54 / 71
少年期 少年の進路編
(56)カーラウドの指摘
しおりを挟む
「それにしてもあのドロシー教授が弟子を迎えたという噂はここまで届いていたが随分と良い弟子を得られたようですな。うちのムイロと同じ年ですかな」
「ええ、一つ下で再来年には成人します。ムイロ殿はもう来年ですか。時の移ろいとは瞬く間のものですね」
ドロシーがフィンに視線をちらと流し目で移す。その視線に促されてフィンはカーラウド公に再度お辞儀した。
「見たところ体幹もしっかりしているし、ドロシー教授の下でやっているということは勉学もよく努めているのだろうね」
「ええ、教導者として未熟な私の下でよくやってくれていると思います」
眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、そこはかとなくドロシーは誇らしげであった。
「流石ですな。ところでこうして優秀な弟子を育てるのは自分の立場を揺るがす人材を自ら育てるようなものかと思うのですがそれは自らの研究に背水の陣を敷く覚悟で行っているのですか?」
先ほどまでの雰囲気とは一転して悪戯をする子供のような微笑を浮かべてカーラウドが言う。齢四十と見える貴族には似つかわしくない、随分と俗っぽい態度であるが彼には不思議とそれが似合って見えた。
「……これは失礼しました。ただ相手の幸福を願って、その先のことを思案せずに奉仕するという感覚が我が身にもあるとは今知りました。公は領民の暮らしを思っておられるのですね」
反省の弁を述べる師にフィンは目を丸くする。カーラウドの微笑みが朗らかなものに変わった。
ドロシーが言葉を撤回したのは恐らくは「人にものを教える際、教え手は教えた内容で持って反旗を翻される可能性を懸念しているとは限らない」ということはフィンには理解できたがフィンには今一つ納得ができないでいた。そもそもにおいて自分程度の人間がどれほどの修養を積み上げようが到底先生に追いつけるようには思えなかったし、常に「あとどれくらい頑張れば一般人程度には役に立てるようになるのか」との不安が胸の内に付きまとっていた。
だから、「ドロシーが弟子が自分の地位を脅かすことに不安を持たないからといって領民が反旗を翻す懸念を払しょくはしない」と思っていたが、その意見は師の反省に反対する内容でもあった。
おそらくは、自分の考えの及びもつかないところで思慮があるのであろう。フィンは静かに二人のやり取りを見守った。
「十数年前、大学内で見たときより随分と雰囲気が柔らかくなりましたな。ドロシー教授は」
昔のことを懐かしむように言う。しばしの沈黙があった。後背では鍛錬の声が続く。
――昔の先生、か。
今まであまり意識していなかったことではあるが、自分が先生に出会う以前の師がいったいどのような人だったのか。今になってフィンは興味が引かれるようである。「昔の先生はどんな様子だったのですか」と尋ねようとしたが、もし先生が知られることを望まないから今まで口にしないでいたのかも知れないと即座に直覚し、フィンは口を結んだ。誰しも、過去のある段階を人には知られたくないということもあるだろうとフィンは理解した。脳裏にはリスノザの村の風景が蘇っていた。
「さて、よかったら贈答品は直接倅に渡してやってくれないか。私は所用でもう離れてしまうが年も近いし仲良くしてやってくれるとありがたい」
言うなり、カーラウドはドロシーとフィンとに握手してその場を後にした。公の背中を見送りながらフィンは握手した手の感触を思い返していた。国王陛下よりも硬くてごつごつした、戦う人の手であった。
「ええ、一つ下で再来年には成人します。ムイロ殿はもう来年ですか。時の移ろいとは瞬く間のものですね」
ドロシーがフィンに視線をちらと流し目で移す。その視線に促されてフィンはカーラウド公に再度お辞儀した。
「見たところ体幹もしっかりしているし、ドロシー教授の下でやっているということは勉学もよく努めているのだろうね」
「ええ、教導者として未熟な私の下でよくやってくれていると思います」
眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、そこはかとなくドロシーは誇らしげであった。
「流石ですな。ところでこうして優秀な弟子を育てるのは自分の立場を揺るがす人材を自ら育てるようなものかと思うのですがそれは自らの研究に背水の陣を敷く覚悟で行っているのですか?」
先ほどまでの雰囲気とは一転して悪戯をする子供のような微笑を浮かべてカーラウドが言う。齢四十と見える貴族には似つかわしくない、随分と俗っぽい態度であるが彼には不思議とそれが似合って見えた。
「……これは失礼しました。ただ相手の幸福を願って、その先のことを思案せずに奉仕するという感覚が我が身にもあるとは今知りました。公は領民の暮らしを思っておられるのですね」
反省の弁を述べる師にフィンは目を丸くする。カーラウドの微笑みが朗らかなものに変わった。
ドロシーが言葉を撤回したのは恐らくは「人にものを教える際、教え手は教えた内容で持って反旗を翻される可能性を懸念しているとは限らない」ということはフィンには理解できたがフィンには今一つ納得ができないでいた。そもそもにおいて自分程度の人間がどれほどの修養を積み上げようが到底先生に追いつけるようには思えなかったし、常に「あとどれくらい頑張れば一般人程度には役に立てるようになるのか」との不安が胸の内に付きまとっていた。
だから、「ドロシーが弟子が自分の地位を脅かすことに不安を持たないからといって領民が反旗を翻す懸念を払しょくはしない」と思っていたが、その意見は師の反省に反対する内容でもあった。
おそらくは、自分の考えの及びもつかないところで思慮があるのであろう。フィンは静かに二人のやり取りを見守った。
「十数年前、大学内で見たときより随分と雰囲気が柔らかくなりましたな。ドロシー教授は」
昔のことを懐かしむように言う。しばしの沈黙があった。後背では鍛錬の声が続く。
――昔の先生、か。
今まであまり意識していなかったことではあるが、自分が先生に出会う以前の師がいったいどのような人だったのか。今になってフィンは興味が引かれるようである。「昔の先生はどんな様子だったのですか」と尋ねようとしたが、もし先生が知られることを望まないから今まで口にしないでいたのかも知れないと即座に直覚し、フィンは口を結んだ。誰しも、過去のある段階を人には知られたくないということもあるだろうとフィンは理解した。脳裏にはリスノザの村の風景が蘇っていた。
「さて、よかったら贈答品は直接倅に渡してやってくれないか。私は所用でもう離れてしまうが年も近いし仲良くしてやってくれるとありがたい」
言うなり、カーラウドはドロシーとフィンとに握手してその場を後にした。公の背中を見送りながらフィンは握手した手の感触を思い返していた。国王陛下よりも硬くてごつごつした、戦う人の手であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる