4 / 5
第4話:【対決】数字という名の戦争
しおりを挟む
王家からの略奪宣言ともいえる書簡をジアンは怒りに任せて暖炉の火に投げ込んだ。紙片は一瞬で炎に包まれ灰となって消える。
「……あの愚か者めが。軍を出すぞアイリス。奴らがその気ならこちらは血で応えるまでだ」
彼の黒い瞳が辺境伯としての戦士としての獰猛な光を宿す。だが私は静かに首を横に振った。
「いえジアン。武力衝突は最悪の選択です。我々の兵士にもそして王国側の兵士にも無用な死者が出ます。それは最も非効率で最も避けなければならない損失です」
「ではどうする!黙って資産の七割を差し出せとでも言うのか!」
「いいえ。戦争はします。ですが剣と槍による野蛮なものではありません。私の戦場で私のやり方で、殿下には『本当の恐怖』を味わっていただきます」
私はこの二年間で描き上げた大陸全土の経済地図を彼の前に広げた。
「私たちは今、大陸における穀物と鉄、その二つの流通を事実上支配しています。これを使います。王国の経済を根元から完全に破壊するのです」
私の声はいつもと同じ何の感情も乗らない平坦なものだった。だがその言葉を聞いたジアンは怒りとは別の理由でごくりと喉を鳴らした。
私達の反撃はその三日後から始まった。
第一の矢は穀物市場へ放たれた。
王国の主要な外貨獲得手段は南方の温暖な気候で育つ良質な小麦の輸出だった。私はベルク商会の巨大な輸送網を使い大陸中の港に、他国から買い付けた小麦を王国の市場価格より二割も安い値段で大量に放出した。
市場は一瞬でパニックに陥った。王国の小麦は買い手を失い、港には出荷されないままの穀物が山と積まれ腐敗していった。王国の商船は空の船倉を抱えたまま港で立ち往生するしかなかった。
第二の矢は鉄鋼市場。
王国の武具生産を支えるのは国内の鉱山から産出される鉄鉱石だ。私はドワーフ王国との独占契約を結び、彼らの持つ最新の精錬技術をベルク商会が独占した。そして王国の商人たちが買い付けるよりもわずかに高い値段で、国内の鉄鉱石を全て買い占めた。
結果、王国の鍛冶師たちの元へ鉄は一欠片も届かなくなった。武器も農具も何も作れない。ただベルク商会だけがドワーフの技術で精錬された世にも美しい「ベルク鋼」を、高値で他国へ売りさばいていく。
王都の王宮は混乱の極みにあった。
「報告します!南方の穀物市場が暴落!我が国の小麦に一人の買い手もつきません!」
「西方の諸侯がベルク鋼の輸入を決定!我が国の鉄製品はもはや誰も見向きもしません!」
「陛下!国庫が……国庫が底をつきます!」
大臣たちの悲鳴が玉座の間に木霊する。王太子アルベルトは青ざめた顔でただ震えていた。
「なぜだ……なぜこんなことに……」
彼の隣で新しい婚約者のメリッサが「きっと民の祈りが足りないのですわ……」などと現実から目を背けた愚かなことしか言えない。
アルベルトはようやく気づき始めていた。この目に見えない経済の崩壊が天災などではない、明確な敵意を持った誰かの手によるものであることを。そしてその誰かがかつて自分が「石ころでも数えていろ」と嘲笑い辺境に追いやった一人の女であるという信じたくない事実に。
完全に経済的退路を断たれた王太子は屈辱に顔を歪ませながら、ベルク領へ会談を申し込むしかなかった。
会談の場所はベルク領の新しい庁舎その最上階にある私の執務室だった。
数年ぶりに見るアルベルトはかつての自信に満ちた輝きを失い憔悴しきっていた。彼は部屋に入るなり怒鳴り散らした。
「アイリス!貴様、国を転覆させる気か!これは反逆だぞ!」
私は椅子に座ったまま冷ややかに彼を見つめた。
「いいえ殿下。これは反逆ではありません。ビジネスです」
私は一枚の羊皮紙を彼の前に滑らせる。
「先日殿下は我がベルク商会に総資産の七割を税として納めるようお命じになりましたね。ご命令通り納税の準備は整いました。私が市場に介入を始めてから王国の主要資産の市場価値は正確に七割下落しました。これで帳尻は合いますでしょう?」
「なっ……」
アルベルトは言葉を失いその場でへたり込んだ。彼は生まれて初めて本当の意味での恐怖を味わっていた。剣でも魔法でもない。ただ無慈悲な『数字』という名の暴力に彼の国もプライドもすべてが粉々に打ち砕かれたのだ。
「貴様は……悪魔か……」
