【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ

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61話 奪われた光

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 ユリシア王国、王宮内

 ソウタは、先ほど怒ってどこかへ行ってしまったはずのアルヴァが、今、目の前でにこやかに立っていることに、一抹の不審を抱いた。

 しかし、未確認生物についてもっと深く知りたいという、抑えきれない好奇心が勝り、ソウタは家来と話しているルースも誘って、一緒にアルヴァの話を聞こうと決める。

 ソウタが声をかけようと一歩踏み出した、その瞬間だった。

「いたぞ! 第一王子を捕らえろ! 」

 少し離れた王宮の通路の奥から、けたたましい声が響き渡った。

 王国の武装兵が数十人、鎧の音を響かせながら、アルヴァを取り囲もうと殺到する。

 彼らの剣は鞘から抜かれ、その切っ先はアルヴァに向けられていた。


 突然の事態に、ルースたちも驚きに目を見開く。

 ソウタは、とっさにアルヴァから距離をとろうとするが、その腕はアルヴァに力強く捕らえられてしまう。

 鋼鉄のような握力に、ソウタは身動きが取れない。

 ソウタは怒りに眉をひそめ、アルヴァを睨みつけた。

「アルヴァ様、離してください! 」

 しかし、アルヴァはソウタの怒りなど気にも留めない。ただ優しく微笑むだけだ。

「大丈夫、君を傷付けたりしないよ」

 そう言って、ソウタを自身のほうへとさらに強く引き寄せた。

 そして、アルヴァが指笛を鳴らすと、王宮の天井に何かがぶつかるような、地響きを伴う激しい衝撃音が響き渡った。

 王宮全体が大きく揺れ、壁の装飾品が音を立てて崩れ落ちる。

 パニックに陥る王宮内。悲鳴と怒号が入り混じる中、人々は我を忘れて逃げ惑った。

天井が砕け散り、そこから、巨大な飛べる未確認生物が数体、轟音を立てながら降りてくる。

 そのうちの一体に、アルヴァはソウタを抱えたまま軽々と飛び乗った。

 ソウタは必死に暴れるが、アルヴァの腕はびくともしない。

 力強く抱き上げられ、身動きが取れない。


「この野郎……!  離せ!! 」

 ソウタは悪態をつき、攻撃魔法を使おうとするが、不思議と魔力が集まらない。

 驚きに目を見開くソウタを見て、アルヴァは楽しそうに笑った。
 

 未確認生物は、巨大な風を撒き散らしながら、砕けた王宮の吹き抜けから空へと飛び立つ。

 その風圧で、周囲の兵士たちが吹き飛ばされる。
 
 風に抗いながら、ルースが叫んだ。

「ソウタ!」

 追いかけたくても、空を飛ぶ術がない。

 それでもルースは、ソウタを奪われた怒りと焦燥に駆られ、急いで王宮の外へ飛び出した。

 そこには、アルヴァが放った小型の怪物がたくさん現れ、兵士たちと激しい戦闘を繰り広げていた。

 ルースがそれらを次々と倒しながら進むと、数人の兵士に守られながら未確認生物と戦う国王の姿があった。

 兵士が未確認生物に攻撃され、倒されそうになったところへ、ルースは一閃で切り裂き、兵士を助ける。
 
 ルースは、国王を鋭く睨みつけながら、冷たい声で言った。
 
「第一王子がソウタを連れ去った」
 
 アルヴァを捕らえようと兵士に命令したにもかかわらず間に合わなかった国王は、その報告に全身から力が抜け落ちたかのように膝をついた。

 彼の肩は小刻みに震え、顔を覆うように俯く。
 
 国王は、嗚咽を絞り出すような声でルースに懇願する。

「すまない……あの化け物を……止めてくれ……!」

 彼の目から、涙がとめどなく溢れ出した。

「殺さなければいけなかったのに、殺せなかった……っ、あの子は……私の息子だ……」
 
 その声には、親としての深い愛情と、それを自ら断ち切らねばならなかった絶望、そして全てを諦めたような悲しみが混じり合っていた。
 
 その様子を何も言わずに見つめるルース。

 国王の苦悩を理解しつつも、ソウタを奪われた怒りが勝っていた。
 
 しばらくして、ルースは冷酷な言葉を言い放った。

「……あなたの息子は、私が殺します」
 
 ルースはそう言って立ち去ろうとするが、国王がかすれた声で呼び止めた。
 
「待ってくれ……この鍵を受け取って欲しい。あの子はそこに向かうだろう」

 国王が差し出したのは、古びた、しかし重厚な金属製の鍵だった。

 それは、長年使われていなかったかのように、冷たく重い。

 ルースは無表情のままそれを受け取ると、冷たい声で尋ねる。

「彼は何処に?」

 国王は、重々しい表情で答えた。
 その声は、苦渋に満ちていた。

「アルヴァを幽閉していた場所……この城から西の崖にある塔だ……」

 居場所が判明し、ルースは鍵を握りしめ、急いで向かおうとする。

 その背中に、国王の震える声が響いた。
 
「そこは魔力が使えない。とても危険だから、気をつけなさい……」

 ――


 空高く、しかし煙が立ち込める都市特有の空気で曇り、周りはよく見えない。

 うっすらと煙の向こうに、ユリシア王国の都市の光が遠ざかっていく。

 ソウタは、それをただ見ていることしかできない自分に、歯がゆい思いを抱いていた。

 アルヴァは、そんなソウタの様子など気にも留めず、能天気に問いかけてきた。

「トモダチの乗り心地はどう?」

 ソウタは「最悪だ」と言わんばかりに、何も言わずアルヴァを強く睨みつける。

 アルヴァは楽しそうに笑いながら

「あそこが、僕が閉じ込められていた場所だよ」
 と言って、眼下にそびえる高い塔を指差した。

 まだ昼頃のはずなのに、厚い雲と霧のせいで空は薄暗く、不気味さを増している。

 ソウタが下を見下ろすと、塔は底が見えないほど深い崖の向こうにあり、その深淵がさらに心をざわつかせた。

 アルヴァはソウタを優しく見つめると、慣れた手つきでその肩を抱く。

「急いで準備したから、まだ何もないけど、これからソウタが楽しめるように、たくさん面白いものを用意してあげる」

 魔法が使えないことへの衝撃と、この状況への絶望で、ソウタは何も話す気になれない。

 アルヴァから目を逸らし、心の中でただルースのことを考える。

 彼が、今どうしているのか、心配でたまらなかった。

 未確認生物は塔の最も高い所にソウタたちを降ろした。

 アルヴァはソウタの手を無理やり引っ張って、塔の中へと案内する。

 中に入ってみると、意外なほど綺麗だった。

 無骨な外観とは裏腹に、上品なベッドやテーブル、そして壁一面に、様々な分野の知識が詰まったらしいたくさんの本が整然と置かれている。

 アルヴァは満面の笑みで言った。

「お腹がすいた? 今から取りに行ってくるから、ここで休んでていいよ」

 そう言い残すと、またどこかへ消えてしまった。

 一人になり、ソウタはホッと安堵の息を漏らす。

 同時に、自分の置かれた状況を改めて把握しようと、部屋の周りを観察し始めた。

 無理だとは思いながらも、頑丈そうなドアノブを掴んで引いてみるが、びくともしない。
 
 諦めて溜息をつきながら椅子に座り込む。

 自分の魔力に頼りきっていたことの愚かさを、ソウタは痛感していた。


 永遠と続くかのように広がる曇り空と、窓の外を漂う深い霧が、ソウタの心をさらに重く、そして孤独にさせるのだった。


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