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「もう、女性を愛することは出来ない」
夫婦のベッドの上で、ガウンを着て正座をした夫が私にそう言ってきた。
「だから、もうやめて欲しい……」
頭から冷水を浴びたかのような感覚に陥った。
「えっ、それってどういう……」
「子供は……、子供は諦めて欲しい」
夫は深々と頭を下げて、そう言ってきた。
筋肉質で大きな体を縮めている。ガウンからは美しい胸筋がみえている。
髪は美しい金色で艶があり、耳にかかるくらいの長さがちょうどよく、本当にかっこいい。
「ディー、頭を上げて」
夫のディートハルトは眉を八の字にして、とても苦しそうだった。
……そっか、ずっと苦しかったんだね。
ふぅ……とわたしはため息を漏らした。
「わかったわ。それで、どうしようか……。離婚……する?」
心臓が早鐘を打つ中、私はなるべく冷静を装ってそう言った。
「離婚は嫌なんだ…………。女性と結婚してなきゃいけないなら、アーシュがいい」
そんな告白をしても、私の事をアーシュレイではなく愛称呼びをしてくれるのね。
しかしこれは、褒められているのだろうか……?
「アーシュはほら……、あんまり女性を感じないというか……。君といるのは楽しいから……パートナーなら君がいいなって」
これはキレて良い案件ではないだろうか……?
「ちょっと、さりげなく私の事けなしてない?」
「あははは……、その話し方とかだよ。普通の貴族女性はそんな話し方しないよ?」
よく、この話題で笑える……。
ディートハルトは私の冷たくなった手を両手で包み込んだ。その温かさに、少しほっとしてしまう。
「とにかく、離婚はしない……」
離婚はしないけど、子供はいらないってことか……。
私たちは結婚して二年、白い結婚を貫いている。
正確には今日まで、全て私が振られ続けていたわけだ。
まさかその落ちが『女性とそういう事が出来ません』だったとは……。
彼をその気にさせるために、数々の色気のあるネグリジェや下着を着た事か……。
その度に「寒そうだね、風邪引くよ?」と厚手のガウンを着せられてきた。
男性が興奮するような香水、時には媚薬まがいなものまで使ったが、全て空振りしてきた。
私の髪は赤く、少しウエーブがかっていて、スタイルは良いと思う。
結婚前は男性をたぶらかす悪女なんて言われた事もあった。
しかし、ディートハルトには全く効果がなく自信もなくなっていった。
私の二年間の努力はいったい……。
それなら、初夜に言ってほしかった……。
「義両親にはなんて言えば……。子供を今か今かと楽しみにされているのに……」
そう、私がこんなにも子作りを望んでいたのは、義両親、特に義母からの圧力が凄まじいからだった。
義母も悪い人ではないのだけれども、なんせ気が強い人なのだ。
「うん……。養子も考えてる……」
養子……。あの義母が養子を受け入れるだろうか……。
「それに弟のところにもう甥っ子が生まれたし、うちは子供いなくても問題ないかなって」
ディートハルトは伯爵家の嫡男だ。まだ義父が家督だが、そのうち弟かディートハルトが継がなければならない。
優先順位からいって、嫡男のディートハルトだろう。しかし、ディートハルトは王宮騎士団でもうすぐ副団長に昇進する。
だから、家督は弟に譲る気でいるのだろう。しかし、義母は貴族としての体面を何よりも重んじる人。
正当な理由がない限り、それは認めてくれないであろう。
そして貴族女性としては珍しく乳母任せにせず、授乳から全て自分の手で子育てをし、料理やお菓子作りまで完璧にこなす超人だった。
そして、何よりも溺愛しているディートハルトの子供を楽しみにしている。
義弟は私たちより、一年早く結婚し翌年長男が誕生した。だから、二年経っても妊娠しない私たち……、主に私に問題があるのだろうと、妊娠に詳しい医師に定期的に通わされた。この日だ!という日に妊娠しやすい薬も服用してきた。
そして、最近は不妊症を疑われている。実際不妊症かどうかわからない……、だって一度もしてないのだから。
さすがにそのことを義母に打ち明ける気にはなれなかった。だから、余計辛かった。
今日こそは逃がさないとばかりにディートハルトに迫ったら、まさかのカミングアウトをされた訳だ。
「ねぇ、ディーは男性が好きって事なの……?」
ディートハルトは翡翠の美しい瞳を揺らし、俯いてしまった。
「どうなんだろう……。俺もよくわからないんだけど、女性には全く心が動かなくて、むしろ嫌いで……。その……男性の方が好感が持てる人が多い気がする」
まだ、自覚して間もない感じなのだろうか……。学生の頃は私にキスしてきたし、それ以上もしたいって言ってたし。
「好きな人がいるの?」
ディートハルトは俯いていた顔を勢いよく上げて、前のめりになった。
「そんな人はいない!アーシュがいるのに!」
いや、さっきそんな私にはもう愛せないって言いましたよね。
これはこれから、好きな人(男性)が出来る可能性が高いのかな……。
私は顎に手を当てて、天井を見上げた。どうしたものか……。
これは離婚してあげて、彼を自由にしてあげるのが一番なんだけど、家同士の付き合いもあるし、……何より私の立場が弱いのが問題だった。
ディートハルトは伯爵家で、うちは貧乏男爵家だからだ。
なんで結婚できたかというと、父親同士が学友だった為、昔から家族ぐるみで付き合いがあった。
お酒の勢いで父親同士が勝手に婚約を交わしてしまったのだ。当時義母は相当怒ったと後からディートハルトに聞いた。
そして結婚の時も、うちの実家を相当な額支援してもらい、実家を立て直すことができた。
その恩義がある為、私からは離婚を切り出せない。
「はぁ~。とりあえず子供の事は私に任せてくれる?」
私は頭をかきながら、ディートハルトにそう言った。
「任せるって?いい養子先を知っているの?母を説得できそう?」
「う……ん。とりあえずやるだけやってみる」
いや、養子も説得も無理だろう。
これは奥の手を使うしかない。
あまりにもディートハルトが嫌がるので、私も他の方法がないか調べた事がある。それがこんな機会で役に立つとは……。
そう……、それは公認の愛人を作ること。
ディートハルトに似た容姿の男性に代理で父親になってもらうということだ。
夫婦のベッドの上で、ガウンを着て正座をした夫が私にそう言ってきた。
「だから、もうやめて欲しい……」
頭から冷水を浴びたかのような感覚に陥った。
「えっ、それってどういう……」
「子供は……、子供は諦めて欲しい」
夫は深々と頭を下げて、そう言ってきた。
筋肉質で大きな体を縮めている。ガウンからは美しい胸筋がみえている。
髪は美しい金色で艶があり、耳にかかるくらいの長さがちょうどよく、本当にかっこいい。
「ディー、頭を上げて」
夫のディートハルトは眉を八の字にして、とても苦しそうだった。
……そっか、ずっと苦しかったんだね。
ふぅ……とわたしはため息を漏らした。
「わかったわ。それで、どうしようか……。離婚……する?」
心臓が早鐘を打つ中、私はなるべく冷静を装ってそう言った。
「離婚は嫌なんだ…………。女性と結婚してなきゃいけないなら、アーシュがいい」
そんな告白をしても、私の事をアーシュレイではなく愛称呼びをしてくれるのね。
しかしこれは、褒められているのだろうか……?
「アーシュはほら……、あんまり女性を感じないというか……。君といるのは楽しいから……パートナーなら君がいいなって」
これはキレて良い案件ではないだろうか……?
「ちょっと、さりげなく私の事けなしてない?」
「あははは……、その話し方とかだよ。普通の貴族女性はそんな話し方しないよ?」
よく、この話題で笑える……。
ディートハルトは私の冷たくなった手を両手で包み込んだ。その温かさに、少しほっとしてしまう。
「とにかく、離婚はしない……」
離婚はしないけど、子供はいらないってことか……。
私たちは結婚して二年、白い結婚を貫いている。
正確には今日まで、全て私が振られ続けていたわけだ。
まさかその落ちが『女性とそういう事が出来ません』だったとは……。
彼をその気にさせるために、数々の色気のあるネグリジェや下着を着た事か……。
その度に「寒そうだね、風邪引くよ?」と厚手のガウンを着せられてきた。
男性が興奮するような香水、時には媚薬まがいなものまで使ったが、全て空振りしてきた。
私の髪は赤く、少しウエーブがかっていて、スタイルは良いと思う。
結婚前は男性をたぶらかす悪女なんて言われた事もあった。
しかし、ディートハルトには全く効果がなく自信もなくなっていった。
私の二年間の努力はいったい……。
それなら、初夜に言ってほしかった……。
「義両親にはなんて言えば……。子供を今か今かと楽しみにされているのに……」
そう、私がこんなにも子作りを望んでいたのは、義両親、特に義母からの圧力が凄まじいからだった。
義母も悪い人ではないのだけれども、なんせ気が強い人なのだ。
「うん……。養子も考えてる……」
養子……。あの義母が養子を受け入れるだろうか……。
「それに弟のところにもう甥っ子が生まれたし、うちは子供いなくても問題ないかなって」
ディートハルトは伯爵家の嫡男だ。まだ義父が家督だが、そのうち弟かディートハルトが継がなければならない。
優先順位からいって、嫡男のディートハルトだろう。しかし、ディートハルトは王宮騎士団でもうすぐ副団長に昇進する。
だから、家督は弟に譲る気でいるのだろう。しかし、義母は貴族としての体面を何よりも重んじる人。
正当な理由がない限り、それは認めてくれないであろう。
そして貴族女性としては珍しく乳母任せにせず、授乳から全て自分の手で子育てをし、料理やお菓子作りまで完璧にこなす超人だった。
そして、何よりも溺愛しているディートハルトの子供を楽しみにしている。
義弟は私たちより、一年早く結婚し翌年長男が誕生した。だから、二年経っても妊娠しない私たち……、主に私に問題があるのだろうと、妊娠に詳しい医師に定期的に通わされた。この日だ!という日に妊娠しやすい薬も服用してきた。
そして、最近は不妊症を疑われている。実際不妊症かどうかわからない……、だって一度もしてないのだから。
さすがにそのことを義母に打ち明ける気にはなれなかった。だから、余計辛かった。
今日こそは逃がさないとばかりにディートハルトに迫ったら、まさかのカミングアウトをされた訳だ。
「ねぇ、ディーは男性が好きって事なの……?」
ディートハルトは翡翠の美しい瞳を揺らし、俯いてしまった。
「どうなんだろう……。俺もよくわからないんだけど、女性には全く心が動かなくて、むしろ嫌いで……。その……男性の方が好感が持てる人が多い気がする」
まだ、自覚して間もない感じなのだろうか……。学生の頃は私にキスしてきたし、それ以上もしたいって言ってたし。
「好きな人がいるの?」
ディートハルトは俯いていた顔を勢いよく上げて、前のめりになった。
「そんな人はいない!アーシュがいるのに!」
いや、さっきそんな私にはもう愛せないって言いましたよね。
これはこれから、好きな人(男性)が出来る可能性が高いのかな……。
私は顎に手を当てて、天井を見上げた。どうしたものか……。
これは離婚してあげて、彼を自由にしてあげるのが一番なんだけど、家同士の付き合いもあるし、……何より私の立場が弱いのが問題だった。
ディートハルトは伯爵家で、うちは貧乏男爵家だからだ。
なんで結婚できたかというと、父親同士が学友だった為、昔から家族ぐるみで付き合いがあった。
お酒の勢いで父親同士が勝手に婚約を交わしてしまったのだ。当時義母は相当怒ったと後からディートハルトに聞いた。
そして結婚の時も、うちの実家を相当な額支援してもらい、実家を立て直すことができた。
その恩義がある為、私からは離婚を切り出せない。
「はぁ~。とりあえず子供の事は私に任せてくれる?」
私は頭をかきながら、ディートハルトにそう言った。
「任せるって?いい養子先を知っているの?母を説得できそう?」
「う……ん。とりあえずやるだけやってみる」
いや、養子も説得も無理だろう。
これは奥の手を使うしかない。
あまりにもディートハルトが嫌がるので、私も他の方法がないか調べた事がある。それがこんな機会で役に立つとは……。
そう……、それは公認の愛人を作ること。
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