冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 少年の進路編

(68)根拠のない励ましもよし

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 翌朝、フィンの意識が戻り後遺症の気配もないことがムイロに伝えられるた。すぐにムイロが訪ねてきて厚く感謝の言葉を並べられた。そのときフィンはまだドロシーと手を離せないでいたため少々恥ずかしかったが、二人の様子を認めたムイロが「魔力枯渇ですね……昔イレーナに僕も治療してもらったことがあります」と自分の頬を掻いた。ありがたい気遣いだった。

「君が最前線で戦い続けてくれた姿がどれほど皆を支えてくれたことか。今にも魔獣の牙にかかるというところをフィンに救われたと言う者も多くいた。本当にありがとう」

 あまりにも過大な評価だ、とフィンは思ったが、世辞や建前で彼がそう言っているわけではないように思われ、「恐れ多いことです」と素直に受け止めた。

「こうして王都からの遣いとして来てくれたのがフィンだったということに心から感謝しているよ」

 ムイロがそう口にしながら右手を差し出す。握手を求めていた。
 慌ててフィンも右手を差し出すと力強く握りしめられた。左手にドロシー、右手にムイロというなんとも不格好なやり取りに内心縮こまる思いだった。
 彼の手を握ってみてわかった。手のひらの皮膚も固くごつごつしていた。どれほど剣を振るってきたのだろうと思うとともに、これからどれだけ振るっていくのだろうとも想像してしまう。それがきっと彼の生き方なのだろうと、ほんのわずかな時間に彼の拓いていく道を幻視した。

 やがて、準備することがあるとのことで早々にムイロが辞去するのを見送ると、フィンはソファーに力なく腰を落とした。

 調子は随分と戻ったように感じていたが自分の足元が随分と覚束ないようであった。フィンが訝んでいると「三日も寝たきりだったのですから仕方ありません。しばらくは私を支えにしてくださいね」と手を握ったままの先生がそう口にした。

「三日……そんなに」

 自分の認識では一晩だけであったのに随分な時間がかかっていたのかと驚愕する。三日もの間、師の行動を拘束してしまっていたのかと理解してすっかりフィンは恐縮してしまった。自分の治療のためにどれほど負担を強いてしまったか。振り返ってみるとオルティアに向けて出発する前、「オルティアでは王都に比べて野菜料理も肉料理も野趣に富む物が多いようですね。旅程に余裕ができれば一緒に回りましょう」と、手帳を眺めていたのを覚えている。もはやその余裕なぞ残ってはいなかった。

「そんなに縮こまらないでください。別段私は不便していませんでしたよ。片手で本を読んだり書き物するくらいは慣れたものですし、カーラウド様の計らいでこの部屋に湯を持ってきてもらっていましたし」

 フィンは師の言葉にハッとしてこっそりと自分の身なりを改める。寝間着姿である。返り血の汚れも肌のべたつきも体臭も身ぎれいにされている。

 先生に手間をかけさせない、と心にした覚悟は体感時間にして数時間で不達されてしまっていた。あまりもの恥ずかしさに顔を伏せてしまう。耳まで熱い。

 やがてフィンの左手が解放されてしまったのは昼にかかる頃であった。ようやく魔力が体内に満ちたのを入念に確認され、師の手は離れていった。
 何かを思う隙もなく、「よく頑張りましたね」とその手でフィンの頭は撫でられた。

「ただ、今後は魔力総量には充分に気を付けてください。魔力事故で最も多いのは魔力切れによる行動不能状態に陥り、避難できなかったり誰にも発見されずに餓死したり、疲弊した体が回復しなかったり、というケースが多いです。大量の魔力を用いる際は誰か一目のあるところにげんていしてください。こうした事故は大学内でも時折起こってしまっていて特に若い研究者が勢いに任せて完徹の末に――」

 こうして師の説教を耳にしていると、改めて魔獣災害の恐ろしさがフィンの中に込み上げてくる。もしどこかで一つでも誤りがあれば、自分はこうして先生の声を聞けなくなっていたかもしれないと想像してしまう。
 そうでなくても魔力欠乏による後遺症が残ってしまっていたら、あるいは戦闘中に大怪我を負っていたらと想像すると肝が冷える思いだった。
 先生を悲しませないようにしなくては、と思案する一方で、「自分のように親に特に期待されもせず、扶養する家族もいない身の者が優先的に犠牲になる方が命の価値としては正解なのでは」と、深く暗い思考が心に影を落としていた。

「――フィン、震えているのですか?」

 不意に師が言葉を止めてフィンを伺うように覗き込んできた。
 気温は低くもないこともあり、何がしかを察したドロシーはまた、フィンを抱きしめ――その姿勢のまま必死で言葉を探していた。
 どのような言葉を投げかければ事態が好転するのか、根拠の乏しい言葉で弟子の心は快方に向かうのか判断がつかなかった。それでも弱って見えるフィンの姿に口は勝手に動いてしまい、

「もう、大丈夫ですからね」

 と言いつつ、少年の背中をさすり続けた。
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