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29話 恐怖の謁見
しおりを挟む恐怖で震えながら、ソウタはレオ・ロウとユノ・セリウスと共にテレポートで皇宮の謁見の間に移動した。
目の前には、帝国皇宮の威厳を示す、巨大な扉がそびえ立っている。
ゴオオオオ……と重厚な音を立てて、大きな扉がゆっくりと開いた。
その先に、かつての友であり、今は皇太子として玉座に座るルースの姿があった。
「皇太子殿下に謁見いたします!」
レオ・ロウとユノ・セリウスが、深々と頭を下げ、ソウタもそれに倣った。
彼の心臓は、激しく鼓動を打っている。
ルースは、玉座からゆっくりと頷き、ソウタをじっと見つめた。
その視線は、記憶を失う前よりも、さらに深く、そして研ぎ澄まされているように感じられた。
ソウタも、その視線を見つめ返した。
ルースの容姿は、以前にも増して洗練され、その美しさは息をのむほどだった。
まるで、皇太子としての威厳と力が、彼の全身から溢れ出しているかのようだ。
そして、ソウタは、以前の黒から変わってしまったルースの特徴的な赤い瞳を見て、なぜか胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
(なんでドキドキするんだろう……殺されるかもしれない恐怖からくる動悸かな……?)
ソウタは、自分の感情を誤魔化すかのように、心の中で必死に言い聞かせた。
ルースは、ソウタの不安で落ち着かない表情を見て、少し恥ずかしそうに口を開いた。
彼の声は、記憶がないにもかかわらず、ソウタに対して、どこか優しさを帯びていた。
「ソウタ殿、この度は尽力に感謝する。ただ、私のことばかり考えず、自分の心を大切にして欲しい」
ルースの言葉は、ソウタが自分に深く関わったことで、今後、彼自身の人生に影響が出ることを心配しているからこその配慮だった。
ソウタが自分に深く関わり過ぎたせいで、彼自身の人生が歪んでしまわないか、ルースは心を痛めていた。
ルースの言葉を聞いたソウタは、その意味を自分に都合よく解釈し、心の中で大喜びした。
(やった!殺されなかった……!!)
ソウタの顔には、安堵と、生き残れたことへの確かな喜びが浮かんでいた。
しかし、ルースは、ソウタのその反応を見て、怪訝な表情を浮かべた。
彼は、ソウタが「私のことばかり考えず、自分の心を大切にするように」という言葉を聞いて、落ち込むか、あるいは安堵しつつも困惑すると思っていたのだ。
ソウタが予想以上に喜んでいることに、ルースは困惑を隠せないでいた。
(なぜ、ソウタ殿は、あんなに喜んでいるのだろう?私の言葉は、彼が望むような返事ではなかったはずだが……)
ソウタが喜びを露わにする姿に、ルースは怪訝な表情を浮かべたままだった。
それでも、彼は皇太子としての務めを果たすべく、言葉を続けた。
「ソウタ殿。この度は、私のために尽力してくれたこと、そして帝都で貴族たちを守ってくれたことへの褒美をあげたい。何か望みはあるか?」
ルースは、そう尋ねた後に、ふと自身の言葉の軽率さに気づき、心の中で恥ずかしがった。
(もしソウタ殿が、『結婚してくれ』と言い出したらどうしよう……皇太子が、このような場所で、軽率な発言をするべきではなかった……!)
しかし、ソウタから返ってきた言葉は、ルースの予想とは全く異なるものだった。
「はい、皇太子殿下!もし望みが叶うのであれば、オリオンを釈放していただきたいのです!」
ソウタはさらに続けた。
「それから……ライエルは、貴族派ではありますが、彼自身は悪いことをしていません。無罪は無理かもしれませんが、どうか罪を軽くしてあげてほしいです!」
ソウタは、頭を深く下げ、心からの懇願の言葉を口にした。
その言葉には、親友と、彼の信念を守ろうとしたライエルへの、深い思いやりが込められていた。
そのソウタの言葉に、隣に控えていたレオ・ロウとユノ・セリウスは、驚いて目を見開いた。
自分への褒美として、他者の助命を願うとは、彼らにとっては予想外だった。
ルースは、ソウタの願いに、眉をひそめた。
彼の表情には、少しばかり不機嫌な色が浮かんでいる。
「ソウタ殿。これは、貴方への褒美だ。それでいいのか?」
ルースは、ソウタが自分ではなく、他の男たちのために願い事をしたことに、内心で不満を感じていた。
ソウタは、ルースの問いに、嘘偽りのない、まっすぐな表情で答えた。
「はい。彼らは、今回の事件で悪意をもって行動したわけではありません。それに、彼らには才能もあります。ここでその才能を失うのは、帝国にとっても惜しいことです。私の褒美は、それで充分でございます」
ソウタの言葉には、純粋な友情と、そして人を正しく評価する洞察力が込められていた。
ルースは、ソウタのその言葉と、嘘偽りのない表情を見て、考え込んだ。
ソウタの心からの願いは、彼自身の利益のためではなく、他者のためだ。
その純粋さに、ルースの心はわずかに揺らいだ。
そして、ルースはゆっくりと頷いた。
「……わかった。そのように手配してあげよう」
ルースの言葉に、ソウタの顔がパッと明るくなった。
「レオ・ロウ、ユノ・セリウス。この件は、お前たちに任せた」
ルースは、二人の近衛兵に命じた。
「はい!皇太子殿下!」
レオ・ロウとユノ・セリウスは、嬉しそうに声を揃えて返事をした。
彼らは、ソウタの願いが叶えられたこと、そして、それを自分たちが実行できることに、喜びを感じていた。
ソウタもまた、感極まったように、大喜びで頭を下げた。
「皇太子殿下、ありがとうございます!」
しかし、ソウタの喜びとは裏腹に、ルースは冷たく頷いただけだった。
彼の表情には、喜びの色は一切見られない。
ルースの心の中では、不満が渦巻いていた。
(私のことが好きなのだろう?
なぜ、他の男たちの身を案じているのだ……!)
ルースの独占欲は、ソウタの無意識な優しさによって、さらに募っていくのだった。
――
帝国首都の拘置所。
薄暗い拘置所の独房の中で、オリオンは憔悴しきっていた。
彼の顔はやつれ、その瞳には光が宿っていない。
(父上が……貴族派と繋がっていたなんて……全く気づかなかった……)
オリオンは、心の中で呟いた。
自分の無知と無能さに、絶望が募る。
(公爵家の跡取り失格だ……僕には、何もできなかった……)
重苦しい空気が、独房を支配していた。
その時。
ガララ……と、錆びついた音が響き、牢屋の扉がゆっくりと開いた。
オリオンが顔を上げると、そこに立っていたのは、見慣れた顔、レオ・ロウだった。
レオ・ロウは、オリオンの顔を見て、静かに告げた。
「オリオン殿。釈放だ」
突然の言葉に、オリオンは呆然とした。
「え……?釈放……?なぜ……?」
理解が追いつかず、混乱するオリオンに、レオ・ロウは優しい声で説明した。
「君の友人、ソウタ殿が、皇太子殿下に褒美として、君を釈放してくださるように懇願してくれたのだ」
「ソウタ君が……なんでそこまで……」
オリオンは、ソウタの名前を聞いて、さらに呆然とした。
自分が置かれた状況と、ソウタの行動が結びつかず、ただただ驚くばかりだ。
レオ・ロウは、そんなオリオンの肩を優しく叩いた。
「ソウタ殿は、皇太子殿下に『君の才能は帝国に必要だ』と、強く進言していた。だから、これからも帝国に尽くすといい。良い友人を持ったな」
レオ・ロウの言葉は、オリオンの心に深く響いた。
「良い友人……」
オリオンは、その言葉を聞いて、苦笑いしながら静かに目を閉じた。
ソウタへの想いは、友人という枠には収まらない。
だが、ソウタが自分のためにそこまで尽力してくれたことに、感謝と、そして複雑な喜びを感じていた。
協議会でのレイエス家の裏切り発覚と、それに続く魔物騒動は、帝国全土に大きな影響を与えた。
オリオンの父が当主を務めていた公爵家は降格し、子爵家となった。
オリオンだけは、ソウタの懇願と、彼自身が直接加担していなかったという事実により、釈放を許された。
一方、ライエルの祖父が当主を務めていた公爵家は、一族ごと断絶となった。
しかし、ライエルだけは、魔物から逃げ惑う一般市民を命懸けで守った功績と、ソウタが皇太子に強く減刑を懇願したことにより、死刑は免れた。
彼の爵位は剥奪され、市民を守る一般騎士へと左遷されることになった。
数日後、ソウタのもとに、一通の手紙が届いた。
差出人は、ライエルだった。
その手紙には、直接お礼を言えないことへの謝罪と、皇太子に懇願してくれたことへの感謝、そして、今までソウタに厳しく当たってしまったことへの謝罪の言葉が綴られていた。
手紙の最後には、
『もし貴様が市街地に来ることがあったら、俺がこの身を賭して警護してやる。この恩は、必ず返す』
と、ライエルらしい生意気な言葉で締めくくられていた。
ソウタは、その手紙を読み、ふっと微笑んだ。
(相変わらず生意気だけど……元気そうで良かった)
ソウタの顔には、安堵と、そして、彼らしい穏やかな笑顔が浮かんでいた。
彼の尽力は、確かに二人の友人、そしてかつての婚約者の未来を、悪い方向へと転がることなく、救い出したのだった。
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