あまく、とろけて、開くオメガ

藍沢真啓/庚あき

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重なる想い *

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 荒々しい椿の運転でマンションへと戻ると、またも憂璃は椿に縦抱きされながら椿の寝室へと連れて行かれる。
 ポフン、と憂璃を仰向けに寝かせ、椿が覆いかぶさるようにして乗り上げてきた。

「つ……椿さん」
「憂璃、俺のことをどう思っている?」

 唐突に切り出された質問に、憂璃はどう言ったらいいのか分からずに、言葉が喉に詰まったまま何も言えない。

 三年前に、母と暮らしていたアパートに乗り込んできた椿。最初は怖いと思っていたのに、彼から香る優しい匂いと、当時は商品だからそうしていると思っていたけど、憂璃を大切に扱ってくれる部分とか。
 大人だった椿を子供だった憂璃が惹かれないはずがなかった。

 だけど自分はいつか誰かの元へと行くのだから、この恋を箱に閉じ込めて誰にも知られないようにと、何度も自分に言い聞かせていた。でも椿が自分にとても優しいから、もしかして自分も? と下手に期待ばかりして、余計に思いをこじらせた。

 そんな中で始まってしまった初めての発情期。
 多忙な椿が憂璃の誕生日を祝ってくれて、しかも見ただけで高いと分かるネックプロテクターまでプレゼントをしてくれ、とても幸せな気分でその日が終わろうとしていたのに、自分の胸の中に落ちた小さな疑惑の雫が心をざわつかせた。

 番のいないオメガは、判定の書類が郵送され、その中にはオメガの基本的な生態が記されたパンフレットだけでなく、シンプルで無骨なチョーカー型のネックプロテクターも同封される。
 憂璃も中学に入ってすぐに学校で受けたバース診断でオメガと判定され、その時に首輪のようなプロテクターが送られてきた。
 母は新しいのを買える余裕がないから、ひとまずそれを装着しなさい、と言って、灰色のプロテクターを着けてくれたのだ。
 正直、それまでずっと自由だった身が、プロテクターを着けることによって色々制限されたように思える。
 しばらく違和感しかなくて、首元をまとわりつく革の感覚が嫌だったけど、オメガであることを受け入れる内に微かな嫌悪感だけを残して諦めたのだった。

 椿がプレゼントしてくれた高価なプロテクター。これは憂璃が他の見知らぬアルファと勝手に番わないように管理するための物なんじゃないか、と。穿った気持ちが芽生える。
 純粋に憂璃の誕生を祝ってくれたと願う気持ちと。
 本当に憂璃の性管理を目的としているのではという疑う気持ちと。
 全てがごちゃまぜになって、それが起爆となって憂璃に発情期がやってきたのである。

 一度発情すると抑制剤の効果が薄れる。
 そう、凛から聞いてたけども、憂璃はこれ以上椿に迷惑をかけたくなくて、蕩けそうになる頭で必死に椿から離れて抑制剤の場所を思い出そうとする。
 新しいプロテクターは首にあるけども、椿に商品に手を出させる真似をさせてはいけない。
 這うはうの体で椿から距離を取ろうとするも、なぜか椿が自分の名を叫び近寄ってくる。
 だめ、来ないで。拒絶の言葉で引き離そうとするけど、その前に意識が途絶えてしまい、次に目が覚めた時には、初めて入った椿の寝室のベッドで寝ていた。

 それからは憂璃の寝起きは椿の寝室となった。
 まだ発情期が安定していないのに、もしそうなれば憂璃の近くにいる椿がラットになって間違いが起こる可能性だってあるのに。
 椿は毎夜憂璃を抱え込むようにしてだきしめて眠る。
 仄かに香る椿の:匂い(フェロモン)が優しくて、自分から離れる気持ちは薄れていった。

 今回、久志に拉致されて襲われそうになった時に、はっきりと自覚した。

 もう絶対に椿から離れたくない。
 母が自分を売った時のお金は一生涯かけて返済するから、ずっと傍に置いて欲しいと。
 あなたが好きだから。番にならなくてもいいから、迷惑かけないようにするから。
 だから……僕を捨てないで……

「……椿さんが……好き。お願いだから、僕を誰かに売らないで……」
「……え?」

 憂璃の告白に、椿の体がピシリと固まる。

「ちょっと待て。誰が誰を売るって……?」
「ひ……っく、だ、だって、椿さん、うく、ガリガリで売れない、から、それまで、ぃっく、俺がやしなうから、ってぇっ」

 口を開いた途端喉が引きつり、目からはボロボロと涙が溢れて止まらない。
 椿を困らせてしまうから泣き止まないと、と思うのに、涙は次から次へと流れていく。

「椿さ……好きなの……ぅくっ、おねが……い、だから、ひ、んっ、僕を、すてない……でよぉ」
「憂璃……」

 ひっくひっくとしゃくり上げながら訴え続ける憂璃を、椿は呆然と見下ろす。
 なんなんだ、この可愛い生き物は。
 昔から可愛いと、愛おいしいと思っていたが、烟る睫毛は涙の雨雫に濡れ、赤い瞳は苺の飴のように舐めたら甘そうだ。
 普段は白い肌も赤く色づき匂い立つ。ほんのり食紅を混ぜた砂糖菓子のように。

 椿はこれまでさまざまなバース性の人間と体だけの付き合いをしてきた。
 それは自分からフェロモンが出ないため、なにかあっても相手側に責任をなすりつけることができるから。
 情なんてひとつもなく、ただひたすらに肉と肉を擦り合わせ快感だけを求めて。
 大金を見せつければ、あっさりと関係を断つことのできる薄っぺらいもの。
 自分には一生愛する人はできない、と椿は『後天性フェロモン異常症』と病院で診断された時に全てを諦めた。両親も友人も、椿の爛れた性生活を知っても何もいうことはしなかった。
 どうせ自分には心を動かされる存在など一生現れない。だから孤独に生きて孤独に死のうと思っていたのに。
 憂璃が……運命の番が椿の前に現れたのだ。

 椿はひくひくと喉を震わせる憂璃のまなじりに唇を落とし、溢れ続ける涙を音を立てて吸う。しょっぱくて甘くて、病みつきになる。
 だけど、憂璃には笑って欲しい。翳りのある椿を引き止める明るい:光(きぼう)。

「捨てるなんてするわけないだろう? そもそも玉霞会は人身売買をしていない。母親に捨てられたお前を、幸せにしてくれそうな養親を探してはいたがな、俺がもうお前を離す気にはなれなくなった」
「……ひ、っく」
「好きだ。愛してる、憂璃。俺の……玉之浦椿の番になってくれるか?」

 こめかみに口づけを落とし、椿は涙に濡れた憂璃の瞳をまっすぐに見つめながら本心を告白する。
 憂璃は瞠目し、驚きで動きどころか呼吸まで止めてしまった。

 まさか、椿の口から自分に対して愛を囁いてくれるとは。
 これは夢じゃないのか。
 自分は本当は、母に捨てられて、あのアパートでひとり寂しく死にかけていて、これはその幻想のひとつで、こんな幸せな夢を見ているのではないか。

「憂璃?」
「つばき、さ……僕の、ほっぺ、つねってくれません……か?」
「は?」
「だって、これが、現実なのか夢、なのか、はっきりしない……」

 憂璃の願いに「馬鹿だな」と甘やかな笑みを見せ、つねる代わりに深い口づけが憂璃を襲った。

「ふっ……ん、う、……んん……ぅ」

 ぬるりと舌が憂璃の口腔に入り込み、我が物顔で動き回っては憂璃を翻弄する。
 どうしたらいいのか分からず、ちょん、と椿の舌先を自分の舌先で突く。すると、椿の肉厚で熱い舌が蛇のように絡んできて、扱いたり、吸ったり、噛んだり、と高度なテクニックで憂璃はすっかり蕩けてしまっていた。

