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学年末試験編
第五十四話 鍛冶師ドルド(後編)
しおりを挟む先程と同じように鍛冶場の横に腰掛ける。
「――さて、お前たちが知りたかったのはどうしてあの剣が店の中に置かれていたということだったな?」
ドルドは立て掛けられていた剣に視線を向けた後にヨハン達の目を見た。
「はい」
「まぁそんな大層な理由はない。簡単に言うと、個人的な事情だってことだ」
「個人的な事情……ですか?」
そうしてドルドはヨハンとモニカに話す。
剣がファランクスで無造作に置かれていた理由を。
ファランクスの店主とドルドは旧知の間柄であり、ドルドは敢えて頼み込んでその剣を雑多に置いてもらっていたのだったという。
剣が普通に売れればそれで終わり。
あとで剣の良さに気付いても無名の鍛冶師の剣。
客が尋ねて来てもそれ以上の詳細はわからないと返答してもらっている。
剣を購入前にその良さに気付いて鍛冶師を尋ねてきた場合はその所在を教えておいて欲しい、と。
この眼で剣の購入者を見定める、と。
すぐに剣が売れた情報はドルドに渡り、ミライはファランクスに赴いていた。
店から連絡があり次第、ミライは剣の補充を行っている。
「――なんか回りくどいやり方をしているわね。武器がいっぱい売れた方が儲かるのでしょ?」
モニカの疑問も尤もだった。
ヨハンも同様の疑問を抱いている。
これだけの鍛冶師がわざわざこんなことをしている理由が見当もつかない。
「聞きたいか?」
「それを聞きに来ているのよ」
「いやいや、お前らは剣があそこに置かれている理由を聞いて来た。それはもう話したわ」
「なによ!そこまで話したら教えてよ!」
「まぁまぁモニカ。えっと、もしかしたら僕たちに頼みたいことでもあるのですか?」
「ふん、そっちの男の子は中々に賢いようだな」
「このっ――」
「――ちょっとモニカ」
ヨハンが慌てて止める。
「そうじゃ、話を聞いたからには協力してもらうぞ?」
「いえ、それはさすがに話を聞いてから考えます」
「ふむ、そう簡単には乗ってこんな。まぁいい。儂は元々他国の生まれでな――――」
そうして続けて語ったのは、ドルドは若い頃にシグラム王国ではなく、遠く離れた別の国で鍛冶を行っていたのだと。
「国の名前を聞いても?」
「すまんな、それは言えん」
険しい顔で見られた。
「いいえ、こちらこそ気に障ったようでしたらすいません」
「いや、今から話すことに関係しているからまずは聞いてくれ」
「はい」
国の名前は教えてもらえなかったが、その腕の良さで瞬く間に周辺の国々までドルドの名が広まったのだという。
名剣を生み出せるそのドルドの下には数多くの剣士や戦士に冒険者が訪れた。
こぞってドルドの打った武具を欲した。
だが、魂を込めて打った剣をまるで便利な道具のように扱われる。
それも、剣の扱いが未熟な者ほどその傾向は顕著に見られた。
剣と技術は共に向上するもの。どちらか片方だけではバランスが上手く取れない。
未熟な剣士は慢心を生み出し、剣はぞんざいな扱いをされる。
ほとほと嫌気がさしたドルドは国を出た。
元々、ドルドの熱意は名声の為に向けられていない。
ドルドは伝承で伝わる様な伝説の剣を生み出したかったのだ。
一介の鍛冶師でその生涯を終えるつもりはなかった。
いつまでも普通の剣を打っていたくはなかった。
鍛冶が出来るなら場所などどこでも良かった。
「――まぁ、そんなこんなで儂の名前が売れてないこの国で、儂の打った剣に気付けるような者が訪ねてくるのを待っているってわけだ。それがまぁ久しぶりに訪ねてきたのがこんな子供達だっていうじゃないか。そらぁ能力を疑いたくなるってもんだろ?」
ドルドは最後に意地悪く笑う。
「それは申し訳ないわね!」
「モ、モニカ!しょうがないって!だって僕たちが子供だっていうのは事実じゃないか」
「いや、しかし、だ。まぁ子供だって侮ったことは謝罪しよう。こちらこそ申し訳なかった!」
ドルドは深々と頭を下げる。
その様子を見てモニカもヨハンと目を合わせて留飲を下げた。
「そこで、だ。さっきの話なんだが、頼まれごとを受けてくれないか?」
顔を上げたドルドは目を輝かせている。
そういえばさっきの話の中に頼みごとは含まれていなかった。
「ああ。お主等がある程度大きくなってからでいい。もし旅に出て旅先で貴重な石、剣として精製できるような素材を見つけたら、儂にお主等の剣を打たせてもらえないか?」
ヨハンもモニカも突然の提案に驚き、目を丸くさせる。
ドルドは自身のことをこう称した。
いくつかの魔物が体内に持っている魔石と特定の金属を組み合わせて魔剣を作ることもできると。
しかし、その魔剣であっても伝説の剣とは程遠い。
これまでもオリハルコンやアダマンタイトといった稀少な素材で至高の剣を打って来たがが、果たしてそれがドルドに打てる最上位の剣なのだろうかと、日々試行錯誤を重ねて来た。
ドルドの話を聞き終えたヨハンとモニカは顔を見合わせる。
「えっと、はい。僕としてはドルドさん程の鍛冶師でしたら是非お願いしたいのですが、果たしてそれを僕たちが見つけられるかどうか」
思わず言い淀んだのだが、ドルドは微笑む
「ああ、見つからんかったらそれはそれで構わん。これは依頼ではない。あくまでも儂の希望じゃ」
「……そうですか」
できれば期待に応えたい気持ちもあるが、安請け合いはできない。
「あっ、でも私はこの剣があればそれでいいかな。愛着もあるし――」
そこでモニカは自身の鞘から剣をシュッと軽く抜いて刀身をジッと眺める。
「――なっ!?」
そのモニカの剣を目にしたドルドの目の色が驚愕に変わった。
「お、お主!こ、これを……この剣をどこで手に入れた!?」
勢いそのままにモニカの肩をガシッと掴む。
「そ、そんなのお母さんからもらったに決まってるでしょ?学校に入学する前に貰ったのよ!入学する子ってだいたい親から貰うでしょ?」
それは多くの学生が入学前に親からもらうことの多い極々普通の経緯で受け取った剣。
「母親の名前は!?」
「えっ?ヘレンだけど……」
「ヘレン……?ヘレンだと?」
「それがどうかしたの?」
どこか思い当たる節があるのか、ドルドは考えに耽る。
一人でブツブツと「いや、違うだろうな」「となるとどういうことだ?」「しかし奴がこれを……」と呟いていた。
「あの、ドルドさん。この剣がどうしたのですか?」
ヨハンもドルドの様子を不思議に思い、疑問符を浮かべながら問い掛ける。
ドルドはハッとなり、ドカッとその場に座った。
そして深く息を吸い、口を開いた。
「――いや、すまん。取り乱した」
ドルドの様子を見て、続けられる言葉を待つ。
「その剣の鞘と柄が違ったから気付かなんだが、抜き身の刀身を見てわかった。この剣は儂が打った剣だ」
「えっ!?うそ?」
「嘘などではない。間違いない」
「へぇ…………」
剣を眺めるのだが、母から特に何か言われたわけではない。
「お主の生まれはどこだ!?」
「えっと、この王都から遠く離れた田舎町よ。馬車で数日かかるわ」
モニカの出生の地を伝えると、ドルドは表情を落とした。
「…………そうか、やはり違うか」
ヨハン達に聞こえない程度に小さく呟いたドルドはゆっくりと顔を上げる。
「お主が何故この剣を持っているのかはわからぬが、確かにこの剣は儂が打った剣だ」
「そうなんだ…………。偶然ってあるものなのね」
そこでモニカはなんとなく納得しながら剣を鞘に納める。
「(偶然などあるものか。その剣は…………その剣は――――――)」
ドルドはそれ以上話さなかった。
「あっ、それそろ帰らないと!」
「そうね、結構長居しちゃったもんね。じゃあまた来るね」
「ああ、まぁいつでも来てくれ。お主たち程の実力者なら歓迎する」
もうその頃には日も暮れかかってきており、ヨハンとモニカは寮に帰ろうとドルドの鍛冶屋を後にする。
ミライにも挨拶を済ませ、遅くなり過ぎる前に帰ろうと北地区を出たところ。
「あっ!」
モニカは夕陽を見て驚き立ち止まる。
「どうしたの?」
何か忘れ物でもしたのかと思いモニカを見た。
「(いやぁ、試験終わってからでいいと思ってたけど、このまま帰ったらきっと怒るわよね)」
ふとモニカの脳裏にエレナの顔が浮かぶ。
これほど遅くなるつもりはなかったし、エレナには目的地も告げていなかった。
「あ、あのさ、もうすぐエレナの誕生日なんだけど、途中で誕生日プレゼントを買って行かない?」
「もちろんいいよ!ってかなんでもっと早く言わないのさ」
「ごっめーん、ついうっかり。あっ、それとその次の日は私の誕生日だからそれもついでに覚えといてね!」
「もう!なんでこんな時間に言うのさ!」
帰り道、慌ててエレナの誕生日プレゼントを選びながら帰ることとなる。
モニカの誕生日プレゼントは時間もないのでまた後日ということにした。
「(やっぱり鎮火しとかないとね)」
このまま帰ったらどういうことになるのか目に見えている。
先に予防線を張っておいたのだった。
モニカとヨハンはエレナの誕生日プレゼントを購入して寮に帰って来る。
寮の門の前にはレインが俯いて正座させられており、その横にはエレナが腰に手を当てて立っていた。
その表情が差す感情は容易にわかる。
明らかに怒っており、膨れっ面で迎えていた。
「(やっと帰って来てくれた!)」
レインはそこで目尻に涙を浮かべながらヨハンとモニカの帰りを歓迎する。
「遅いっ!こんな時間までなにをしていましたの!?レインが二人は東地区に行ったというから探しに行っても一向に見つからないですし!」
帰るなりすぐさま矢継ぎ早にまくしたてられた。
「えっ?どこって…………あっ!あのね、凄い剣を見つけてさ。それで凄い鍛冶師に出会ったんだ!今度エレナとレインも一緒に会いに行こうよ!」
「凄腕鍛冶師?それは少し興味ありますわね…………。それは今はいいですわ。ふぅん、まぁそれで?」
「それでね、これをエレナに。もうすぐ誕生日だって聞いたからさ」
「えっ!?」
エレナはヨハンから手渡された袋を受け取り、中から髪飾りを取り出す。
「エレナに似合うと思ってさ。エレナはいっぱい持っているだろうけど」
「いえ!そんなことありませんわ!大切にします!」
顔を赤らめてヨハンの顔をジッと見つめた。
「(ヨハン、さすがだわ!ちょっと悔しいけど今日は仕方ないわね)」
安堵の息を吐いてモニカはその横をこっそりと通り抜ける。
詰まる所、二人の所在が長時間掴めなかったことにエレナは憤慨したのだった。
問い詰めたレインが居場所を知っている風だったのでそのまま東地区を捜索したのだが見つからず、帰って来るまで寮の門で待っていた。
エレナに言わなかったレインは怒られただけでなく、正座もさせられて待たされていたのであった。
モニカの想定以上にヨハンの無自覚な行為によってエレナの機嫌はすぐさま直るのだが、その一連の流れを横目にレインは一人で考える。
「(あれ?これ、俺怒られ損じゃね?)」
未だに正座させられたまま嘆いていた。
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