婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子

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聞き捨てならない言葉

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放課後の校舎は閑散としていた。最上級生が卒業を間近に控えたこの時季は授業も少なくなり、登校してくる人数も限られているからだ。
卒業後、仕事や結婚で忙しくなる前に、友人たちとの最後の交流を楽しむ――現在はそんな期間だった。

クローネ・フランは足音を忍ばせながら、こっそりと一つの教室へ向かっていた。
今日は久しぶりに彼女の婚約者であるレアル・シュケルが登校してきたので、一緒に帰ろうと思ったのだ。
こっそりと近づいたのは、驚かせたかったから。ただ、それだけ。
ただそれだけだったのに――

「レアルは卒業したらすぐに婚約者と結婚するんだろー?」

教室内から聞こえてきたのは、レアルの友人であるペソの声だった。

「ああ。クローネは花の多い季節に結婚式を挙げたいと言っていたからな」
「へぇ~。クローネ嬢は意外と乙女チックなんだな」

レアルが答えると、もう一人の友人であるユーロも会話に加わる。
教室に入ろうとしていたクローネは、自分が話題となっていることに気まずさを覚え、ドアの前で立ち止まった。

「クローネ嬢って、華やかさよりも機能性とか合理性を好みそうなイメージだったけど」
「そうか?」
「ほら、いつもキリッとしてるからさ。背も高いし、あんまり装飾品とか付けてないから、女の子っぽい物が嫌いなのかと思ってたよ」
「いや、クローネは割と可愛い物が好きだぞ? 特に犬や猫みたいな小動物には目が無いくらいだ」

話題がなかなか変わらず、室内に入るに入れないクローネ。どうしようかと悩んでいるとようやく話が自分から逸れ始めた。

「小動物か~。俺、彼女にするなら子猫みたいな子がいいな! 小悪魔っていうの? ワガママに振り回されたい!」

ペソがそう言うとユーロが反論した。

「猫は気まぐれだから俺は嫌だな。子犬のような子の方がいい」
「はぁ~? 何だよお前、彼女を調教したいの? ヤバっ」
「アホか! 俺はただ、まっすぐに俺だけを愛してほしいんだよ! 一途な子が好きなんだ!」

ペソとユーロには婚約者も彼女もいないので、女性に対する痛々しい理想を語り始める。何だか聞いていて気の毒になってきた。クローネはますます出ていけなくなったので、このまま帰るかとドアに背を向けたその時――

「レアルはクローネ嬢のどういうところが好きなんだ?」

ペソの質問に、足を止めてしまった。
婚約者が思う自分の好きなところ。そんなの、聞きたいに決まっている。
クローネはワクワクした気持ちでレアルの言葉を待った。

「そうだな……強いて言うなら……男らしいところか?」
「「……男らしい???」」

ペソとユーロがぽかんとした顔をする。
クローネはその場で固まった。

「クローネは、騎士の家系だから剣術を嗜んでいるし、護身術も身に着けている。チンピラ程度では彼女に傷をつけることもできまい」
「「お、おう……」」
「筋トレも欠かさないし、最近腹筋が割れてきたと嬉しそうに報告された」
「「そ、そうか……」」
「身体強化の魔術も使えるし、彼女の叔父である第二騎士団長もクローネの腕力はゴリラ並みだと褒めていた」
「いや、さすがにちょっと待て!」
「お前、女の子に対してゴリラって! 失礼にもほどがあるぞ!」

ペソとユーロがレアルを責め立てる。
その時、バンッと勢いよく教室の扉が開いた。

「ク、クローネ?」

突然現れた婚約者に、レアルが戸惑う。
クローネはふるふると拳を震わせながら、涙目でギッとレアルを睨んだ。

「ゴリラで悪かったわね! どうせ私は女の子らしくないわよ! レアルなんてもう知らないっ!」

そう言い捨てると、一年前に贈られたレアルからの婚約指輪を指から引き抜き、勢いよく振りかぶって投げた。指輪はカイーンといい音を立て、見事にレアルの額にヒットする。

「うぐっ」

レアルが痛みにうめく間に、クローネは教室から走り去った。

「うわあああ! クローネ嬢に聞かれてたあああ!?」
「レ、レアルっ! お前、早く追いかけて謝れよ!」

ペソとユーロが取り乱す中、呆然と投げ捨てられた婚約指輪を見たレアルは、ぽつりと呟いた。

「え…? クローネは一体、何で怒ったんだ……?」

嘘だろ――と、ペソとユーロは頭を抱える。
こいつ、さっきの言葉を悪口だと認識していないのか。

「あ、あんなこと言われて傷つかないわけないだろ!」
「女の子相手に、男らしいだのゴリラだの!」
「褒めたのにどうして傷つくんだ?」
「「褒めてたの!?」」

ペソとユーロの叫びが、教室にむなしく響き渡った。

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