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事件
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乗り気でない明日見を無視して俺は早速椿家の話をする事にした。分厚い資料の束を机の上に置き、一つ一つ選んでいると明日見はまた嫌そうな顔をした。こいつ学校とか嫌いそうだし長話を聞くという行為が苦痛なタイプなのだろう。
「まずこの家は代々波乱万丈な歴史を辿ってきた訳だが、明日見グループの傘下に入ってもう五十年程になる。特に六代目当主が色々やらかしたのが大きな痛手だったな」
「……やらかした?」
「まず経営が下手クソだったのと、怪しい所から金を借りまくっていたこと、あと他の家の女と不倫したり色々だ」
「ええ!?椿家にもそういう人居たんだ……」
「まあ元々よっぽど酷かったのもあるが注意できる人間が誰も居なかったんだろうな。その後の代からは当主だけでなく妻や他の家族も経営に関わるようになったんだ」
「へー……うちとは全然違うね」
誇り高き椿家の歴史だが、決して順風満帆とは言えずやらかしては持ち直してを繰り返している。明日見の傘下に入らなければ今頃椿家は解体させられていただろう。俺の説明のおかげか、はたまたあまりに珍しい話だったからか明日見も段々興味を持ち始めたようだ。
「家では代々その時の功労者、つまり経営の発展に最も助力した者の名前が残されている。あ、写真もあるな」
「へー!歴代の社長とかじゃないんだ」
「……正直当主は大した実績が無いからな」
資料には功労者の写真と名前が並んでいる。功労者達の中に当主は殆どおらず、みんな当主の妻や夫ばかりである。俺が言える立場では無いが、こんなんでよく今まで潰れなかったなと思う。彼らは悪く言えば元々部外者であるのに皆椿家の為に尽力してくれたのだ。しばらくするとじっと資料を見ていた明日見が一つの写真を指差した。
「この人が一番最近の功労者なの?何か双樹くんと似てる気がする」
「ああ……それはそうだろうな、この人は俺の母上だ」
「え……」
資料の一番最後に載っている凛とした顔立ちの女性は椿[[rb:杏樹 > あんじゅ]]という名前である。彼女は傾いて危うかった経営をたった数年で立て直した実力者だと父上から聞いていた。その優れた手腕のせいかグループ全体にその名を轟かせていたらしく、伝記で見るような人間で本当に俺の母親なのか疑った程だ。
しかしこれで明日見も察しただろう。何度も椿家に来ていて今まで一度もこの顔を見たことないならば、つまりそういうことなのだと。
「……もしかして椿家が今ヤバいのってさ……」
「父上の経営が下手すぎるのか母上が凄すぎたのか、まあ俺には分からないが……俺が何とかしなければと思うのも納得だろ?」
父上は十分力を尽くしているが、それが報われているかと言えばそうではない。母上の代わりとまでいかなくてもどうにか手助けしたいというのも次期当主として当然だ。そして椿家の一員になるのはこういう試練が待っている。潰れかけの会社に入社するようなものだ。
「にしても、何故みんなこんなに椿家に尽くしていたのか謎だな……普通は見限るだろ」
「そりゃあみんな好きな人の力になりたいからでしょ」
「好きってだけでここまで出来るか?」
「俺なら出来ちゃうけど」
「……はあ、よく分からん」
俺にはずっと「好き」が分からない。生まれてからずっと家族しか見ていなくて他人にそれ程興味が無かった。俺自身、将来は決められた相手と結婚するだろうからそんな感情は別に必要無いと思っていた。結果この男と結婚する羽目になった訳だが……。
「双樹くんは誰かを好きになったこと無いでしょ」
「……フン、悪いかよ」
「いつか分かると思うよ、俺のこと好きになったらね!」
そう言って笑顔で手を握ってくる明日見の手を振り払い、切り替えて別の事を考えることにした。……手を握られた瞬間に妙な感覚になった気がするが、多分気のせいだろう。それにしても、このまま一緒に居て本当に俺の悩みは解決するのか?今のところ全然分かる気がしない。もしかしたら何かやり方が間違っているのかもしれないな、一度双葉に聞いてみるか。
「よし一旦休憩だ。俺はちょっと双葉を探してくるからお前はここで待ってろ。くれぐれも部屋の物には触るなよ!」
「えー何かやましいものでもあるの?」
「無いけどお前は余計な事をしそうだからダメだ!」
