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66話 終焉と始まり
しおりを挟むソウタが未確認生物の爪を受け、血を吐いて倒れ伏したその光景に、アルヴァもまた動揺を隠せない。
「なんで……なんで庇うの? 」
彼の声には、理解できないものを見たような困惑と、ほんのわずかな痛みが混じっていた。
ルースは、ソウタを震える腕で抱き寄せた。その頬に触れる手も、小刻みに震えている。
「ソウタ……」
ソウタは、血に濡れた口元をわずかに引き上げ、ルースに微笑んだ。
そして、視線をアルヴァへと向ける。
「お前の言う通りだよ、アルヴァ……心は壊れやすいし、気持ちが変わってしまうこともある」
彼の声は弱々しかったが、その言葉には確かな力が宿っていた。
「だけど、だからこそ、大切にしたくなるんだ。その人が嬉しそうだと、自分も嬉しくなって、その人が傷つくと、自分も痛いんだよ……」
ソウタは、ゆっくり息を吸い込む。その身体は、怪物に傷つけられ血が流れ出る。
「守りたいし、そばにいたい……その人にこの気持ちが伝わるなら、自分の心臓をあげてもいいって思うんだ」
ソウタはそう言って、頬に当てられたルースの手に、そっと自分の手を重ねた。
その瞳は、ルースだけを真っ直ぐに見つめている。
「僕の心臓は、ルースのものだよ」
ソウタは、やっと自分の気持ちを伝えられたことに安堵したのか、力なく、しかし嬉しそうに微笑んだ。
転生してから、ただひたすらに生き残ることだけを考えて生きてきた。
それなのに、ルースと出会ってから、自分の心はこんなにも変わった。身体を切り裂く痛みすらも、ルースを想う気持ちの前では、些細なものに思えた。
ルースは、その言葉を聞きながら、潤んだ目でソウタを見つめていた。
彼の目から、涙が溢れ落ちる。
アルヴァは、そんな二人を見ていた。
その顔には、羨望と、深い悲しみが入り混じった暗い色が浮かんでいる。
彼は、自分の胸に手を当て、痛みをこらえるように強く掴んだ。
「ソウタ、やっとわかった気がする。君が傷つくと、僕の心が痛い……もうずっと前に、壊れてなくなったと思っていたけど、まだここにあるんだね……」
アルヴァは悲しそうに、自嘲するように笑った。
その顔は、まるで子供のように純粋なまま、全てを失った悲しみに打ちひしがれている。
ゆっくりと、アルヴァは後ずさりする。
彼の背後には、深々と口を開いた、底の見えない崖が広がっていた。
そして、その身を投げ出すかのように、後ろに倒れるようにして崖から落ちていった。
「さよなら、ソウタ……本当に好きだったよ」
闇に消えていく中で、アルヴァが最後に呟いた告白の言葉は、ソウタには届かなかった。風の音と、彼の悲痛な笑い声だけが、虚しくこだました。
落ちていくアルヴァの姿を見届けたソウタとルース。
ルースは、泣きそうな顔で、ソウタの身体から流れ出る血を止めようと、必死に手を当てる。
そんなルースの様子を見て、ソウタはかえって嬉しくなった。
自分が、こんなにも大切に思われているのだと、深く実感できたからだ。
ソウタは、痛みで顔を苦笑いに歪めながら、掠れた声で言った。
「小さいけど、この鍵の魔力を使ってシールドを張ったから、死なないよ……少し痛いけどね……」
そう言うと、ルースを庇う直前、アルヴァが油断した隙に彼のポケットから奪い取っていた鍵を盾にして、未確認生物の攻撃を防いでいたことを示すように、その壊れた鍵を見せた。
ルースは、ソウタが死なないと聞いて、張り詰めていた心がわずかに緩み、安堵の息を漏らした。
だが、すぐにソウタを傷つけてしまったことへの申し訳なさが込み上げる。
「すまない、ソウタ……」
ソウタは、そんなルースを愛おしそうに見つめた。
そして、少しだけ意地悪な、しかし幸福に満ちた笑顔で、ねだった。
「ルース、ご褒美が欲しいな……」
ルースは、ソウタの言葉に真剣な眼差しで応える。
「ソウタが望むものなら、何でも言ってくれ」
ソウタは、その言葉に、これ以上ないほどの笑顔を見せた。
「君が、すごく好きだ。僕の恋人になってくれる?」
突然の告白に、ルースは驚いて体を固まらせた。
そして、次の瞬間、ルースは今までで一番嬉しそうな顔で、ソウタを宝物のように抱きしめた。
「愛している、ソウタ! 結婚しよう!! 」
ソウタは、ルースの気が早い告白に、くすくすと笑った。
だが、その顔は、これまでにないほど幸せに満ちていた。
ルースは、ソウタを抱きしめたまま、そっと口づけた。
それは感謝と、喜びと、そして何よりも深い愛情が込められた、優しいキスだった。
ソウタは、そのキスに目を丸くしたが、すぐにルースの首に腕を回し、応えるように深く口づけを交わした。二人の間には、言葉など必要としない、強い想いが通い合っていた。
その時、厚く垂れ込めていた灰色の曇り空が、奇跡のように裂けた。
雲の隙間から、燃えるような夕日がまばゆい光を放ち、塔と崖、そして二人を鮮やかな黄金色に染め上げる。
夕焼けに染まる空は、まるで二人を祝福しているかのようだった。
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