完璧な計画

しづ未

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事件

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 平塚の家には数回だけ来た事があるが、何と言うか、全体的に居心地が悪いと感じた記憶がある。庭には煌びやかな像が飾られており、歩く人達も皆、自分達は選ばれた人間だとでも言うように自信あり気な顔をしている。それは今でも変わっていなかった。

「この権力を誇示しているような感じ……何か凄く嫌だ!」
「まあ実際ここの家は成り上がってるしねー」

 強行突破してやろうと入り口に向かうと、扉の前には見覚えのある顔の男が立っていた。なるほど、どうやらここを通すつもりは無いようだ。

「あ、お前!俺に媚薬入りの酒渡してきた奴!」

 あのパーティーの日、明日見家の給仕だと嘘をついて酒を渡してきた男だと思い出した。こいつ……恐らく平塚律綺の執事あたりなのだろう。

「おい、双葉が中に居るんだろ。ここを通せ」
「律綺様に通すなと言われておりますので」
「まさか危害を加えたりしてないだろうな!」
「律綺様に通すなと言われておりますので」

 鋭く睨みつけても男は一切表情を崩さず定型文を繰り返すばかりだ。しかし、このまま無視して入ろうとしても体格差的にすぐに追い返されてしまうだろう。

「……じゃあこいつが居るなら構わないよな?」
「え……?あ、り、麟太郎様……!」
「こんにちは。通してもらっても良い?」

 後ろに居た明日見が顔を出すと、男はあからさまに困った顔をした。平塚の奴なら確実に明日見に会いたがるだろう。その為にこいつも連れてきたのだ。どうせ俺が行くよりも話が早そうだしな。明日見はにこっと嘘くさい笑顔を浮かべた。

「う……でも……」
「心配ならさ、君も着いてくれば?俺たちをまとめて監視するって程でさ。それなら君も怒られないでしょ」
「えっと……」

 オロオロする男を横目に明日見は有無を言わさず中に入って行った。悔しいがやはりこいつが居れば話が早く進む。こんな男放っておいて早く双葉の元に行かなければ!
 足早に進んで行く明日見に離れまいと必死に着いて行った。クソッ、無駄に長い足しやがって……こっちは小走りしてるってのに。後ろからは不安そうな執事の男も着いて来ていた。客間の前まで来ると、中からは複数の話し声が聞こえてきた。

「まさかここに居るのか!?よしすぐに突っ込もう」
「ちょっと待って。一旦外から聞いてみようよ、入って騒がれる前にさ」

 今にも突撃する寸前の俺を制止して、明日見はドアに耳をくっつけた。そんな悠長なことを言ってる場合では無いのだが、まずは平塚の目的を探れという事だろうか。沸騰した心を落ち着けて、俺も聞き耳を立てた。

「……だから、これは双方にとってメリットなんだよ?君は平塚家のステータスが付くし、僕は椿家に入り込める。そして麟太郎様の目を覚まさせてやるんだよ」
「麟太郎さんはお兄ちゃんとラブラブなの!二人の間に入るなんてダメだよ!」
「はあ、君の目は節穴なの?麟太郎様は騙されてるんだよ。だって君の兄は麟太郎様の事好きじゃないんだから」

 ……何だこの会話?声色からして平塚と双葉が何か言い争いをしているのが分かる。しかし会話の内容が意味不明だ。双葉が何かとんでもない発言をしているのが聞こえたが気のせいだとしておこう。問題は平塚の方だ。奴は双葉に何かを持ち掛けているような言い方だ。

「何の話をしてるんだ……?」

 小声で疑問を漏らすと、隣で聞き耳を立てる明日見が神妙な顔をした。

「これ、彼が双葉ちゃんに婚約を持ち掛けてるように聞こえるんだけど……」

 と明日見が言いかけた次の瞬間には俺の体は勢いよく扉を開けていた。言葉を理解するより先にうっかり手が動いてしまったが、もう止まる事は出来なかった。

「俺は絶対に認めないぞ!!!!」

「お兄ちゃん!?」
「げぇっ椿双樹!?何でここまで来てるんだよ!」
「双葉は絶対に渡さないからな!」

 双葉と平塚が机を挟んで向かい合っているところに割って入って行った。許せん、双葉と直接交渉して結婚しようなどと。というかこいつは明日見が好きなんじゃないのか?

「おい松嶋、僕は通すなって言ったよな。何で……はっ、麟太郎様!?」
「執事くんは俺達の監視ってことで、お咎めなしで良いよね?」

 後から入ってきた明日見の後ろで申し訳無さそうにしている執事もひょっこり顔を出した。さっきまでの威圧感はまるで無く、チワワのように縮こまっている。

「そ、それはもちろん!あの、麟太郎様はどうしてここに……?もしかして僕に会いに来てくださったんですか!?」
「いや、さっきまで双樹くんとお家デートしてたんだけど、急に平塚家に行くって言うからついてきたんだよ」
「デートしてた覚えは無い」
「へ、へー……それはお熱いことで……」

 明日見の前では愛想を振りまいている平塚も流石に笑顔が引きつっている。平塚としてはそのデートだって俺が無理言って取り入ったのだろう、といちゃもんを付けたいはずだ。いや断じてデートでは無いが。

「それよりも俺の話を聞け!双葉と婚約しようなんてどういう魂胆だ?」

 今の様子を見ても分かるように平塚は明日見にぞっこんなはずなのに、好きでもない双葉と結婚する意味が分からない。

「……椿双葉と結婚すれば合法的に椿家に出入りできるだろ。そうすれば麟太郎様に近づけるし、その間に何とかして僕に気が向くようにしようと思ったんだ」
「お前……そんな事のために双葉を利用するな!」
「そうだよ!せっかく二人がラブラブなのに間に入るなんてダメだよ!」
「ちょっと双葉の言ってる事には語弊があるがそういうことだ!」

 平塚は略奪婚でもしようと考えていたようだ。それで運良く明日見と両想いになったら双葉を捨てるつもりなのだろう。何て奴だ……その執念をもっと別の所に向ける気は無いのか?明日見はただ静観しているようだが、何か思う所があるようで黙りこくっている。

「だって……ずっと好きだったんだもん……!君が結婚するくらいなら僕とだって問題無いはずでしょ!家のために結婚するような奴より僕の方が何倍も愛してるのに!!」
「は……そんなことで……」
「お前なんか、お前なんか……うわ~~~ん!!」
「えっ!?おい泣くな!」

 平塚は糸が切れたように大声で喚き出し、慌てて執事が平塚の背中をさすっている。そうだ、こいつは何の裏もなくただ「好き」という感情でずっと動いているのだ。好きだから明日見を全肯定しているし、好きだから相手の俺にあの手この手で妨害する。そんな事したって、明日見からすれば特に何も思わないのだろう。……俺には分からないが、好きって感情は恐ろしいな。
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