 ちゅぷ、と濡れた音が聞こえるものの、憂璃は椿の舌戯に骨抜きにされ、くったりとベッドの上に四肢を投げ出す。
 はふはふと息を喘がせ、トロリと溶けた赤い瞳が椿を捉えると、ふんにゃりと芯のない笑みがこぼれ落ちた。

「ゆ……め、じゃ……な、い」
「現実だ。俺が憂璃を愛して、キスしたのは夢じゃないからな。ちゃんと、お前は俺の番になるんだ」
「う……ん、うれし……」

 全幅の信頼を表現するような、砕けて安心しきった憂璃の笑み。
 まるで、ずっと固く閉ざしていた蕾が、三年経った今、蕩けたように花を開かせた。
 甘く、楚々とした百合の花の香りを放つ、可憐で可愛く、そして強い花。
 自分だけの唯一の花だ、と椿は再び色濃くなった唇へと自身のそれを重ねた。


 ぴちゃぴちゃと憂璃の下半身から濡れた水音が寝室に響く。

「んっ……ゃぁ……っ、つばきさ……も、イッ……ちゃ」

 小ぶりな憂璃の芯から口を離すと、蜜と唾液の混じった糸が椿の唇に艶を与える。
 顔中にキスをして、花の匂いを漂わせる首筋を辿り、浮いた鎖骨を甘噛みし、胸を飾る桜色の粒を赤くなるまで可愛がり、今ではすっかりピンと勃ち上がりフルフルと震えている。
 筋肉の薄い腹を執拗に舐め、甘い肌を味わい、しなやかで細い足を指先まで唇を落として、小さな桜貝を乗せた指を一本ずつ舐めしゃぶり、期待に屹立した芯の先端にある溝を舌先でほじくり、茎を口と手で強い刺激を与えないよう柔く扱いた。
 すっかりトロトロに蕩けた憂璃は、息も絶えだえに喘ぎを漏らす。その度にふわりふわりと百合の香りをプロテクターを隔てて漂わせていた。

「いいぞ、イけ」
「ふぁっ、も、だめ……イクぅ……あっ、あ、あぁぁーっ!」

 そう命令し、椿はこれまでのもどかしい口淫が嘘のように、射精を目的としたように茎を吸引する。
 初めてのヒートからずっと色々あったために、抑制剤で抑え込まれて自慰すらしなかった憂璃の屹立は、椿が与える刺激にあっさりと降参し、彼の口の中にピュクリと白蜜を解き放った。

 全力疾走したように心臓が跳ね、乱れた呼吸で胸が慌ただしく上下する。初めての吐瀉は、想像以上にキツイ。
 はあはあと乱れた息を整えながら、憂璃は涙で潤む目を椿へと向ける。
 起き上がった椿は緩めたネクタイのノットに指を入れシュルリと外し、ワイシャツのボタンをひとつずつ外しているのが見える。
 少しずつ顕になる男らしい上半身がシャツの間からチラリチラリと姿を現し、憂璃は思わずコクリと息を飲み込んだ。
 割れた腹筋、厚い胸、まるで彫刻像のように均等の取れた椿の肢体は、憂璃がこれまで会ったアルファの中でもアルファらしい逞しい体をしている。
 憂璃は先ほどとは違う胸のドキドキを感じながら、椿の裸身に見とれていた。

「どうした?」

 そう椿に問われ、憂璃は顔を更に赤くさせてフルフルと首を横に振る。
 椿の素肌を見たのが初めてで、そのあまりの美しさに惚けてしまったなんて言えない。

「あ、あぅ、あの、あの……」

 しどろもどろに焦る憂璃に愛おしさがこみ上げてくる。普段はとてもしっかりした子だが、椿の前ではこんな風に少し幼くなるのが可愛いとさえ思う。
 きっとこの吃っているのも、椿に見とれているのを言いたくないのだな、と気づいてた。
 あれだけの熱視線を受けて気づかない程鈍感ではないのだ。

「あぁ、いい。お前の言いたいことは大体分かったから」
「ふへ?」
「お前の可愛い姿は、俺以外に見せるな、って話だ」
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