「いいえ殿下。私は悪魔ではありません。ただの商人です。そしてあなたは、その商人を敵に回すという最も基本的なリスク計算を怠った。ただそれだけのことです」
私は立ち上がると窓の外に広がる活気に満ちた我が領地を見下ろした。
「さて殿下。戦争は終わりです。ここからは交渉の時間といたしましょうか」
私の声は勝者の絶対的な響きを持っていた。
アルベルトはもはや私の提案をただ黙って受け入れるしか道は残されていなかった。
「……あの愚か者めが。軍を出すぞアイリス。奴らがその気ならこちらは血で応えるまでだ」
彼の黒い瞳が辺境伯としての戦士としての獰猛な光を宿す。だが私は静かに首を横に振った。
「いえジアン。武力衝突は最悪の選択です。我々の兵士にもそして王国側の兵士にも無用な死者が出ます。それは最も非効率で最も避けなければならない損失です」
「ではどうする!黙って資産の七割を差し出せとでも言うのか!」
「いいえ。戦争はします。ですが剣と槍による野蛮なものではありません。私の戦場で私のやり方で、殿下には『本当の恐怖』を味わっていただきます」
私はこの二年間で描き上げた大陸全土の経済地図を彼の前に広げた。
「私たちは今、大陸における穀物と鉄、その二つの流通を事実上支配しています。これを使います。王国の経済を根元から完全に破壊するのです」
私の声はいつもと同じ何の感情も乗らない平坦なものだった。だがその言葉を聞いたジアンは怒りとは別の理由でごくりと喉を鳴らした。
私達の反撃はその三日後から始まった。
第一の矢は穀物市場へ放たれた。
王国の主要な外貨獲得手段は南方の温暖な気候で育つ良質な小麦の輸出だった。私はベルク商会の巨大な輸送網を使い大陸中の港に、他国から買い付けた小麦を王国の市場価格より二割も安い値段で大量に放出した。
市場は一瞬でパニックに陥った。王国の小麦は買い手を失い、港には出荷されないままの穀物が山と積まれ腐敗していった。王国の商船は空の船倉を抱えたまま港で立ち往生するしかなかった。
第二の矢は鉄鋼市場。
王国の武具生産を支えるのは国内の鉱山から産出される鉄鉱石だ。私はドワーフ王国との独占契約を結び、彼らの持つ最新の精錬技術をベルク商会が独占した。そして王国の商人たちが買い付けるよりもわずかに高い値段で、国内の鉄鉱石を全て買い占めた。
結果、王国の鍛冶師たちの元へ鉄は一欠片も届かなくなった。武器も農具も何も作れない。ただベルク商会だけがドワーフの技術で精錬された世にも美しい「ベルク鋼」を、高値で他国へ売りさばいていく。
王都の王宮は混乱の極みにあった。
「報告します!南方の穀物市場が暴落!我が国の小麦に一人の買い手もつきません!」
「西方の諸侯がベルク鋼の輸入を決定!我が国の鉄製品はもはや誰も見向きもしません!」
「陛下!国庫が……国庫が底をつきます!」
大臣たちの悲鳴が玉座の間に木霊する。王太子アルベルトは青ざめた顔でただ震えていた。
「なぜだ……なぜこんなことに……」
彼の隣で新しい婚約者のメリッサが「きっと民の祈りが足りないのですわ……」などと現実から目を背けた愚かなことしか言えない。
アルベルトはようやく気づき始めていた。この目に見えない経済の崩壊が天災などではない、明確な敵意を持った誰かの手によるものであることを。そしてその誰かがかつて自分が「石ころでも数えていろ」と嘲笑い辺境に追いやった一人の女であるという信じたくない事実に。
完全に経済的退路を断たれた王太子は屈辱に顔を歪ませながら、ベルク領へ会談を申し込むしかなかった。
会談の場所はベルク領の新しい庁舎その最上階にある私の執務室だった。
数年ぶりに見るアルベルトはかつての自信に満ちた輝きを失い憔悴しきっていた。彼は部屋に入るなり怒鳴り散らした。
「アイリス!貴様、国を転覆させる気か!これは反逆だぞ!」
私は椅子に座ったまま冷ややかに彼を見つめた。
「いいえ殿下。これは反逆ではありません。ビジネスです」
私は一枚の羊皮紙を彼の前に滑らせる。
「先日殿下は我がベルク商会に総資産の七割を税として納めるようお命じになりましたね。ご命令通り納税の準備は整いました。私が市場に介入を始めてから王国の主要資産の市場価値は正確に七割下落しました。これで帳尻は合いますでしょう?」
「なっ……」
アルベルトは言葉を失いその場でへたり込んだ。彼は生まれて初めて本当の意味での恐怖を味わっていた。剣でも魔法でもない。ただ無慈悲な『数字』という名の暴力に彼の国もプライドもすべてが粉々に打ち砕かれたのだ。
「貴様は……悪魔か……」
「いいえ殿下。私は悪魔ではありません。ただの商人です。そしてあなたは、その商人を敵に回すという最も基本的なリスク計算を怠った。ただそれだけのことです」
私は立ち上がると窓の外に広がる活気に満ちた我が領地を見下ろした。
「さて殿下。戦争は終わりです。ここからは交渉の時間といたしましょうか」
私の声は勝者の絶対的な響きを持っていた。
アルベルトはもはや私の提案をただ黙って受け入れるしか道は残されていなかった。
46
あなたにおすすめの小説
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました
黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。
古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。
一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。
追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。
愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
『冷酷な悪役令嬢』と婚約破棄されましたが、追放先の辺境で領地経営を始めたら、いつの間にか伝説の女領主になっていました。
黒崎隼人
ファンタジー
「君のような冷たい女とは、もう一緒にいられない」
政略結婚した王太子に、そう告げられ一方的に離婚された悪役令嬢クラリス。聖女を新たな妃に迎えたいがための、理不尽な追放劇だった。
だが、彼女は涙ひとつ見せない。その胸に宿るのは、屈辱と、そして確固たる決意。
「結構ですわ。ならば見せてあげましょう。あなた方が捨てた女の、本当の価値を」
追放された先は、父亡き後の荒れ果てた辺境領地。腐敗した役人、飢える民、乾いた大地。絶望的な状況から、彼女の真の物語は始まる。
経営学、剣術、リーダーシップ――完璧すぎると疎まれたその才能のすべてを武器に、クラリスは民のため、己の誇りのために立ち上がる。
これは、悪役令嬢の汚名を着せられた一人の女性が、自らの手で運命を切り拓き、やがて伝説の“改革者”と呼ばれるまでの、華麗なる逆転の物語。
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる!
前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。
「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。
一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……?
これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!
【完結】なんで、あなたが王様になろうとしているのです?そんな方とはこっちから婚約破棄です。
西東友一
恋愛
現国王である私のお父様が病に伏せられました。
「はっはっはっ。いよいよ俺の出番だな。みなさま、心配なさるなっ!! ヴィクトリアと婚約関係にある、俺に任せろっ!!」
わたくしと婚約関係にあった貴族のネロ。
「婚約破棄ですわ」
「なっ!?」
「はぁ・・・っ」
わたくしの言いたいことが全くわからないようですね。
では、順を追ってご説明致しましょうか。
★★★
1万字をわずかに切るぐらいの量です。
R3.10.9に完結予定です。
ヴィクトリア女王やエリザベス女王とか好きです。
そして、主夫が大好きです!!
婚約破棄ざまぁの発展系かもしれませんし、後退系かもしれません。
婚約破棄の王道が好きな方は「箸休め」にお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる