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41話 夜明けのすれ違い
しおりを挟む真夜中のバルコニーで、ひとしきり強く抱きしめあった後、ソウタはやや気恥ずかしそうにルースを見上げた。
「殿下……感情的になってしまって、すみませんでした」
ルースは、ソウタを抱きしめた腕を緩めず、その頭を優しく撫でた。
「構わない。言いたいことがあれば、なんだって言ってくれ」
その言葉には、ソウタが自分への「愛の告白」を続けてくれることを期待する、秘めたる願いが込められていた。
彼は、今この瞬間にソウタの気持ちが自分へ向いていることを確信し、その言葉を待った。
しかし、ソウタはルースの真意にまったく気づかない。
自分の感情を素直にぶつけられたことに満足し、心がすっかり晴れやかになっていた。
「ありがとうございます、殿下。それでは、おやすみなさい」
ソウタは、すっきりと晴れやかな笑顔でそう告げると、身を翻して自分の部屋へと戻っていった。
バルコニーに取り残されたルースは、その場でしばらく無言で固まった。
彼の頭の中では、「言いたいことがあればなんだって言ってくれ」という自分の言葉と、それに対するソウタの「おやすみなさい」という返答が、繰り返し響き渡っていた。
(……え? まさか、あれで終わりなのか……?)
ルースの顔には、困惑と、そして深い落胆の色が浮かんでいた。
翌朝。
子爵邸の食堂に現れたソウタは、昨夜の感情的なやり取りが嘘のように、すっきりとした顔で皆に挨拶をした。
「おはよう、レオ兄さん!ユノさん!殿下!」
その明るい声に、レオ・ロウは安堵の息をついた。
「ソウタ殿、おはよう! 機嫌が直って良かった……」
仲直りしたはずなのに、なぜかルースは相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
ユノ・セリウスは、その理由を訝しむようにルースを見つめた。
昨夜のバルコニーでの出来事を察しているユノには、その理由がなんとなく理解できたが、あえて口には出さなかった。
少し遅れて部屋から出ようとしていたオリオンは、ドアのそばにある小さな花瓶を見つめていた。
そこには、昨日彼が手に取った紫色の花が、すっかり萎れてしまっていた。
ソウタに渡す機会を逸した花のように、彼の心にも、言いようのない寂しさが広がっていた。
オリオンは寂しそうに微笑むと、そっとドアを閉めて皆の元へ向かった。
――
未確認生物の群れを退治することに成功し、人質に取られたユノ・セリウスも無事に取り戻したソウタ達は、無事に皇宮へと戻ってきた。街には再び穏やかな日常が戻りつつある。
執務室に戻ったルースは、すぐに騎士団の情報部隊を呼び出し、逃がしてしまった白い髪の青年に関する情報を徹底的に集めるよう、厳しく命令を下した。
一方、レオ・ロウとユノ・セリウスは、ソウタとオリオンに今回の同行と援護について、心からの感謝を伝えた。
「ソウタ殿、オリオン殿。今回は本当に助かった」
「お二人のサポーターとしての活躍がなければ、これほどスムーズにはいきませんでした」
オリオンは、いつものように控えめに答えた。
「これは、僕が当然するべきことです」
ソウタもまた、にこやかに笑った。
「役に立ててよかった!それに、レオ兄さんとユノさんの故郷は、お祭りもあってとても楽しかったよ!」
ソウタは、先日の感情的な出来事を引きずることなく、すっかり機嫌が直っていた。
数時間後、補佐官室では、ソウタとオリオンがそれぞれの仕事に取り掛かっていた。
一時的ではあるものの、平穏が戻ってきたことに安堵し、ソウタは次の休日には何をしようかと、楽しそうに考え始めていた。
ソウタの楽しそうな様子を、オリオンは自身の席からこっそりと見つめていた。
彼の無邪気な笑顔がオリオンの心を温め、オリオンもまた、静かに微笑みを浮かべた。
その頃、皇太子の執務室では、ルースが山積みの書類をこなしながらも、どうしてもソウタのことが頭から離れないでいた。
(なぜだ……なぜ、あの時言ってくれなかったんだ……!)
昨夜のバルコニーでの抱擁。あの最高の雰囲気の中で、ソウタから「愛の告白」があるものだと疑わなかったルースは、ソウタの「おやすみなさい」という言葉で会話が終わってしまったことに、心の中で憤慨しながら仕事をこなしていた。
レオ・ロウは、そんなルースの様子を横目で見て、内心で溜息をついた。
(ソウタ殿の機嫌が直ったと思ったら、今度は殿下の機嫌が悪いな……)
ユノ・セリウスは、遠い目をして宙を見つめていた。
(また殿下のご執心のお手伝いをしなければならないのですか……先は長いですね……)
それぞれの思いを胸に抱きながら、皇宮の新しい一日が過ぎていくのだった。
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