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20ジークヴァルトの嫌悪
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舞踏会のあの日、噴水近くで貴族同士の諍いがあったと知り、ジークヴァルトはルイス王子と共にテラスへ出たーーー
婚約者の突然の異変に、医師を早くと叫ぶ男爵を周りの者たちは遠巻きにただ見ていた。
そんな中、ひとりの娘が人垣の中から二人に駆け寄った。明らかに平民の娘がこの非常時に何をしでかすのかとジークヴァルトは眉をひそめ苛立った。
娘は躊躇いなく地面に膝を付つくと令嬢に目線を合わせ声をかけた。
すると、令嬢は娘に縋り付く。無意識だろう令嬢の手は娘のドレスを乱暴に掴み、綺麗に結われた髪に当たり乱れる。だが、娘は動じない。
ただ穏やかに安心させるように令嬢に声をかけ、だが的確に指示を出し落ち着かせていった。
男爵に抱き上げられた令嬢を見上げる娘の、優しい榛色の髪が一房象牙色の白い肌にかかり揺れていた。
鼻筋はスッと通り、艶のある形の良い唇は微笑んでいる。
幼い顔立ちのように思えたが、髪と同じ榛色の瞳をした凛とした涼やかな目元で品のある成人した女性だと分かった。その目元が微笑みとともに細められた。
ジークヴァルトは娘の姿に見入ってしまっていた。
普段ジークヴァルトは何かに気持ちを大きく揺さぶられることはない。
ルイス王子からも「無感動なやつだ」とよく言われていた。
だが、垣間見えた娘の聡明さと令嬢を見上げたときの娘の微笑みに、ジークヴァルトは鼓動の高鳴りすら覚えてしまっていた。
ルイス王子が娘に褒美を与えると言った時、ジークヴァルトは彼女と会って話す機会が得られたと心が浮き立った。
だが、城へ呼び出すべく素性を調べるとーーージークヴァルトは一気に興味を失し、そして落胆している自分に気づいた。
調べられた娘の身の上はジークヴァルトが一番嫌悪するものだった。
身寄りを亡くしてすぐに王都へ来た当日に庁舎の戸籍係で対応した青年の親族の店に世話になっていた。
一日に何人も対応する庁舎の役人にわざわざ親族を紹介させるとは、口の回る随分と世渡り上手な娘ではないか。
報告書には当然戸籍係ロイ・ミドルのことも調べられてあった。
役人ロイ・ミルドはなかなか頭の切れる青年だ。
王立大学卒業後一級公務員に合格し、研修期間のため現在は王都の庁舎で戸籍係をしている。
公務員は、身分に関わらず門戸が開かれているが、特に一級公務員は難関試験を突破した成績、人物とも優秀者のみがなれる。
王都の庁舎や地方の役所には二級三級と多数雇用されているが、一級公務員は研修期間終了後、王国中枢の部署へと配属されることが決まっている。
さらに身分は一代限りの準貴族とみなされ、年俸も破格だ。研修期間が終われば貴族の居住地区にある豪華な職員官舎への入居資格も得られる。
ロイのような独身の一級公務員は結婚の相手として憧れの的だ。
そのロイ・ミルドの紹介で早々に職と居住を得ると、娘は程なくしてあの舞踏会へ参加することになる。
適当な役人に強請って若い娘たちが舞踏会に参加することはよくあること。
若い娘たちの目当ては、次男以下の青年貴族だ。
家督にあまり関わらない彼らとの結婚は比較的許容されている。特に王宮警備隊員は人気で、待遇も良く充分裕福な生活ができる。
彼らもまた若い娘たちの憧れの的だ。
そして、舞踏会で紹介されたロイの友人アルベルト・フォン・ハビは、ハビ子爵家次男で王宮警備隊の隊員。
王都の独身女性が諸手を上げて結婚相手にと望む男たちを、娘は強かに右と左に置いていることになる。
そして、偶然起こったあの騒動。苦しむ令嬢を助け、ついにルイス王子の目にとまることになった。
ジークヴァルトが最も嫌悪する行為は、己の欲のために誰かを踏み台にし利用すること。
報告書は真実は語らず、事実だけを語った。
ジークヴァルトの娘に対する疑念は膨らんでいった。
そして、謁見当日。
娘が顔を上げたとき疑念はさらに深まった。
ジークヴァルトを上位貴族と見るや好意的な視線を向けてきたのだ。
女性からの好意が分からぬほどの経験不足でもない。
平民の村娘があのような場所に引っ張り出されれば、普通は立っていることもままならない程平静ではいられないはず。
それを男を値踏みする余裕があるなど、よほどの強かさだ。
ロイ・ミルドにも向けられただろう視線をはねつけるようにきつく睨めば慌てて目を逸らした。
そして、この疑念を直接確かめようと控えの部屋に行った時、その必要もなく疑念は確信に変わった。
子爵家次男アルベルト・フォン・ハビに昼食会などどうすればいいのかと縋り付かん勢いで詰め寄り、上目遣いで熱い視線を送って媚びれば彼は親しげに娘の肩に手を置き慰めていた。
結局、昼食会では申し分ない所作だった。
動揺する姿は彼の庇護欲を誘うための演技だったか。アルベルト・フォン・ハビもすっかり娘の手中というわけだ。
ジークヴァルトが心動かされたあの姿は、周囲の貴族の目に止まるための計算ずくのものだった。
やはり助けを必要とする苦しむ弱者をも踏み台にしたのだ。
強かな裏の顔があるなど残念でならなかった。
あの微笑みにまんまと騙されたことが歯がゆかった。
