悪役令嬢は数字しか愛せない~婚約破棄されて、貧乏領地を世界一の商会に変えます~

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第4話:【対決】数字という名の戦争

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王家からの略奪宣言ともいえる書簡をジアンは怒りに任せて暖炉の火に投げ込んだ。紙片は一瞬で炎に包まれ灰となって消える。
「……あの愚か者めが。軍を出すぞアイリス。奴らがその気ならこちらは血で応えるまでだ」
彼の黒い瞳が辺境伯としての戦士としての獰猛な光を宿す。だが私は静かに首を横に振った。

「いえジアン。武力衝突は最悪の選択です。我々の兵士にもそして王国側の兵士にも無用な死者が出ます。それは最も非効率で最も避けなければならない損失です」
「ではどうする!黙って資産の七割を差し出せとでも言うのか!」
「いいえ。戦争はします。ですが剣と槍による野蛮なものではありません。私の戦場で私のやり方で、殿下には『本当の恐怖』を味わっていただきます」

私はこの二年間で描き上げた大陸全土の経済地図を彼の前に広げた。
「私たちは今、大陸における穀物と鉄、その二つの流通を事実上支配しています。これを使います。王国の経済を根元から完全に破壊するのです」
私の声はいつもと同じ何の感情も乗らない平坦なものだった。だがその言葉を聞いたジアンは怒りとは別の理由でごくりと喉を鳴らした。

私達の反撃はその三日後から始まった。

第一の矢は穀物市場へ放たれた。
王国の主要な外貨獲得手段は南方の温暖な気候で育つ良質な小麦の輸出だった。私はベルク商会の巨大な輸送網を使い大陸中の港に、他国から買い付けた小麦を王国の市場価格より二割も安い値段で大量に放出した。
市場は一瞬でパニックに陥った。王国の小麦は買い手を失い、港には出荷されないままの穀物が山と積まれ腐敗していった。王国の商船は空の船倉を抱えたまま港で立ち往生するしかなかった。

第二の矢は鉄鋼市場。
王国の武具生産を支えるのは国内の鉱山から産出される鉄鉱石だ。私はドワーフ王国との独占契約を結び、彼らの持つ最新の精錬技術をベルク商会が独占した。そして王国の商人たちが買い付けるよりもわずかに高い値段で、国内の鉄鉱石を全て買い占めた。
結果、王国の鍛冶師たちの元へ鉄は一欠片も届かなくなった。武器も農具も何も作れない。ただベルク商会だけがドワーフの技術で精錬された世にも美しい「ベルク鋼」を、高値で他国へ売りさばいていく。

王都の王宮は混乱の極みにあった。
「報告します!南方の穀物市場が暴落!我が国の小麦に一人の買い手もつきません!」
「西方の諸侯がベルク鋼の輸入を決定!我が国の鉄製品はもはや誰も見向きもしません!」
「陛下!国庫が……国庫が底をつきます!」

大臣たちの悲鳴が玉座の間に木霊する。王太子アルベルトは青ざめた顔でただ震えていた。
「なぜだ……なぜこんなことに……」
彼の隣で新しい婚約者のメリッサが「きっと民の祈りが足りないのですわ……」などと現実から目を背けた愚かなことしか言えない。
アルベルトはようやく気づき始めていた。この目に見えない経済の崩壊が天災などではない、明確な敵意を持った誰かの手によるものであることを。そしてその誰かがかつて自分が「石ころでも数えていろ」と嘲笑い辺境に追いやった一人の女であるという信じたくない事実に。

完全に経済的退路を断たれた王太子は屈辱に顔を歪ませながら、ベルク領へ会談を申し込むしかなかった。

会談の場所はベルク領の新しい庁舎その最上階にある私の執務室だった。
数年ぶりに見るアルベルトはかつての自信に満ちた輝きを失い憔悴しきっていた。彼は部屋に入るなり怒鳴り散らした。
「アイリス!貴様、国を転覆させる気か!これは反逆だぞ!」

私は椅子に座ったまま冷ややかに彼を見つめた。
「いいえ殿下。これは反逆ではありません。ビジネスです」
私は一枚の羊皮紙を彼の前に滑らせる。
「先日殿下は我がベルク商会に総資産の七割を税として納めるようお命じになりましたね。ご命令通り納税の準備は整いました。私が市場に介入を始めてから王国の主要資産の市場価値は正確に七割下落しました。これで帳尻は合いますでしょう?」

「なっ……」
アルベルトは言葉を失いその場でへたり込んだ。彼は生まれて初めて本当の意味での恐怖を味わっていた。剣でも魔法でもない。ただ無慈悲な『数字』という名の暴力に彼の国もプライドもすべてが粉々に打ち砕かれたのだ。

「貴様は……悪魔か……」
「いいえ殿下。私は悪魔ではありません。ただの商人です。そしてあなたは、その商人を敵に回すという最も基本的なリスク計算を怠った。ただそれだけのことです」

私は立ち上がると窓の外に広がる活気に満ちた我が領地を見下ろした。
「さて殿下。戦争は終わりです。ここからは交渉の時間といたしましょうか」

私の声は勝者の絶対的な響きを持っていた。
アルベルトはもはや私の提案をただ黙って受け入れるしか道は残されていなかった。
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