荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)

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第二章:初めてのコイ

7.男子だって色恋話

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 図書館へ行ったあの日から数日が過ぎていたが当然のように毎日暑いわけで、僕らはなるべく涼しいところを求めてあちこちさまよっていた。

「こういうときマンション住みのやつらが羨ましいよなあ。家の中まで行かなくても入り口がすでに涼しいなんて恵まれすぎだろ」健二が愚痴をこぼす。

「諦めて宿題やるしかないなあ。そしたら家でクーラー付けてても怒られないしさ。父ちゃんが休みに入れば毎日快適になるからそれまでの辛抱だ……」僕も釣られて愚痴が出てしまった。

「今時扇風機で乗り切ろうってのは自殺行為だよ。屋内熱中症で毎年相当の死亡者が出てるんだぜ? そう言って親を説得すればいいんだよ」涼太の家は爺ちゃん婆ちゃんが健在で、三世代全員が家にいるため常にクーラーがかかっている。だが家業で忙しくしているところへ押しかけるのは気が引ける。

 たまに強めの風が吹くと少しは涼しく感じるが、それでもこの、夏ど真ん中な日中に日なたにはいられない。僕たちは橋脚にもたれかかりながらコンクリートのひんやりとした感触に涼を求めていた。

「こうしてるとそろそろ現れそうだな。レキの彼女がよ。本当はどこの女子なんだろうな。見覚えはないからおな小・・・じゃないだろうけど」

「なにが僕の彼女だよ、自分だって話を持ち出すくらいには興味あるんじゃないか。健二って意外にムッツリだよな。五年の時に告白した清美とはどうなってるんだよ」

「あ、あれはっ! 一時の気の迷いだっての。今は全然好きとかないし……」健二はさすがに恥ずかしいのかうつむき気味で静かになって行く。

「今は、だろ。清美は夏休み入る前にサッカーやってる方の一柳に告ってたから健二には脈無しだろうな。しかもそれを一緒に見ちゃったんだよ」涼太が驚くべきことを暴露してから失敗したと言うような顔をした。

「おうい涼太! それは誰にも言わないことにしてたじゃねえか。別になんとも思ってないからいいんだけど、未練あるって思われたら嫌じゃんか」そう言いつつも、本心では未練たらたらの様子だ。

「まあ健二も暦を見習えばモテるようになるかもよ? でもコイツはモテてる意識無いから女子にも男子にも敵を作るけどな」涼太にはいつも酷い言われようである。

「そう言うけど実際にそんな話なんてあんまりないじゃん。多いときだって年に数回だよ。三年のバレンタインの時がピークだったなあ」

「普通の男子は一回もないから! しかも全員断り続けてるとかさあ、他に好きな子がいるって思われて当たり前だろ? だから櫻子がお前につらく当たるんだぜ?」

「なんでそこで櫻子が出てくるんだよ。アイツは凶暴過ぎて無理だわ。やっぱ小梅ちゃんみたいな落ち着きある女子が一番だよ。中学入ってから一回も会ってないけど」僕は櫻子の姉で、今年中学へ上がってしまった小梅の制服姿を想像した。

「二人とも贅沢すぎるぜ。レキの女癖が悪いのは親譲りだから仕方ないとして、涼太だってコクられても振ってばかりじゃんか。遥香なんて断った時ガン泣きしてたじゃん」

「それオレのせいじゃなくてね? 脈があるかどうか確認もせずにコクるとかすげえとは思うけどな。そもそもオレは知的な女子が好きなんだよ。それでも暦とは違って宇宙人は勘弁だけど」そう言った瞬間、涼太は周囲を素早く確認した。まさか番度こういうタイミングで現れるとでも思っているのだろうか。

 そんな警戒しすぎの涼太を見ながら、僕は本当に彼女が現れることを期待していた。連絡先も学校も、もしかしたら本名も知らないあの子が気になって仕方ないのだ。

「明日こそは釣りでもするかなあ。このままじゃ本物の鯉を釣る前に夏休みが終わっちゃうよ。でもそろそろ宿題もやらないとまずいか」僕は両手をコンクリートへくっつけてなるべく身体を冷やそうと無駄なあがきをする。

「そういや隣んちのタケシが言ってたけど、五年生の間では舎人公園のテナガエビ釣りが流行ってるんだってさ。あんなとこまで行かなくてもそこでも釣れるのにって教えてやったら、大勢で行くには公園のがいいんだとさ」

「まあ女子も一緒だとトイレ問題とかあるからなあ。それに近所過ぎると釣れない気もしてくるじゃん? 僕たちだって遠征とか言って遠くまで行くことあるしさ」

「ちょっと遠かったけど岩淵水門は良かったもんな。ウナギは釣れなかったけどフナとかボソが結構釣れたし、健二なんてセイゴ釣っちゃったもんなあ」涼太が思い出しながら竿を立てる仕草をする。

「僕だってブルーギル釣ったさ。まあでもセイゴは凄いよな。海の魚ってだけでなんかカッコいいし」

「でも兄ちゃんからするとセイゴ釣っても嬉しくないって。シーバス狙う時は七十センチが目標らしい。俺たちからしてみればとんでもない大きさだけどなあ」

 僕の最高記録はこの間釣った『ニゴイ』で四十センチ強ってとこだ。鯉を狙うとしてもせめてそれ以上の大物を釣り上げたい。

「健二の兄ちゃんは本格的なフィッシャーマンだし、装備もしっかりしててカッコいいよ。僕も釣り部がある高校へ行きたいけど勉強はしたくないなあ」

「いい釣果だった時はすぐに自慢してくるからムカつくけどな。部活の費用だとか言って釣り代出してもらっててずりい・・・しさあ」

 健二の兄は僕らからすれば憧れるくらいには釣り名人だし、馴染みのない海釣りがメインだから余計にすごく見える。でも健二にとっては身近すぎて、自慢であると同時に気に入らない相手でもあるのだろう。

「じゃあ明日は昼飯食ったらここに集合ってことにするか。帰ったら爺ちゃんに餌頼んでおくよ。なるべくニゴイが釣れないヤツな」

「余計なこと言わなくていいっての。それにしてもあの時ミクは何したんだろうなあ。急に釣れたのは偶然だったのかね。涼太の爺ちゃんなら何かわかると思うか?」

「その場にいたわけじゃないしなあ。こないだの仕掛け見せればわかるかもだけど、あれどうした?」涼太が僕に確認するも、ニゴイを釣り上げた時に絡まったので片付けの時に捨ててしまっていたことを説明した。

「じゃあ真似して同じ仕掛けも作れないじゃないかよ。せめて覚えておけっての。パッと見で全然違うってことは無かったと思うけど気にはなるよな」

「それなら明日教えてあげるわよ? 別に秘密ってわけじゃないんだし」突然会話に加わってきたこの声の主は――

「ミクっ、今日は会えないかなって思ってたのに」と僕が声がしたほうを向くと、顔面を殴られ過ぎたボクサーのようなひしゃげた顔がすぐそばに見えてぎょっとしてしまう。

 だがそこから少し離れたところには、目の前の不細工な顔の主へと繋がったリードを握ったミクが笑顔で立っていた。
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