【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ

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62話 覚悟の追跡

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 ユリシア王国、王宮の外。

 西にある塔へ向かうため、王城を出て馬を探すルース。その名を呼ぶ声が背後から響いた。

「殿下!」

 振り向くと、息を切らせたレオ・ロウとユノ・セリウスが追いついてきていた。

 ユノ・セリウスが、王宮の混乱を報告する。

「王城の外でも多数の未確認生物が出没しており、交戦中です」

 レオ・ロウは、希望の光を差し伸べるように続けた。

「連絡をとっていたオリオン殿が、援軍と共にこちらへ向かっているそうです」

 ルースはそれを聞いて、固く頷いた。

 その瞳には、揺るぎない決意の光が宿っている。

「これから西の塔へ、ソウタを連れ戻しに行く」

 レオ・ロウとユノ・セリウスは、ためらうことなく声を上げた。

「同行させてください!!」

 ルースは、その言葉に一瞬だけ、唇の端をわずかに持ち上げて微笑んだ。

 それは、仲間への信頼と、決して諦めないという覚悟が滲む、短い笑みだった。

「行こう」

 そう告げると、まっすぐ前へ進み続ける。

 王城の外に出ると、景色は一変していた。

 ユリシア王国で最も美しい建物は無残にも破壊され、石畳の道は瓦礫と化した。

 遠くでは、巨大な歯車がけたたましい音を立てて崩れ落ち、都市の機能が次々と停止していく。

 王国の出口では、オリオンが十数人の騎士たちと共に待っていた。

 ルースたちが移動するのに必要だと考え、愛馬ノワールも連れて待機していたようだ。

 ルースはノワールの手綱を受け取りながら、「感謝する」と短く告げ、馬に跨る。

 だが、オリオンは辺りを見回し、ソウタの姿がないことに気づいて眉を寄せた。

「ソウタ君はどこですか?」

 ルースは、沈んだ顔で何も言わない。
 代わりにユノ・セリウスが、重い口を開いた。

「第一王子に連れていかれました」

 オリオンはそれを聞いて、目を見開いた。

 その端正な顔に、みるみるうちに怒りの色が滲んでいく。

「僕も行きます」

 即座に志願するオリオンに、ルースは警告した。

「これから向かう場所は魔力が抑制されているらしい。危険だ」

 しかし、オリオンの意志は固かった。

 片膝をつき、普段の冷静さを欠いた必死な声で懇願する。

「それでも行きます!!」

 レオ・ロウとユノ・セリウスは、いつもと違うオリオンの感情的な態度に、わずかな驚きを覚えた。

 ルースは、その懇願に少しだけ思考を巡らせた。そして、無言で頷くと、静かに告げる。

「……わかった。だが、決して無理はするな。危険を感じたら、すぐに撤退してくれ」

 ノワールを促し、西の塔を目指して駆け出す。

 安堵したオリオンは、すぐさま自身の馬に飛び乗った。

 レオ・ロウとユノ・セリウスも、急いで馬に乗り、ルースの背中を追うように続いた。

 ――

 ユリシア王国、西の塔最上部。

 ソウタは、冷たい壁にもたれかかり、どうやってこの絶望的な状況から脱出するか、頭を必死に巡らせていた。

 窓と重厚な樫の扉には、奇妙な、しかし美しい模様が彫り込まれている。

 魔力抑制の結界が部屋全体に張られているため、魔法も使えない。

 身体に力が入らないのは、長時間飛行していた疲労のせいか、あるいは、この部屋そのものが持つ、魔力以外の何かによるものなのか。

 そんなとき、扉の向こうから楽しげな足音が聞こえ、やがてガチャリと鍵が開く音がした。

 アルヴァが、両腕いっぱいに色とりどりの食料を抱えて部屋に戻ってきた。

「ただいま! ソウタ」

 ソウタは、アルヴァの無邪気な呼びかけに、返事をしなかった。

 アルヴァは、そんなソウタの態度など気にも留めない様子で、ニコニコと笑顔で持ってきた料理をテーブルに並べ始める。

「全部僕の好きな食べ物だよ。ソウタも気に入るといいな」

 アルヴァはフォークで一口サイズの肉を差し出すと、ソウタの顎をそっとつまんで、上を向かせようとした。

「はいソウタ、口を開けて」

 ソウタは、わずかな不快感を覚え、顔を横に背けて拒絶する。

「食べたくない。ここから出してくれ」

 アルヴァは困ったように眉を下げた。

「お腹が空いてないの? それじゃあベッドで休む? ずっと飛んでいたから疲れたでしょ」

 そう言って、ソウタの腕を掴み、ベッドの方へ引っ張ろうとする。

 ソウタは抵抗しようとするが、なぜか身体がいうことをきかないことに気づいた。

 魔力が使えないだけでなく、身体まで鉛のように重い。抵抗しても無駄だと悟り、ソウタは苛立ちに眉を寄せた。

 アルヴァは、ソウタを軽くベッドに押し倒し、その耳元に顔を寄せ、楽しそうに囁いた。

「ここは僕の部屋だ。君は何もできない」

 ソウタは、不満を隠せないまま問いかけた。

「一体何が望みなんだ?」

 アルヴァは少し考えてから、明るい声で言った。

「ソウタ、僕の恋人になってよ」

 予想外の言葉に、ソウタは唖然とした。

 アルヴァは、はにかむように微笑んだ。

 ランプの光に照らされた彼の顔は、この世のものとは思えないほど美しい。

 灰色の瞳はきらめき、あどけなさを残しつつも整った顔立ちが、ソウタの心に微かな恐れをもたらした。

「前に言ってただろう? お気に入りよりもっと大切で、ずっと一緒にいたい人が恋人だって! 君がそうだよ」

 ソウタは、その言葉に苛立ちが募り、怒鳴るように言い返した。

「それはお互いがそう思っていればの話だ! お前と恋人なんてお断りだ!!」

 しかし、アルヴァはソウタの怒りなど気にも留めない。くすくすと笑いながら、ソウタの瞳を覗き込む。

「ソウタもすぐそう思うようになるよ……これからは、君には僕しかいないんだから」

 そう言いながら、ソウタの首筋に唇を寄せた。

 その行為に、ソウタは言いようのない嫌悪感を感じる。必死にアルヴァから距離を置こうとしながら、心の中でルースのことを考えた。

 アルヴァは、ソウタを愛おしそうに抱きしめる。

「まだやることがあるから、大人しく待っててね」

 そう告げると、ソウタの頭を撫でて部屋を出て行った。

 ソウタは、重々しい音を立てて閉まる扉を見つめ、彼が完全に姿を消したことを確認する。

 あの無邪気に見えた笑顔の裏に、これほど歪んだ思考が隠されていたなんて。

 こんなことになるなら、湖畔で出会った時に殺しておけばよかったと、心の中で愚痴をこぼす。

 そして、アルヴァに抱きしめられた時は、冷たくて不快でしかなかったのに、ルースに抱きしめられた時の、あの安心するような温かさと、彼の心地よい香り、優しい笑顔を思い出す。

「ルース……」

 ソウタは、その名を呟きながら、恐怖と不安から身体を丸めた。

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