見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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20-1 陰謀の深化

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20-1 陰謀の深化

 王宮の中庭に、乾いた鈴の音が鳴った。知らせは風より早く、噂より正確に、各宮へと行き渡る――ディオール領で作付けの異常。

 セリカ・ディオールは報せを読み終えると、羽根ペンの先を軽く止めた。机上に広げた地図には、灌漑路が青、交易路が黄、情報網が紅の糸で縫い込まれている。
(偶然は二度続かない。三度目からは意図だわ)


---

シビック王子――“善意”という名の足枷

 第三王子シビックは、最初の一撃を病斑で放った。
 麦の葉に黒い点が走る――が、奇妙なことに被害は川の曲がり角と倉庫群の裏手に集中した。風の流れとも、土壌とも合わない。

 その朝のうちに、王都から絹装束の使節団が到着する。最新式の薬剤、専門家、そして笑顔。

「ディオール公、共同基金からの無償支援です。散布さえ許可いただければ、三日で沈静化をお約束します」

 言葉は甘い。契約書はもっと甘い。
 ――薬剤の供給と検査権限、ならびに流通監査の一時委譲。

(病を治してから、心臓まで握る気ね)

 セリカは押印を保留し、領内薬草師ともに葉の断面を洗い、粉末を炭に落として火の色を確かめた。炎はまっすぐ青く上がり、自然由来ではない灰を残した。
 さらに彼女は夜明け前の露だけを採り、霊視師にゆだねる。結果は一つ――微量の金属塩。

 シビックの“善意”は、治療の名を借りた支配の糸だった。

「丁重にお断りして。代わりに――村ごとの共同散布と公開記録を」
 セリカは自領で摘んだ薬草と灰汁で調合し、農民自身の手で撒かせた。見世物ではなく、自助の儀式として。


---

セドリック王子――寄り添う掌

 第四王子セドリックの手管は、まるで澄んだ泉だ。濁りは見当たらない。
 彼はディオールへ赴き、帳場ではなく学校へ足を向けた。石板を抱えた子どもたちの前で、静かに語る。

「数字は、あなたたちの盾にも剣にもなります。水位を読み、在庫を見抜き、嘘を嫌うために」

 彼の提案は、即効薬ではない。徒弟院の拡充、女性書記の登用、市場監査の市民参画……芽が出るまで季節を要する種を、丁寧に土へ戻してゆく。
 セリカはそれを見て、少しだけ警戒を緩めた。(この人は“勝つ”より“続ける”を選ぶのね)

 だが、寄り添う掌ほど人は盲目になる。彼女は自らに言い聞かせる。贈り物には必ず値札がつく。だからこそ、全計画の文書化と公開を条件に受けた。


---

ランディ王子――影の綴じ糸

 第五王子ランディは、いつものようにどこにもいない。けれど、確かに至るところにいる。
 乾いたはずの支流に、夜だけ水が戻っていた。倉庫街の裏通りで、何者かが相場情報を捨てていった。誰も見ていないのに、橋の支保工だけが翌朝には補強されている。

 セリカが唇を結ぶと、扉の隙間から麻袋が滑り込んだ。中身は見取り図と、無骨な筆致のメモ――

> 《北の峠、冬前に開け。商人ギルドの若いのを使え。費用は匿名寄付で落ちる》



 彼は表舞台に出ない。手柄を拒む。
(あなたの“善意”は、貸しの帳面に書かれない。だから一番厄介)

 セリカは礼を返さない。代わりに結果で応える。峠の路床は七日で固められ、新しい商路が開いた。支援の実効性だけを受け取り、顔は受け取らない。


---

セリカ――観測、公開、分散

 王子たちの“善意”で領地は満たされかけていた。だからこそ、仕組みが必要だ。
 セリカは三つの杭を打つ。

1. 観測の杭――水位・収穫・価格を村が自分で記録し、神殿の掲示板に毎朝張り出す。


2. 公開の杭――王都の帳場と同時公開。日付の違いはそのまま不正の証拠になる。


3. 分散の杭――薬剤も資金も単一供給を禁じる。三者以上の少量供給に分け、どこが欠けても回るように。



「可視化は、欲望を鈍らせるの」
 彼女は笑い、扇子でグラフを示した。扇面には子どもでも読める記号だけ。**“わかる”は、**支配より強い。

 同時に、祈りの日を設定する。収穫期の前夜、村ごとに灯をともして川に映すのだ。古い風習の復活は、ただの慰めではない。夜間作業を隠しづらくする最古の監視網でもある。


---

針が進む音

 それでも、針は音を立てて進んだ。
 シビックの次の手は、灌漑門の鍵だった。王都工房の霊銀漆で封じられた印が、わずかに月の欠けの形に削れている。夜だけ水が細くなる仕掛け。
 セリカは露の銀粉でその傷をなぞり、王都の工部に照会を出した。返答は短い。
 ――今月、第三炉の配合印に同型の欠け。

 セドリックは即座に公開聴聞を提案する。「事実は光の下でのみ呼吸をする」
 ランディは何も言わない。代わりに、セリカの机に半分だけ割れた印環が置かれていた。拾ったのは誰か、書き置きはない。

(揃った。痕跡、動機、機会)

 セリカは静かに羽根ペンを立て、三王子それぞれに同文の招請状をしたためる。
 宛名だけが違う。文面は一行。

> ――“白の間”へ。王国の喉を潤す議論をしましょう。



 蝋を落とし、封を押す。印章が紙面に沈む感触は、思ったよりも生々しい。
(これは戦ではない。制度を巡る、未来の取り分の話)

 窓外、秋の風が旗を揺らした。白地に麦と水の紋。
 セリカは自分の胸の奥で、ひとつだけ小さく頷く。

「――可愛いは、強い。だから公開する。分け合う。そして続ける」

 鈴がふたたび鳴る。会議の刻限だ。
 王宮の廊を歩き出すセリカの背で、見えない綴じ糸がそっと結び目を作る。
 ほどけないように。誰にも気づかれないように。
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