明日見に強く言いつけて俺は双葉を探した。さっきまで広間で勉強していたし、まだいるかもしれない。じゃあ……あれ、居ない。どこかに出かけているのだろうか。それなら必ず何か連絡してくるはずだ。不安になりながらひと通り家の中を探したが、やはり双葉はどこにも居なかった。
たまたま携帯の電源が切れていたとか、あらゆる可能性を考えて安心しようとしてもどこか妙な不安感が拭えない。どこかへ行くのに家族にも使用人の誰にも行き先を言わずに出て行くなんて……最悪の想像ができてしまった。
「今までこんなこと無かったのに……まさか、誘拐!?」
「何をブツブツ言ってんの?」
「うわっ!?いきなり話しかけるな、それに待ってろって言っただろ!」
「だって遅いからいつまで探してんのかと思って、俺まで探しに来ちゃったよ」
いつの間にか明日見が背後に立っていて過剰反応してしまった。しかし明日見も俺の顔を見て何か異常を察したのか、不思議そうに眉を顰めた。
「……双葉が家のどこにも居ないんだ。出かけるにも何も言わずに出て行ったからどこに行ったのか……」
「双葉ちゃんが?うーん……」
明日見は少し考えると何かを思い付いたように顔を上げた。
「もしかしたら、家族に知られたくない用事なんじゃない?」
「え?」
「会ったら双樹くんが怒りそうだなって思う人なら、双葉ちゃんでも多分言わないんじゃないかな」
明日見の想像している事はなんとなく分かる。しかしその可能性は自分の願望も含めて排除していたのだ。だってもしそうならば俺はショックでぶっ倒れるかもしれない。
「例えば~こっそりデーt」
「やめろやめろ!そんなの聞きたくない!!」
「うるさっ」
耳を塞ぎながら自分の声で明日見の言葉を掻き消した。どんな可能性だろうとまず双葉を見つけなければ安心できない。
「おい明日見!双葉を探しに行くぞ!」
「……てか普通にGPS見れば良くない?お互い分かるようになってるでしょ」
「あ」
あまりにも冷静でいられなかったせいで完全に忘れていた。急いでGPSを見ると双葉はそう遠くはない場所に居るようだった。良かった……もし誘拐されてたらどうしようかと……いや待てよ。胸を撫で下ろしたが、マップを見てあることに気が付いた。
「なーんだすぐ分かったじゃん。こんなの放っておいたって大丈夫だよ」
「いや……良くない。この場所は確か平塚の家があるはずだ」
安心したのも束の間、今度は別の不安が湧き上がってきた。もし平塚が俺でなく双葉に目をつけて何か悪巧みをしているなら、双葉に危害を加えるかもしれない。そんなの絶対に危ない。
「やっぱり双葉の所に行くぞ。お前も一緒に来い」
「まずこの家は代々波乱万丈な歴史を辿ってきた訳だが、明日見グループの傘下に入ってもう五十年程になる。特に六代目当主が色々やらかしたのが大きな痛手だったな」
「……やらかした?」
「まず経営が下手クソだったのと、怪しい所から金を借りまくっていたこと、あと他の家の女と不倫したり色々だ」
「ええ!?椿家にもそういう人居たんだ……」
「まあ元々よっぽど酷かったのもあるが注意できる人間が誰も居なかったんだろうな。その後の代からは当主だけでなく妻や他の家族も経営に関わるようになったんだ」
「へー……うちとは全然違うね」
誇り高き椿家の歴史だが、決して順風満帆とは言えずやらかしては持ち直してを繰り返している。明日見の傘下に入らなければ今頃椿家は解体させられていただろう。俺の説明のおかげか、はたまたあまりに珍しい話だったからか明日見も段々興味を持ち始めたようだ。
「家では代々その時の功労者、つまり経営の発展に最も助力した者の名前が残されている。あ、写真もあるな」
「へー!歴代の社長とかじゃないんだ」
「……正直当主は大した実績が無いからな」
資料には功労者の写真と名前が並んでいる。功労者達の中に当主は殆どおらず、みんな当主の妻や夫ばかりである。俺が言える立場では無いが、こんなんでよく今まで潰れなかったなと思う。彼らは悪く言えば元々部外者であるのに皆椿家の為に尽力してくれたのだ。しばらくするとじっと資料を見ていた明日見が一つの写真を指差した。
「この人が一番最近の功労者なの?何か双樹くんと似てる気がする」
「ああ……それはそうだろうな、この人は俺の母上だ」
「え……」
資料の一番最後に載っている凛とした顔立ちの女性は椿[[rb:杏樹 > あんじゅ]]という名前である。彼女は傾いて危うかった経営をたった数年で立て直した実力者だと父上から聞いていた。その優れた手腕のせいかグループ全体にその名を轟かせていたらしく、伝記で見るような人間で本当に俺の母親なのか疑った程だ。
しかしこれで明日見も察しただろう。何度も椿家に来ていて今まで一度もこの顔を見たことないならば、つまりそういうことなのだと。
「……もしかして椿家が今ヤバいのってさ……」
「父上の経営が下手すぎるのか母上が凄すぎたのか、まあ俺には分からないが……俺が何とかしなければと思うのも納得だろ?」
父上は十分力を尽くしているが、それが報われているかと言えばそうではない。母上の代わりとまでいかなくてもどうにか手助けしたいというのも次期当主として当然だ。そして椿家の一員になるのはこういう試練が待っている。潰れかけの会社に入社するようなものだ。
「にしても、何故みんなこんなに椿家に尽くしていたのか謎だな……普通は見限るだろ」
「そりゃあみんな好きな人の力になりたいからでしょ」
「好きってだけでここまで出来るか?」
「俺なら出来ちゃうけど」
「……はあ、よく分からん」
俺にはずっと「好き」が分からない。生まれてからずっと家族しか見ていなくて他人にそれ程興味が無かった。俺自身、将来は決められた相手と結婚するだろうからそんな感情は別に必要無いと思っていた。結果この男と結婚する羽目になった訳だが……。
「双樹くんは誰かを好きになったこと無いでしょ」
「……フン、悪いかよ」
「いつか分かると思うよ、俺のこと好きになったらね!」
そう言って笑顔で手を握ってくる明日見の手を振り払い、切り替えて別の事を考えることにした。……手を握られた瞬間に妙な感覚になった気がするが、多分気のせいだろう。それにしても、このまま一緒に居て本当に俺の悩みは解決するのか?今のところ全然分かる気がしない。もしかしたら何かやり方が間違っているのかもしれないな、一度双葉に聞いてみるか。
「よし一旦休憩だ。俺はちょっと双葉を探してくるからお前はここで待ってろ。くれぐれも部屋の物には触るなよ!」
「えー何かやましいものでもあるの?」
「無いけどお前は余計な事をしそうだからダメだ!」
明日見に強く言いつけて俺は双葉を探した。さっきまで広間で勉強していたし、まだいるかもしれない。じゃあ……あれ、居ない。どこかに出かけているのだろうか。それなら必ず何か連絡してくるはずだ。不安になりながらひと通り家の中を探したが、やはり双葉はどこにも居なかった。
たまたま携帯の電源が切れていたとか、あらゆる可能性を考えて安心しようとしてもどこか妙な不安感が拭えない。どこかへ行くのに家族にも使用人の誰にも行き先を言わずに出て行くなんて……最悪の想像ができてしまった。
「今までこんなこと無かったのに……まさか、誘拐!?」
「何をブツブツ言ってんの?」
「うわっ!?いきなり話しかけるな、それに待ってろって言っただろ!」
「だって遅いからいつまで探してんのかと思って、俺まで探しに来ちゃったよ」
いつの間にか明日見が背後に立っていて過剰反応してしまった。しかし明日見も俺の顔を見て何か異常を察したのか、不思議そうに眉を顰めた。
「……双葉が家のどこにも居ないんだ。出かけるにも何も言わずに出て行ったからどこに行ったのか……」
「双葉ちゃんが?うーん……」
明日見は少し考えると何かを思い付いたように顔を上げた。
「もしかしたら、家族に知られたくない用事なんじゃない?」
「え?」
「会ったら双樹くんが怒りそうだなって思う人なら、双葉ちゃんでも多分言わないんじゃないかな」
明日見の想像している事はなんとなく分かる。しかしその可能性は自分の願望も含めて排除していたのだ。だってもしそうならば俺はショックでぶっ倒れるかもしれない。
「例えば~こっそりデーt」
「やめろやめろ!そんなの聞きたくない!!」
「うるさっ」
耳を塞ぎながら自分の声で明日見の言葉を掻き消した。どんな可能性だろうとまず双葉を見つけなければ安心できない。
「おい明日見!双葉を探しに行くぞ!」
「……てか普通にGPS見れば良くない?お互い分かるようになってるでしょ」
「あ」
あまりにも冷静でいられなかったせいで完全に忘れていた。急いでGPSを見ると双葉はそう遠くはない場所に居るようだった。良かった……もし誘拐されてたらどうしようかと……いや待てよ。胸を撫で下ろしたが、マップを見てあることに気が付いた。
「なーんだすぐ分かったじゃん。こんなの放っておいたって大丈夫だよ」
「いや……良くない。この場所は確か平塚の家があるはずだ」
安心したのも束の間、今度は別の不安が湧き上がってきた。もし平塚が俺でなく双葉に目をつけて何か悪巧みをしているなら、双葉に危害を加えるかもしれない。そんなの絶対に危ない。
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