父親を見据えた。
「あなたがしたこと、必ず償わせます。
この子に触れた罪は、決して消えないわ。」
男は何も言えず、その場で立ち尽くす。
カトレアの視線が再び向けられると、
彼の背筋がびくりと震えた。
「お嬢様に対する不敬は、次は命で償っていただきます。」
低く、冷たく――それは騎士の宣告だった。
---
外に出ると、夜風が冷たく吹き抜けた。
サエはまだ少し震えていたが、セリカの手の中で少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「……サエ、もう安心して。」
「……でも、私……迷惑をかけたくないの。」
「迷惑なんて思わないわ。」
セリカは優しく微笑んだ。
「あなたが一人で耐えてきたことを、放っておけるわけがないもの。」
その言葉に、サエの目からまた涙がこぼれる。
それは悲しみの涙ではなかった。
救われた安堵の涙だった。
---
屋敷に戻ると、ドライドが出迎えた。
「お嬢様……ご無事で何よりです。」
「ドライド、彼女を休ませてあげて。
今夜はもうゆっくり眠らせてあげたいの。」
「かしこまりました。」
サエは小さく会釈をし、ドライドに連れられて廊下を歩いていった。
その背中を見送りながら、セリカは小さく呟いた。
「……これからは、私の家族よ。心配しないで。
何があっても、私があなたを守る。」
---
その夜。
セリカは眠らなかった。
机の上にランプの灯をともして、静かにノートを開く。
そこに書いた言葉は――
> 『サエのように、誰にも助けを求められない子どもを救う方法を探す』
セリカの瞳が強く光った。
「私、変えてみせる。この国の“当たり前”を。」
その声は小さくても、確かに未来へと響いていた。
-
夜の街は、雨を含んだ冷たい風に包まれていた。
濡れた石畳を、馬車の車輪が勢いよく走り抜ける。
セリカの瞳は、夜の闇よりも深く、そして熱く燃えていた。
隣に座るのは護衛騎士――カトレア・デイレイド。
いつもの“ドジっ子教師”の姿ではなく、鋼のような騎士の表情だった。
「この世に、子どもを傷つける親がいるなんて……!」
セリカは拳を握りしめ、震える手を見つめた。
その震えは恐怖ではない。怒りと、決意の証だった。
「絶対に……許さない。」
カトレアは静かに頷く。
「お嬢様の命令であれば、どんな障害も排除いたします。」
馬車が急停止した。
――目的地に着いたのだ。
---
家は、薄暗く、沈んだ空気を放っていた。
小さなランプの光が、歪んだ影を壁に映している。
セリカは迷うことなく馬車から降り立った。
夜風がドレスの裾を揺らし、彼女の金の髪を翻す。
「行くわ、カトレア。」
「はい。」
二人は扉の前に立つ。
カトレアが拳で力強くノックした。
「誰だ! こんな夜更けに!」
荒々しい男の声が中から響く。
だが、返事を待つ前にカトレアは一歩踏み出し、
――ドンッ!!
重い扉を蹴り破った。
「侵入だと!? 何のつもりだ!!」
ランプの光が揺れ、そこにいたのはサエの父親。
酒瓶を片手に、憤怒の表情を浮かべていた。
その背後で、小さくうずくまる影――
ボロボロの服に身を包み、膝を抱えて震える少女。
サエだった。
---
「サエ!」
セリカが叫び、駆け寄る。
サエは顔を上げる――その頬には、薄い赤い跡。
「何だお前たちは!勝手に人の家に踏み込みやがって!」
父親の怒鳴り声が響く。
しかし、セリカは一歩も引かない。
彼女の声が、鋭く夜を切り裂いた。
「この子を連れて行くわ。」
「はぁ? ふざけるな! 俺の娘だぞ!」
「“父親”を名乗る資格なんてない!」
セリカの言葉が鋭く突き刺さる。
小さな身体から放たれたその威圧に、
男は思わずたじろいだ。
「この子を苦しめて、何が親よ!」
男が反論しようと一歩踏み出す――その瞬間。
「下がりなさい。」
カトレアの冷たい声が空気を裂く。
彼女の足元から漂う殺気に、男の足が止まった。
視線を合わせた瞬間、全身が凍りつく。
「お嬢様に手を上げるような真似をすれば――
その手、二度と使えなくなりますよ。」
「……っ!」
男は声にならない呻きを漏らし、後ずさった。
---
セリカはサエの隣に膝をつく。
「大丈夫……怖くないわ。」
サエは怯えた瞳でセリカを見上げた。
その瞳は、ずっと闇に閉ざされていた。
「私があなたを守る。もう、誰にも傷つけさせない。」
セリカはそっと手を差し伸べた。
その小さな手を包み込むように握る。
一瞬の沈黙――そして、サエの震える指が、ゆっくりとセリカの手を握り返した。
その手の温もりに、サエの目からぽろりと涙がこぼれた。
「……ありがとう。」
その声は、震えていても確かに届いた。
---
セリカは立ち上がり、再び父親を見据えた。
「あなたがしたこと、必ず償わせます。
この子に触れた罪は、決して消えないわ。」
男は何も言えず、その場で立ち尽くす。
カトレアの視線が再び向けられると、
彼の背筋がびくりと震えた。
「お嬢様に対する不敬は、次は命で償っていただきます。」
低く、冷たく――それは騎士の宣告だった。
---
外に出ると、夜風が冷たく吹き抜けた。
サエはまだ少し震えていたが、セリカの手の中で少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「……サエ、もう安心して。」
「……でも、私……迷惑をかけたくないの。」
「迷惑なんて思わないわ。」
セリカは優しく微笑んだ。
「あなたが一人で耐えてきたことを、放っておけるわけがないもの。」
その言葉に、サエの目からまた涙がこぼれる。
それは悲しみの涙ではなかった。
救われた安堵の涙だった。
---
屋敷に戻ると、ドライドが出迎えた。
「お嬢様……ご無事で何よりです。」
「ドライド、彼女を休ませてあげて。
今夜はもうゆっくり眠らせてあげたいの。」
「かしこまりました。」
サエは小さく会釈をし、ドライドに連れられて廊下を歩いていった。
その背中を見送りながら、セリカは小さく呟いた。
「……これからは、私の家族よ。心配しないで。
何があっても、私があなたを守る。」
---
その夜。
セリカは眠らなかった。
机の上にランプの灯をともして、静かにノートを開く。
そこに書いた言葉は――
> 『サエのように、誰にも助けを求められない子どもを救う方法を探す』
セリカの瞳が強く光った。
「私、変えてみせる。この国の“当たり前”を。」
その声は小さくても、確かに未来へと響いていた。
-
94
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ
鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。
王太子エドモンド殿下曰く、
「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。
……それなら結構ですわ。
捨ててくださって、ありがとうございます。
行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、
冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。
「俺と“白い結婚”をしないか。
互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」
恋愛感情は一切なし。
――そんなはずだったのに。
料理を褒めてくれる優しい声。
仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。
私の手をそっと包む温もり。
気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。
そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、
祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。
「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」
アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、
私の世界は大きく動き出した。
偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。
追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、
契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。
これは、
捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、
大逆転のラブストーリー。
---
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
悪役だから仕方がないなんて言わせない!
音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト
オレスト国の第一王女として生まれた。
王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国
政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。
見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。
buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる