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38 公爵夫人の秘密
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「……」
フレイアのダンスは言葉にならないくらい酷かった。
(…………よくあれで踊りたいとか言えたな)
しかしフレイアはそんなこと気にしていないのか、私を見てニコニコと笑っている。
「レオン様!とっても楽しかったですね!」
「……」
周りの貴族たちはずっとヒソヒソと話している。
フレイアは貴族令嬢たちが自分を嘲笑していることにも気付いていないようだ。
先ほどまで彼女のことを頬を赤く染めて見つめていた男たちも、彼女のダンスを見て完全に引いた顔をしていた。
「陛下、どうぞこちらを」
「……ああ」
私は給仕係が運んできたワインを手に取り、彼女から離れてそのまま会場の隅へと向かった。
「あっ、えっ、ちょっとどこ行くんですか」
後ろからフレイアの困惑する声が聞こえた。
「少し休んでくる」
「……」
フレイアはむうと不満そうな顔をしていたが無理に引き止めては来なかった。
私がどこに行こうと彼女にとってはどうだっていいのだろう。
「……ふぅ」
私は会場の隅に行き、壁にもたれかかった。
私と踊りたいのであろう令嬢たちが遠くから近付こうとしてくるが、そんな気分でも無かったため無視を決め込んだ。
私はグラスに顔を近付けて先ほど手に取ったワインの匂いを嗅いだ。
「……」
何だか変な香りがした。
何が入っているか分からないのでもちろん飲むつもりはない。
ふと会場の中央を見ると、先ほどまで私がいたところにレスタリア公子がいた。
彼はフレイアの手を取っている。
フレイアはというと、頬を染めてレスタリア公子を見上げていた。
やはりフレイアはレスタリア公子にゾッコンのようだ。
二人はそのまま踊り始める。
その瞬間、会場は再びザワザワし始める。
「悔しいけれど美しいですわね……」
「本当に美男美女ですわ……」
「フレイア嬢はダンスや礼儀作法は壊滅的だが、外見は本当に美しいからな」
「……」
フレイアはたしかに世間一般的に見れば物凄く美しい少女だろう。
しかし私にはそうは見えなかった。
彼女の笑顔も、泣き顔も、今となってはもう何とも思わない。
(……フランチェスカの方が――)
私は生前のフランチェスカを思い浮かべた。
彼女はサラサラとした銀髪に薄い青色の瞳をしていた。
それを周りの貴族たちはどこか華やかさに欠ける地味な女だと言った。
「……」
ウィルベルト王国では金髪碧眼が最も美しいとされている。
それが明るい色であればあるほど美しいとも言われていた。
フランチェスカの銀髪は珍しい色ではなかったが、銀髪に青色の瞳という組み合わせはかなり珍しかった。
この王国ではフランチェスカだけだろう。
(…………腹が立つな)
私はもちろん彼女を地味だと思ったことなどない。
むしろその流れるような美しい銀髪が好きだったし、私を視界に入れたときにだけキラキラと輝く瞳も好きだった。
私の瞳の色である青色とは全く違う青。
彼女は私の青を美しいと言ったが、私にとっては彼女の青色の方がよっぽど美しかった。
まるで雲一つない空を見ているかのような透き通った青。
その瞳を見るたびに自然と私の心まで晴れた。
(……私は彼女に最後までそれを伝えられなかったな)
フランチェスカは自分の外見が貴族に何て言われてるかを誰よりも知っていた。
私はそんな彼女に対して何もしてあげられなかった。
難しいことではなかったはずだ。
君の髪と瞳の色が好きだ、とただそう言えばよかったのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
私はワイングラスを持っていない方の手をグッと握りしめた。
(…………過去のことをいつまでも気にしていてはキリがない。前に進むと決めたんだ)
もし、次彼女に会ったら今度こそはそれを自分の口で伝えよう。
それだけじゃない。
彼女が生きている間一度も言葉に出来なかった愛してるを真っ先に言おう。
しっかりと、自分の口で伝えるんだ。
私がそう心に決めたそのとき、声をかけてきた人物がいた。
「――陛下、お久しぶりです」
「!」
どうやら考えるのに夢中で気付かなかったようだ。
一人の貴族が私のすぐ傍まで挨拶に来ていた。
(この男はたしか……)
「……モルガン伯爵か」
私に話しかけてきた男はモルガン伯爵家の当主だった。
