見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
90 / 108

20-3 公爵夫妻の揺らぎとセリカの決意

しおりを挟む
第20章 3節 公爵夫妻の揺らぎとセリカの決意

 アコード王子がディオール領を去ってから、数日が経った。
 しかし――その日の出来事は、ディオール公爵夫妻の胸の内に重く残っていた。

 書斎には、深い沈黙が満ちている。
 公爵は重厚な机に両肘をつき、指先を組んで考え込んでいた。対面に座る公爵夫人もまた、扇を閉じたまま長い沈黙を守っている。

「……アコード王子の言葉、嘘ではなかったな」
「ええ。あの方の瞳には打算ではなく、真心がありました」

 公爵夫人の声は穏やかだったが、その奥には複雑な感情が見え隠れしていた。
 セリカを愛する親として――王子の誠実な想いを理解しながらも、簡単に娘を王宮へ送り出すことなどできはしない。

「セリカが王妃となれば、王国にとっては確かに喜ばしいことだ。だが……」
 公爵は重く息を吐く。
「だが、あの子はディオール領に欠かせぬ存在だ。領民たちの信頼も厚く、彼女の知恵と采配がこの地の繁栄を支えている。あの子を失えば、この領は――」

「ええ。領民もきっと、不安になるでしょうね」
 夫人はそっと目を伏せた。
 セリカが領民たちの間を歩けば、誰もが笑顔で頭を下げる。その姿はもはや“令嬢”ではなく、“希望そのもの”だった。

「……けれど、あの方が娘を幸せにできるのなら」
 夫人は小さく呟いた。
 母としての想いが、理性の壁を揺さぶる。
「私たちが守るより、あの方の隣にいる方が、セリカがより遠くまで羽ばたけるのかもしれません」

 公爵はその言葉にしばし沈黙し、やがて深くうなずいた。

「セリカ本人に、話を聞こう。……もう、親の思いだけで決める時ではないな」


---

 夕暮れ時。
 橙の光がカーテンの隙間から差し込む書斎に、セリカが姿を見せた。
 彼女はすぐに察した。両親の表情が、ただならぬものであることを。

「お父様、お母様……お話とは?」

 公爵は一呼吸置き、穏やかに切り出した。

「セリカ。アコード王子からの再婚約の申し出について、私たちは何度も話し合った。だが――最終的な答えは、お前自身の意志に委ねたい」

 セリカは驚いたように瞬きをした。
 王家との婚約。それは家の一大事であり、娘の一存で決められることではない。
 しかし、両親は――彼女の選択を尊重しようとしている。

 セリカは静かに頷き、慎重に言葉を選んだ。

「……アコード王子のお気持ちは理解しております。とても誠実な方です。ですが――私が王妃となることで、ディオール領やこの地の人々にどのような影響があるのか……それが気がかりです」

 彼女の声には、震えではなく、強い責任感が宿っていた。
 父も母も、それを痛いほど感じ取っていた。

「私は、この領地を守ることが自分の役目だと思ってきました。
 王妃になることが正しい道であっても――領民の生活が不安定になるなら、それは私の望む幸せではありません」

 その言葉を聞き、公爵夫人はそっと娘の手を握った。
 その手はかすかに冷たく、しかし決意に満ちていた。

「セリカ……あなたは本当に強くなりましたね」
 夫人の瞳に、微かな涙が光る。
「けれど、あなたが歩む道がどんなものであれ、私たちはあなたを誇りに思うでしょう。王子のもとに行くことが、あなたの心を輝かせるなら――私はそれを止めません」

 セリカはしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。
 その笑みは、少女ではなく、未来を背負う女性のそれだった。

「ありがとうございます、お母様。でも……私は、まだ決められません。
 ですから、まずこの領が私のいない間も発展を続けられるよう、体制を整えたいと思います。それができた時――改めて、自分の道を選びたいのです」

 その言葉に、公爵は深く頷いた。

「……なるほど。お前らしい答えだな」
 父の声音には、安堵と誇りが混ざっていた。
「セリカ、お前が選ぶ未来がどんなものであれ、私たちは支えよう。お前が立つ場所が王宮であろうと、この地であろうと――親であることに変わりはない」


---

 その夜。
 セリカは自室の窓辺に座り、月明かりに照らされた庭を見下ろしていた。
 花々の香り、遠くから聞こえる夜警の足音――すべてが彼女の心を落ち着かせる。

> 「私がいなくても、この地が笑っていられるように――」



 彼女はそっと胸に手を当てた。
 アコード王子のまっすぐな瞳を思い出す。あの人の隣に立つには、まだ自分は未熟だ。
 けれど、今の自分にできることがあるなら、まずはそれを成し遂げたい。

 ――そう、彼女は決意したのだ。

 ディオール領を、王女がいなくても輝き続ける地に。
 その礎を築いた時こそ、真に自らの未来を選ぶ資格を得るだろう。


---

 翌朝。
 新しい一日が始まる。
 セリカは朝日を背に立ち上がり、穏やかに微笑んだ。

「さあ、始めましょう。未来の準備を――」

 その横顔には、少女ではなく、一人の指導者としての強さが宿っていた。
 そして、彼女の決意を受け取ったかのように、窓の外では風が優しく庭の木々を揺らしていた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。 王太子エドモンド殿下曰く、 「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。 ……それなら結構ですわ。 捨ててくださって、ありがとうございます。 行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、 冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。 「俺と“白い結婚”をしないか。  互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」 恋愛感情は一切なし。 ――そんなはずだったのに。 料理を褒めてくれる優しい声。 仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。 私の手をそっと包む温もり。 気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。 そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、 祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。 「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」 アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、 私の世界は大きく動き出した。 偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。 追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、 契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。 これは、 捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、 大逆転のラブストーリー。 ---

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

処理中です...