ダンジョンマスターはフェンリルくんとのスローライフをご希望です

ゆるり

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番外編

(アレックス)ゲームのような世界で

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 勇者アレックス。
 それがこの世界での俺の役割。

「ねぇ、アレックス。まだ時間があるし、ダンジョンに美味しいものをゲットしに行きましょう」

 リーエンに誘われて、にこやかに微笑み「そうだね」と頷く。

 俺は神殿に監視されている立場だけど、持っている能力を考えれば、正直そんな監視どうでもいいと言える程度のもの。それを甘んじて受け入れているのは、神殿がそれなりに俺の役に立つからだ。

 この世界で身寄りも何もない俺にとって、身分と生活が保障されているというのはありがたいことだ。神殿にいる神官たちは偉そうなくせにチョロいから、コツを掴めば笑顔で望みを押し通せるし。
 いい子ちゃんの仮面は役に立つ。神官たちは、俺が微笑みの裏でバカにしていることに、気づいてもいないだろう。

 性格悪いなぁ、と思うけど、誘拐されて本来の自分とは違う容姿・能力で生きなくてはならなくなった立場としては、これくらいのことは許されるはず。

「お前、すっかりダンジョンの飯にハマってんなぁ」
「それはドロンもそうでしょ」

 からかうドロンをリーエンが軽く睨む。相変わらず仲がいいんだか悪いんだかわからない二人だ。
 そんな二人のことは、結構気に入っている。ちょっと性格が悪い俺に気づかないまま、仲間だと慕ってくれているから。

 ダンジョンに向かう二人の後についていきながら、周囲を眺める。
 日本ではありえなかった光景だ。当たり前に武器を持ってるし、粗暴な雰囲気の者が多いし。まるでゲームの中のような、現実味のない世界。

 まぁ、ここが現実であることは、さすがにもう受け入れてる。
 ただゲームをしていただけだったのに、異世界に転移させられたことについては、カミサマとやらに言いたいことが山程あるけど。

 一生をこの世界で過ごさなくてはいけない。
 それは考える度に絶望をもたらし、長く俺を苛んでいた。でも、今は、まぁいいかと思うくらいになっている。

 そうなれた理由の一つは、このダンジョンだ。
 鳥居のような日本風の門を眺め、思わず微笑んでしまう。

 中世ヨーロッパのような世界で日本を感じられたことに、これほどの喜びが湧き上がるなんて、予想していなかった。でも、おかげで、どれだけ見た目が変わろうと、俺は日本人なんだと心から信じられた。

 その結果、揺らいでいた自分というものを思い出せた気がする。勇者アレックスではなく、ただのゲーム好きな男子高校生である藤堂歩夢とうどう あゆむという存在を。

 このダンジョンの中では死に戻りできるから死の恐怖を感じる必要はないし、本当にゲームで遊んでいるみたいな楽しさを味わえた。久しぶりに心から笑えた気がする。

 制限トラップでのあれこれは、本当に最高だった。
 馬鹿げていて、まったくもって意味がわからない状況が、楽しくてしかたなかった。

 あれを作ったダンジョンマスターとはぜひ握手をしたい。まぁ、勇者が会いたいなんて望んだら嫌がられそうだから、自重するけど。

 でも、機会があれば語り合いたいな。日本について、この世界に来た原因について、きっと似たような立場だからこそ話せることがたくさんあるはず。

 こんなに誰かと話したいと思ったのも久しぶりだ。
 現実味の薄い世界で、俺は周りの人をゲームのキャラクターのように認識していた部分があるんだと思う。日本にいた時ほど、誰かと関わりたいと思えなかったから。

 ……いや、日本でも、わりと俺の交友関係は狭かったかも? ゲーム関連で連絡をとっていた人はそれなりにいたけど、学校で仲がよかった人なんて一人だけだ。
 ふと懐かしい顔と名前を思い出す。

「流星、今頃なにしてるんだろうなぁ……」

 俺がこっちに来て数年は経っているから、そろそろ社会人になっているだろうか。あいつ、わりとテキトーなところあったけど、ちゃんと就職できてんのかな? 俺と一緒で、あまり交友関係が広くなかったけど、ちゃんと新しい友だちできたか?

 心の中で問いかけても、当然答えはなく、苦笑してしまう。
 親じゃないんだから、俺が心配することじゃないとわかってる。でも、なぜか気が合って長いことつるんでいた友だちだから、幸せになっていてほしいと思うのは当然だろう。

「アレックス、なんか言ったか?」

 ダンジョン内で戦いながら、チラッと心配そうな視線を向けてくるドロンに、微笑み「いや」と返す。
 リーエンも気遣わしげな視線を向けてきていたから、「大丈夫だよ。どんな美味しいものが手に入るかなって考えていただけ」と言葉を続けた。

 不思議と、ここに来てから心に余裕ができて、彼らの思いを素直に受け止められるようになった。
 だから、勇者としての事情も教えることができたのだ。

 密かに心配していた裏切りの気配は、今のところ微塵もない。そればかりか、二人は神殿への不信感が募った様子で俺を守ろうとしてくれるから、嬉しさと安堵を感じて、ホッと息をつけるようになった。

 それでようやく、俺はこの世界に来てからずっと緊張していたのだと気づいたのだが……まぁ、考えてみればそれは当然だろう。誘拐犯に囲われてのほほんとしていられるほど俺の精神は強くない。

「おっ、もう祈りの間に着いたぞ」

 美味しい日本食をゲットしてホクホクしながら進んだら、あっという間に目的地に着いた。
 ドロンとリーエンは制限トラップがトラウマになっているらしく、これより先に進むのは断固として拒絶されたのだ。楽しいのに。

 時間を見つけて一人で行ってみようかな、と思いながら祈りの間を眺める。
 たくさんの魔物、それも動物系の魔物の像があるここは、見ていてそれなりに楽しい。俺は動物好きってわけじゃないけど、日本にもいそうな魔物たちの姿は、ちょっと親近感がある。

「……流星だったら、ここの写真を撮りまくるんだろうな」

 今日はやけに友人の姿を思い出すなぁ、と考えて肩をすくめる。
 昔「もふもふ可愛いは正義!」と真剣な顔で語っていた友人の姿を脳裏に思い浮かべ、クスッと笑みがこぼれた。

 流星のお気に入りは猫だったけど、きっとこの狼っぽい魔物もカッコよくて気にいるはず。大きくて包容力がある見た目の大型犬を、キラキラした目で見ていたことがあったし。小動物系も好きだから、ウサギも可愛がるだろうな。

 見せてやりたいなぁ、と思いながら、さっさと引き返す二人の後を追う。
 視察団撤収の予定が近いけど、もうちょっとこの地でのんびりと過ごせるよう、神官たちを説得しようかな。あいつらチョロいし、きっとなんとかなるはず。

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