ジークヴァルトの勝手な期待だったのだが、裏切りを受けたように悔しかった。
だからこそ、ことさら嫌悪の感情を向けてしまうのかも知れない。
婚約者の突然の異変に、医師を早くと叫ぶ男爵を周りの者たちは遠巻きにただ見ていた。
そんな中、ひとりの娘が人垣の中から二人に駆け寄った。明らかに平民の娘がこの非常時に何をしでかすのかとジークヴァルトは眉をひそめ苛立った。
娘は躊躇いなく地面に膝を付つくと令嬢に目線を合わせ声をかけた。
すると、令嬢は娘に縋り付く。無意識だろう令嬢の手は娘のドレスを乱暴に掴み、綺麗に結われた髪に当たり乱れる。だが、娘は動じない。
ただ穏やかに安心させるように令嬢に声をかけ、だが的確に指示を出し落ち着かせていった。
男爵に抱き上げられた令嬢を見上げる娘の、優しい榛色の髪が一房象牙色の白い肌にかかり揺れていた。
鼻筋はスッと通り、艶のある形の良い唇は微笑んでいる。
幼い顔立ちのように思えたが、髪と同じ榛色の瞳をした凛とした涼やかな目元で品のある成人した女性だと分かった。その目元が微笑みとともに細められた。
ジークヴァルトは娘の姿に見入ってしまっていた。
普段ジークヴァルトは何かに気持ちを大きく揺さぶられることはない。
ルイス王子からも「無感動なやつだ」とよく言われていた。
だが、垣間見えた娘の聡明さと令嬢を見上げたときの娘の微笑みに、ジークヴァルトは鼓動の高鳴りすら覚えてしまっていた。
ルイス王子が娘に褒美を与えると言った時、ジークヴァルトは彼女と会って話す機会が得られたと心が浮き立った。
だが、城へ呼び出すべく素性を調べるとーーージークヴァルトは一気に興味を失し、そして落胆している自分に気づいた。
調べられた娘の身の上はジークヴァルトが一番嫌悪するものだった。
身寄りを亡くしてすぐに王都へ来た当日に庁舎の戸籍係で対応した青年の親族の店に世話になっていた。
一日に何人も対応する庁舎の役人にわざわざ親族を紹介させるとは、口の回る随分と世渡り上手な娘ではないか。
報告書には当然戸籍係ロイ・ミドルのことも調べられてあった。
役人ロイ・ミルドはなかなか頭の切れる青年だ。
王立大学卒業後一級公務員に合格し、研修期間のため現在は王都の庁舎で戸籍係をしている。
公務員は、身分に関わらず門戸が開かれているが、特に一級公務員は難関試験を突破した成績、人物とも優秀者のみがなれる。
王都の庁舎や地方の役所には二級三級と多数雇用されているが、一級公務員は研修期間終了後、王国中枢の部署へと配属されることが決まっている。
さらに身分は一代限りの準貴族とみなされ、年俸も破格だ。研修期間が終われば貴族の居住地区にある豪華な職員官舎への入居資格も得られる。
ロイのような独身の一級公務員は結婚の相手として憧れの的だ。
そのロイ・ミルドの紹介で早々に職と居住を得ると、娘は程なくしてあの舞踏会へ参加することになる。
適当な役人に強請って若い娘たちが舞踏会に参加することはよくあること。
若い娘たちの目当ては、次男以下の青年貴族だ。
家督にあまり関わらない彼らとの結婚は比較的許容されている。特に王宮警備隊員は人気で、待遇も良く充分裕福な生活ができる。
彼らもまた若い娘たちの憧れの的だ。
そして、舞踏会で紹介されたロイの友人アルベルト・フォン・ハビは、ハビ子爵家次男で王宮警備隊の隊員。
王都の独身女性が諸手を上げて結婚相手にと望む男たちを、娘は強かに右と左に置いていることになる。
そして、偶然起こったあの騒動。苦しむ令嬢を助け、ついにルイス王子の目にとまることになった。
ジークヴァルトが最も嫌悪する行為は、己の欲のために誰かを踏み台にし利用すること。
報告書は真実は語らず、事実だけを語った。
ジークヴァルトの娘に対する疑念は膨らんでいった。
そして、謁見当日。
娘が顔を上げたとき疑念はさらに深まった。
ジークヴァルトを上位貴族と見るや好意的な視線を向けてきたのだ。
女性からの好意が分からぬほどの経験不足でもない。
平民の村娘があのような場所に引っ張り出されれば、普通は立っていることもままならない程平静ではいられないはず。
それを男を値踏みする余裕があるなど、よほどの強かさだ。
ロイ・ミルドにも向けられただろう視線をはねつけるようにきつく睨めば慌てて目を逸らした。
そして、この疑念を直接確かめようと控えの部屋に行った時、その必要もなく疑念は確信に変わった。
子爵家次男アルベルト・フォン・ハビに昼食会などどうすればいいのかと縋り付かん勢いで詰め寄り、上目遣いで熱い視線を送って媚びれば彼は親しげに娘の肩に手を置き慰めていた。
結局、昼食会では申し分ない所作だった。
動揺する姿は彼の庇護欲を誘うための演技だったか。アルベルト・フォン・ハビもすっかり娘の手中というわけだ。
ジークヴァルトが心動かされたあの姿は、周囲の貴族の目に止まるための計算ずくのものだった。
やはり助けを必要とする苦しむ弱者をも踏み台にしたのだ。
強かな裏の顔があるなど残念でならなかった。
あの微笑みにまんまと騙されたことが歯がゆかった。
ジークヴァルトの勝手な期待だったのだが、裏切りを受けたように悔しかった。
だからこそ、ことさら嫌悪の感情を向けてしまうのかも知れない。
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