レスタリア公爵家の派閥に入っているわけでもなく、かといって公爵家と敵対しているわけでもない、中立を貫いている男だ。
それでも何を考えているか分からない。
警戒するに越したことはないだろう。
私がじっと黙り込んでいるとモルガン伯爵は他愛もない話をし始める。
「……」
社交界でのモルガン伯爵の評判はわりと良い方だ。
家族を大切にしていて、穏やかな人柄だという。
「――それより陛下、先ほどの発言は本当に驚きました」
モルガン伯爵の話をじっと聞いていたとき、伯爵が突然そんなことを言い出した。
「発言……?」
私は一瞬、伯爵の言ったことの意味が分からなかった。
そんな私に伯爵は付け加えた。
「レスタリア公爵閣下に対しての発言ですよ。閣下に対して公爵夫人の話をするのは貴族たちの間ではタブーとなっているのです」
「…………そうだったのか?」
私はそのときようやく周りの貴族たちが焦ったような顔をしていた意味を理解した。
どうやらレスタリア公爵に公爵夫人の話をするのはタブー扱いされているらしい。
私はレスタリア公爵家に行ったことがなかったから知らなかったのだ。
「…………それは何故だ?」
気になった私は、思いきってモルガン伯爵に尋ねた。
モルガン伯爵は私よりかなり長く生きている。
もしかしたら私の知らない何かを知っているかもしれない。
しかし、私に尋ねられた伯爵は言いにくそうな顔をした。
「…………私も詳しくは分かりませんが、昔ある貴族がレスタリア公爵閣下に公爵夫人のことを尋ねたそうなのです。公爵夫人のことを聞かれた閣下はその貴族に対して絶対零度の視線を向け、和やかな雰囲気だった場が一瞬で凍り付いたそうです」
「……そんなことがあったのか?」
「ええ、その後その貴族はそれがトラウマになって社交界に出られなくなってしまったという話もあります」
「そう、だったのか……」
(……だから公爵夫人の話はタブーなのか)
おそらくその話は事実なのだろう。
私が尋ねたときも明らかに動揺しているようだったから。
普段冷静沈着なレスタリア公爵からは想像も出来ない姿だ。
しかしそう言われるとますます公爵夫人のことが気になってくる。
間違いなく何かある。
私の勘がそう言っていた。
(……探りを入れてみる価値はありそうだな)
フレイアのダンスは言葉にならないくらい酷かった。
(…………よくあれで踊りたいとか言えたな)
しかしフレイアはそんなこと気にしていないのか、私を見てニコニコと笑っている。
「レオン様!とっても楽しかったですね!」
「……」
周りの貴族たちはずっとヒソヒソと話している。
フレイアは貴族令嬢たちが自分を嘲笑していることにも気付いていないようだ。
先ほどまで彼女のことを頬を赤く染めて見つめていた男たちも、彼女のダンスを見て完全に引いた顔をしていた。
「陛下、どうぞこちらを」
「……ああ」
私は給仕係が運んできたワインを手に取り、彼女から離れてそのまま会場の隅へと向かった。
「あっ、えっ、ちょっとどこ行くんですか」
後ろからフレイアの困惑する声が聞こえた。
「少し休んでくる」
「……」
フレイアはむうと不満そうな顔をしていたが無理に引き止めては来なかった。
私がどこに行こうと彼女にとってはどうだっていいのだろう。
「……ふぅ」
私は会場の隅に行き、壁にもたれかかった。
私と踊りたいのであろう令嬢たちが遠くから近付こうとしてくるが、そんな気分でも無かったため無視を決め込んだ。
私はグラスに顔を近付けて先ほど手に取ったワインの匂いを嗅いだ。
「……」
何だか変な香りがした。
何が入っているか分からないのでもちろん飲むつもりはない。
ふと会場の中央を見ると、先ほどまで私がいたところにレスタリア公子がいた。
彼はフレイアの手を取っている。
フレイアはというと、頬を染めてレスタリア公子を見上げていた。
やはりフレイアはレスタリア公子にゾッコンのようだ。
二人はそのまま踊り始める。
その瞬間、会場は再びザワザワし始める。
「悔しいけれど美しいですわね……」
「本当に美男美女ですわ……」
「フレイア嬢はダンスや礼儀作法は壊滅的だが、外見は本当に美しいからな」
「……」
フレイアはたしかに世間一般的に見れば物凄く美しい少女だろう。
しかし私にはそうは見えなかった。
彼女の笑顔も、泣き顔も、今となってはもう何とも思わない。
(……フランチェスカの方が――)
私は生前のフランチェスカを思い浮かべた。
彼女はサラサラとした銀髪に薄い青色の瞳をしていた。
それを周りの貴族たちはどこか華やかさに欠ける地味な女だと言った。
「……」
ウィルベルト王国では金髪碧眼が最も美しいとされている。
それが明るい色であればあるほど美しいとも言われていた。
フランチェスカの銀髪は珍しい色ではなかったが、銀髪に青色の瞳という組み合わせはかなり珍しかった。
この王国ではフランチェスカだけだろう。
(…………腹が立つな)
私はもちろん彼女を地味だと思ったことなどない。
むしろその流れるような美しい銀髪が好きだったし、私を視界に入れたときにだけキラキラと輝く瞳も好きだった。
私の瞳の色である青色とは全く違う青。
彼女は私の青を美しいと言ったが、私にとっては彼女の青色の方がよっぽど美しかった。
まるで雲一つない空を見ているかのような透き通った青。
その瞳を見るたびに自然と私の心まで晴れた。
(……私は彼女に最後までそれを伝えられなかったな)
フランチェスカは自分の外見が貴族に何て言われてるかを誰よりも知っていた。
私はそんな彼女に対して何もしてあげられなかった。
難しいことではなかったはずだ。
君の髪と瞳の色が好きだ、とただそう言えばよかったのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
私はワイングラスを持っていない方の手をグッと握りしめた。
(…………過去のことをいつまでも気にしていてはキリがない。前に進むと決めたんだ)
もし、次彼女に会ったら今度こそはそれを自分の口で伝えよう。
それだけじゃない。
彼女が生きている間一度も言葉に出来なかった愛してるを真っ先に言おう。
しっかりと、自分の口で伝えるんだ。
私がそう心に決めたそのとき、声をかけてきた人物がいた。
「――陛下、お久しぶりです」
「!」
どうやら考えるのに夢中で気付かなかったようだ。
一人の貴族が私のすぐ傍まで挨拶に来ていた。
(この男はたしか……)
「……モルガン伯爵か」
私に話しかけてきた男はモルガン伯爵家の当主だった。
レスタリア公爵家の派閥に入っているわけでもなく、かといって公爵家と敵対しているわけでもない、中立を貫いている男だ。
それでも何を考えているか分からない。
警戒するに越したことはないだろう。
私がじっと黙り込んでいるとモルガン伯爵は他愛もない話をし始める。
「……」
社交界でのモルガン伯爵の評判はわりと良い方だ。
家族を大切にしていて、穏やかな人柄だという。
「――それより陛下、先ほどの発言は本当に驚きました」
モルガン伯爵の話をじっと聞いていたとき、伯爵が突然そんなことを言い出した。
「発言……?」
私は一瞬、伯爵の言ったことの意味が分からなかった。
そんな私に伯爵は付け加えた。
「レスタリア公爵閣下に対しての発言ですよ。閣下に対して公爵夫人の話をするのは貴族たちの間ではタブーとなっているのです」
「…………そうだったのか?」
私はそのときようやく周りの貴族たちが焦ったような顔をしていた意味を理解した。
どうやらレスタリア公爵に公爵夫人の話をするのはタブー扱いされているらしい。
私はレスタリア公爵家に行ったことがなかったから知らなかったのだ。
「…………それは何故だ?」
気になった私は、思いきってモルガン伯爵に尋ねた。
モルガン伯爵は私よりかなり長く生きている。
もしかしたら私の知らない何かを知っているかもしれない。
しかし、私に尋ねられた伯爵は言いにくそうな顔をした。
「…………私も詳しくは分かりませんが、昔ある貴族がレスタリア公爵閣下に公爵夫人のことを尋ねたそうなのです。公爵夫人のことを聞かれた閣下はその貴族に対して絶対零度の視線を向け、和やかな雰囲気だった場が一瞬で凍り付いたそうです」
「……そんなことがあったのか?」
「ええ、その後その貴族はそれがトラウマになって社交界に出られなくなってしまったという話もあります」
「そう、だったのか……」
(……だから公爵夫人の話はタブーなのか)
おそらくその話は事実なのだろう。
私が尋ねたときも明らかに動揺しているようだったから。
普段冷静沈着なレスタリア公爵からは想像も出来ない姿だ。
しかしそう言われるとますます公爵夫人のことが気になってくる。
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私の勘がそう言っていた。
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